第14話 新たなる戦いの序曲3

 帝国歴628年2月26日、ハイネス市庁舎第一会議室、ショウマ・ジェムジェーオン、カズマ・ジェムジェーオン、アンナ=マリー・マクミラン大佐が集まっていた。


 ジェムジェーオン北部で『勝唱の双玉』が立ちあがったのを受け、ジェムジェーオン西部要衝オステリアで、一部の兵士たちが『勝唱の双玉』に続けと挙兵した。この蜂起にオステリアの市民が加わって、暫定政府の駐留軍と衝突が発生していた。


 国内の動きは歓迎すべき事態だった。

 ショウマの呼び掛けに、アンナ=マリーとカズマが応じて、どのように対処するかを検討していた。


 ドンドン。会議室の入り口がノックされた。


 カズマが応えた。


「誰だ?」


 部屋の外から男の声が聞こえてきた。


「アレックス・ラングリッジ大尉であります。お伝えしたいことがあります」

「分かった。入れ」


 長身で身体が大きいアレックス・ラングリッジ大尉が、会議室に入室した。

 金髪でオールバック、精悍な顔つきのアレックスの表情が曇っていた。いつも精強な姿のアレックスにしては珍しい。

 ショウマは尋ねた。


「どうした、アレックス?」

「悪い報せがあります」

「話してくれ」

「申し上げます……。イル=バレー要塞において、レッドマン少将が戦死したとのことです」


 この報せに、会議室のなかが凍り付いた。

 ショウマはアレックスに確認した。


「バルベルティーニがイル=バレー要塞を攻撃してきたら、全員撤退するよう厳命していた。全員脱出したのではなかったのか」

「イル=バレー要塞を脱出した士官の話によると、レッドマン少将は兵士たちを撤退させ、最後のひとりとなって、要塞に残ったということです」


 ショウマは大きく嘆息した。


「レッドマンらしいといえばその通りだが、本当なのか」

「複数の人間から同じ報告を受けています」


 カズマが視線を落とした。


「あのレッドマン少将が……」


 イル=バレー要塞に潜伏していた時、カズマやアレックスはレッドマン少将から厳しくも熱い指導を受けていた。


「そうか……」

「残念です」


 正直、ショウマとって計算外の状況だった。


 ――レッドマンの損失は大きい。


 レッドマン少将は経験豊かで攻防兼備した司令官だった。

 ハイネスには『勝唱の双玉』を支える士官たちが集まっていた。その多くは有能だったが、若く経験や貫禄に乏しかった。部隊の指揮を安心して任せることが出来る人材が少ないのが弱みといえた。


 ――落ち込んではいられない。


 若い私たちに、レッドマンは未来を託したのだ。

 その期待に応えなくてはならない。


「ショウマ様」


 アンナ=マリー・マクミラン大佐だった。

 呼び掛けに、ショウマは振り返った。

 アンナ=マリーが壁の時計を見た。


「そろそろ、始まります」

「そうだったな」


 12時より全ジェムジェーオン市民へ向けて、暫定政府首班マクシス・フェアフィールド元帥が、緊急放送を行うと発表されていた。


「アレックスもここで一緒に観てくれ」


 アレックス・ラングリッジが頷き、空いている椅子に座った。

 全員が部屋の大型モニターに注目した。




 時間ちょうどに、マクシス・フェアフィールド元帥が会見場に現れた。

 ハイネス市庁舎第一会議室の大画面のモニターに、マクシスの顔がアップで映し出された。長年ジェムジェーオン防衛軍を支えてきたマクシスの重厚な表情は、観ている者に安心感を与えた。


 マクシスが和やかな表情で親しみやすい雰囲気を作ってから、会見を開始した。


「まず、ジェムジェーオン市民の皆様に陳謝したい」


 画面の視聴者に向かって頭を下げた。

 数秒後、顔を上げて、発表を始めた。


 公式の場において初めて、ジェムジェーオン北部で、暫定政府の北部方面軍とハイネス駐留軍が、イル=バレー要塞から出撃した軍勢に敗北したことを告げた。続けて、戦闘で亡くなった兵士たちに哀悼の意を表した。そして、イル=バレー要塞から出撃した軍勢を率いていたのは『勝唱の双玉』であることを認めた。


