023.隠し事
始業式の日ということもあり、午前中で学校は終わってしまった。朝礼で言われたように夏休みの課題は教卓に積み上げれられた山の一辺に置いて新庄さんも連れて教室を出た。相変わらず僕のクラスが終礼は一番早く、恵介や会長たちのクラスはまだ終礼が終わっていなかったので、峰岸さんの提案で軽く校舎の案内をしておいた。
そのあと、無事に終礼が終わりみんなと合流すると恒例になった”茜屋”によって昼ご飯を食べていこうという話になった。新庄さんも「それくらいなら」と了承してくれたのでたまたま現れた循環バスに乗り駅前まで移動して、昼食時で人がたくさんいるであろう茜谷に入店する。
「へぇ、じゃあ翔のお父さんが務めている会社の社長の娘さんなんだ」
「ええ」
「まさか本当にお嬢様だったとはな」
「まあ、身の内はそうですが、仲良くしてくださるとうれしいですわ」
やはりどこか優雅というか、いいところのお嬢様感が身体から溢れてる新庄さんは、メニューをめくりながら何を頼もうかと考えているようだった。ちなみに僕はおすすめにあったから揚げ定食にした。
そして、注文を取りに来たおばちゃんが厨房に引っ込んでいった後で、遥たちの自己紹介が始まった。なぜか少しだけ遥の声が低いような気もしたが、最終的に西岡君があた自信なさげにぼそぼそいって会長に小突かれているいつもの光景が広がったので特に深くは考えないことにした。
「それにしても、やはり偶然というモノはあるものですわねぇ」
「え、どういうことですか?」
「そこの高畠さん、でよろしかったですね。彼女は私たちが現在開発中の医療ポットを初めて使用するご予定の方ですわ」
「え……!}
現在、僕の父さんが働いている新庄工業が開発している最先端の医療技術を使った医療ポットの開発。その臨床実験の段階でこの四葉町の患者を対象に募集を行った。そこで応募したのが遥だったという。
「この前検査入院したでしょ? あの時はその医療ポットで対応できるだけの症状で止まっているかどうかを確認するためだったんだよ」
「そ、そうだったんだ……」
「ようやく設計段階とかが終わったとはいえ、まだ耐久試験などが終わってないので年末ないし、来年の春くらいのお話になりますわね」
新庄さんが話すには、これから10月~2月くらいにかけて耐久試験やその他諸々の実験をして、ようやく試作品ができてから被験者が臨床実験で使用するというモノだった。確かに父さんも同じようなことを言っていた気がする。
「まあ俺には何言ってるかわからんが……とりあえずすごいんだな」
「私も詳しいスペックとか、どのような効果があるかとかはまだ詳しい所まで把握は出来ていないですが、これから勉強していきますわ」
そんな頼もしい言葉にその場にいた全員が感嘆の声をあげる。自分がこれから関わって作っていくものがどういうものなのかがわからなければ特になんとも言えないし、的確な意見を出すこともできないだろう。
「そっか……遥が使うんだ」
「なんか言った?」
「い、いやなんでもないよ」
すぐに運ばれてきた揚げたてのから揚げ定食を食べながら、僕はまたどこか引っかかっていた。
今年の春のように――
〇 〇 〇
その日の夜。風呂から上がると、今日は休みらしい父さんが珍しくテレビゲームが繋がれたテレビでニュース番組を見ていた。8月中はかなりの確率で会社に寝泊まりしていたからこの光景を見るのも久しぶりだ。
「ん? 翔か。どうした?」
「風呂上がりに水をちょっとね」
「そうか。だったらちょうどいい。俺と少し話さないか?」
「うん。別にいいけど」
これまた珍しく2人で話そうと誘われたのでコップに冷水を注いでそれを持ったままリビングのL字型になっているソファーの一辺に座る。それを確認すると父さんはテレビの電源を切ってしまう。今のニュースちょっと気になってたやつだったんだけどなぁ。
「最近学校はどうだ?」
「今日始まったばっかりだけどね……社長の娘さんが僕のクラスに転校してきたよ」
「そうか、同じクラスになったのは花音さんにとってはよかっただろうな。年末年始くらいにしか会わないとはいえ同い年で顔見知りのクラスメートがいたんだからな」
「まあね」
そんな感じで少し世間話をしたところで、父さんは僕に向かって一枚の冊子を差し出してきた。内容は新庄工業が今作っている医療ポットの……正式なパンフレットであった。青空と真っ白い病院棟のような建物が背景に描かれ、中央には楕円形の丸い医療ポットが鎮座していて、上部には”NOZOMI”と書かれている。
「お前、うちで働く気はないか?」
「どういうこと?」
「そのまんまの意味だ。お前はバイトしていないし学校もバイトとかは禁止していない。それにお前にはもうちょっと社会学習というモノが必要だと思っている。タイミングがいいことに、こっちはこれからさらに人員もいる」
「なるほどね」
つまるところはバイトでいいから僕にもこの企画に参加して手伝ってほしいわけだ。確かに僕ももう高校2年生になったし、まだ一回も自分でお金を稼ぐといった行為をしたことがない。今後社会に出るためにも、自分が”働く”ということがどういうことなのかを父さんの下で体験してみてもいいんじゃないか、ということだ。
それにこれは新庄さんから提案されたことでもあるらしい。
「どうだ? もちろんかなりいい時給が入るし、その金は好きに使うといい。よく遊びに行く友達との遊びの資金も、将来のための貯金にもいい。とにかく、悪いようにはしない」
「う~ん……ちょっと考えてみて言い?」
「ああ、5日くらいまでに返事をくれればいい。本部長の開発主任の息子だからと言って強制するつもりもないし、あくまで俺からの提案だ。自分のことだ、よく考えてくれ」
「わかったよ」
ひとまず、医療ポットのパンフレットを自室に持ち帰り、どんなものかとよく読んでみた。やっていることには興味があったし、父さんが言う通り今後自分が社会に出るうえで貴重な経験をできると思った。それに――
『そこの高畠さん、でよろしかったですね。彼女は私たちが現在開発中の医療ポットを初めて使用するご予定の方ですわ』
遥がこの医療ポットを使う。それを自分の手で作れるかもしれない。もしかしたら、自分が作ったもので、遥の……”友達の病気”を完治に持っていけるかもしれない。
そうして揺らぐ自分の心と睨み合いを続けても埒が明かず……結局僕は答えを出すことができなかった。
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