ほっぺただから大丈夫

 てんちゃんが言った言葉に、私は数十秒遅れて頷いた。


「うん。それで、いいよ」


 正直嫌だった。

 振られて、付き合えなかったから。


 でも。てんちゃんも、私の事が好き。

 今はそれで満足しておくことにした。

 またいつか、あの言葉の続きは、自分の口から言うことにしよう。


「そう。良かった。じゃあ、帰ろっか」


 てんちゃんは私から離れた。


 顔を見合わせる。

 笑顔のてんちゃんにも、泣いた痕跡があった。


 少し、気まずい。

 何を話せばいいのか分からなくなる。

 何を言おう。なんて言おう。

 そう悩んで出た言葉はこれだった。


「てんちゃん。キスしよ」


 って、違う!

 それが言いたいんじゃない!

 これとは、全く別のことを考えていたのに!

 キスのことは確かに、頭の隅の隅で考えていたけど……。

 私の頭はキスのことを優先してしまったのか?

 うん。自分でも意味が分からない。

 本当は「今日は一緒に寝よ」って言おうとしていたのだ。

 それはそれでおかしいけど。


 ……でも、もしかしたら私のキスを許諾してくれるかもしれない。

 その希望にかけて、私は返答を待った。


「ダメ。しない」


 きっぱりと言われてしまう。


 ほら。やっぱり。断られたじゃん。

 私は馬鹿すぎないか。ほんとに。


「……ごめん」


 謝ったら、てんちゃんは「そうだね」と頷いて、そして少し考えるようにして、


「まぁ。でも。ほっぺたならいいかな」


 そんな、嬉しいことを言うのだった。


「え、いいの? てんちゃんの基準っておかしくない?」

「え、えぇまぁ! ほっぺたにキスなら、それは『キス』じゃなくて『ちゅー』だから、家族でもするかなって」


 家族でもするかどうか。

 それが、てんちゃんの判断基準なのか。

 それなら、前の一緒に風呂なんて、別に良かった気もするけど。


 まぁいい。

 大事なのは今だから。

 今、てんちゃんは私にほっぺにキスをしていいと言ってくれた。


 胸が高鳴る。

 心臓が飛び出す、というおかしな比喩表現は案外あってるのかもしれないと体感する。


 離れた距離にいるてんちゃんに近づいて、てんちゃんの顎に手を添える。てんちゃんは目を瞑った。

 添えた手で、自分のやりやすいように顔の位置を調整した。

 口を頬に、持っていく。


「んっ……」


 柔らかい。すべすべ。というかもちもち?

 別に気持ち悪いくらいに口を付けていないけど、その感触が簡単に伝わる。

 私の全身が温かい気持ちで満たされてゆく。


 ……だけど。物足りない。

 てんちゃんの顔を引き寄せて、より密着度をあげた。


「ちょっ。みっちゃん」


 てんちゃんが顔を離そうと軽くもがく。

 でも。私が離すわけも無く、ずっと口付けをする。

 観念したように抵抗をやめたてんちゃんは、私に体を委ねるように体の力を弱めた。


 他の人がこの光景を見たら、どう思うのだろうか?

 普通の仲の良い女子。にはまず見えるわけないだろう。

 恋人同士に見えていたら、嬉しいな。


 振られたのに、もう、これからてんちゃんは私と付き合う気がないのに、そんな残酷なことがあるというのは分かっているのに。


 今、こうしている時間は凄く幸せだった。


 この時間がずっと続けばいいって、そんな乙女みたいなことを私は、心の底から思うのだった。


 

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