 ここでひとつ、マクシスが間を置いた。


 ――次に何を語るのか。


 ショウマだけでなく、会見を視ていた全員が固唾を呑んだ。

 マクシスが渋い表情をしながら、胸元から一通の書簡を取り出した。


「本当はこの書簡の存在を、ジェムジェーオン市民の皆様に、明らかにするつもりはなかった。だが、ここに至っては仕方あるまい」


 会見を観ている者たちに確認できるように、大きく書簡を広げた。


「この書簡は故アスマ・ジェムジェーオン伯爵から、私マクシス・フェアフィールド元帥に宛てて書かれたものだ。このなかで、アスマ伯爵は、このように伝えている。伯爵世子をショウマ・ジェムジェーオンから、ユウマ・ジェムジェーオンに代えたい。是非、協力してほしいと」


 ショウマたちがいる会議室の空気が、一気に緊張感に満ちた。

 誰もが鋭い目つきで、モニターを凝視したが、何も言わなかった。


 画面のなかのマクシスが沈痛な表情をみせた。


「現在、ジェムジェーオンは不幸な内戦に陥っている。だが、我々暫定政府は、亡くなったアスマ伯爵の遺志に従っている。なかには、書簡の内容を疑う者もおろう。逃げも隠れもしない。嫌疑は晴らすことを約束する。近々、帝国より征東将軍ヴァイシュ・アプトメリア侯爵がジェムジェーオンに来訪される。その際、第三者である侯爵に書簡の真贋を確認してもらうつもりだ」


 これまでと一転して、マクシスの顔が生気を取戻したかのように力強い表情となった。

 明瞭な口調で、言い放った。


「最後に、皆に伝えたいことがある。正義は、我々暫定政府にある。そして、ジェムジェーオンの安寧を取戻すため、一刻も早くハイネスを奪還しなければならない。ドナルド・ザカリアス大将を総司令官とするハイネス遠征軍は既に編成済みだ。明日にもジーゲスリードを出立する。皆も協力してほしい」


 画面越しで、暫定政府の参列者による大きな拍手が起こった。

 緊急放送が終わった。




「マクシスの奴、やってくれたな」


 怒気を含む声の主は、カズマ・ジェムジェーオンだった。


「親父が兄貴を廃嫡するなんて、考えられない。それに、このような大事をフェアフィールド家だけに相談するのもおかしな話だ。他の武官御三家のラングリッジ家やマクミラン家が黙っていないはずだ。そうだろ、マリ姐、アレックス」


 ジェムジェーオンの名門、武官御三家。フェアフィールド家、ラングリッジ家、マクミラン家はジェムジェーオン伯爵家を支えると同時に、国内に大きな影響力を持っていた。

 マクミラン家の若き女当主、アンナ=マリー・マクミラン大佐が応えた。


「私は何も聞いていないわ」


 ラングリッジ家の次期当主アレックス・ラングリッジ大尉が言った。


「当主である親父は、ジーゲスリードで暫定政府に囚われて収監されているくらいだから、この件に加担しているとは考えられない。もちろん、俺自身、親父から何も聞かされていない」


 ラングリッジ家の当主ギャレス・ラングリッジ元帥は、アスマ・ジェムジェーオンが死亡した直後、首都ジーゲスリードにおいて、マクシス・フェアフィールド元帥に伯爵死亡に関わる嫌疑を受けて、囚われの身となっていた。


「くそが」


 感情に過ぎるカズマの言葉が、さらに場の空気を重くした。

 ショウマは目を閉じながら、黙ってカズマたちの言葉を聞いていた。

 意を決して、目を見開いた。


「さすが、マクシス・フェアフィールドというところか。実に、迅速に、かつ効果的な手を打ってきたな」


 カズマが苛立った様子でショウマの言葉を遮った。


「兄貴、余裕ぶってる場合か!」

「カズマ、落ち着け」

「落ち着いていられるか。敵は何倍もの兵力でこちらに向かっているのだぞ!!」


 ショウマは口許を緩めた。


「自分をマクシスに置き換えて考えてみればいい」

「何を、悠長なことを言っているんだ!!」

「まあ、聞け。マクシスたち暫定政府は、イル=バレー要塞から出撃した私たちに、イル=バレー渓谷出口で連敗した。ただし、局地戦での負けに過ぎないともいえる。依然として、兵力差は歴然としている。私たちは寡兵、対して、暫定政府は首都方面軍の精鋭が、無傷で首都ジーゲスリードに残っている。この状況を軍事的視点だけで捉えれば、迅速に大軍を動かし、ハイネスを奪還するのが上策といえる。ハイネスはイル=バレー要塞と違って難攻不落ではない。勝機は十分といえる」


 カズマが投げやりに言った。


「そうだろうな。そう思ったからこそ、マクシスは軍勢をハイネスに向けると宣言したのだろう」

「カズマ、そんな顔をするな。ここからが本題だ。ここで、マクシスは気が付くんだ。単純とも思えるこの戦術が、実行困難であると」

「なぜだ?」


 アレックスが応えた。


「兵士たちが付いてこないからでは」


 ショウマはアレックスの目を見て、頷いた。


「現場を精通するマクシスは承知している。このままでは、暫定政府は、兵士たちから支持を得ることは難しいと。理由は、私たち『勝唱の双玉』が現れたからだ。士官たちや兵士たちの気持ちは揺れている。戦いの正義はどちらにあるのか。事実、イル=バレー渓谷出口での緒戦は、それが敗北に繋がった。ジェムジェーオンにとって、本当の敵はどちらなのかと」

「暫定政府は、士官たちや兵士たちの士気や忠誠を維持することが急務ということか」

「ハイネスに兵を向けるにしても、マクシスは大義名分を得なければならない。そうだとしたら、その時、マクシスはどうするか」


 カズマが顔を上空にあげながら考えたあとで、ハッとした顔をした。


「ま、まさか」

「カズマが何を考えたか、聞かせてくれ」


 カズマが固唾を飲みこんでから、言葉を発した。


「マクシスの発表。ジェムジェーオン市民に向けて嘘をついたのか」

「マクシス・フェアフィールドが一世一代の演技を演じた。私も、あのマクシスがここまでするとは思っていなかった。逆に考えると、それだけマクシスたち暫定政府も追い込まれているともいえる」


 カズマが顔を紅潮させ右拳を握った。


「ふざけるな」


 アレックスもカズマに呼応するように、憤りを隠していなかった。

 アンナ=マリーを見ると、俯いたまま目を瞑っていた。


 ――嘘か真かは問題ではない。


 実のところ、ショウマはマクシスの言葉について、真偽どちらも確信がなかった。

 マクシス・フェアフィールドは真実を述べたのか、それとも、彼の現在の地位がそう言わせたのか。ただ、マクシスがこのタイミングであの発表をしたのは、危機感の表れであることは間違いない。それに対して、ショウマは『勝唱の双玉』の正統性を譲れない。自分は言うべき言葉を発するのみだ。

 軍を統べる者として、伯爵位継承第一位ショウマ・ジェムジェーオンとして、マクシスの言葉を全力で否定しなければならない。


「マクミラン大佐」


 アンナ=マリーの反応が一瞬遅れた。


「は、はい。何でしょう」

「大丈夫か」

「いえ、申し訳ありません。少し考え事をしていました」


 アンナ=マリーのなかで、マクシス・フェアフィールドの言葉を、吟味していたに違いない。


「こちらもジェムジェーオン全土に向けて、会見を行う。志半ばで倒れたアスマ・ジェムジェーオンを継ぐ者は、私ショウマ・ジェムジェーオンであることを、全ジェムジェーオン市民に向けて宣言する」


 アンナ=マリーが驚きの表情でショウマを振り返った。

 ショウマはアンナ=マリーに目で応えた。


 ――私たちも腹を括らねばならない。


 無言のまま、アンナ=マリーとショウマは意思を疎通させた。一瞬の間の後、アンナ=マリーが首肯した。吹っ切れた表情となった。


「分かりました。至急、会見の準備をします。ジェムジェーオン全市民に向けて、『勝唱の双玉』がジェムジェーオンの未来を担っていくことを明らかにしましょう」

「頼む」

「そうだ。兄貴が健在であることを知れば、ジェムジェーオン市民も味方になってくれるはずだ」


 ショウマは話題を、もともと協議していたオステリアの挙兵に戻した。


「この事態になって、ますます重要になるのが、オステリアの挙兵に対して、私たちがどのように対応するかだ」


 カズマが厳しい表情をしたまま、立ちあがった。


「オステリアの兵士たちはオレたちに支援を求めてきている。オレたちにとって、この動きは願ってもないものだ。最終的に勝利を収めるにはジェムジェーオン各地で、暫定政府に対して反抗の火が拡がっていくことなのだから」


 アンナ=マリーが頷きつつ、応えた。


「その通りなのだけれど、オステリアの動きを支援するには、こちらの兵力を割く必要があります」

「現在、オレたちが籠っているハイネスが、ジーゲスリードから派兵される暫定政府軍に対抗するために、更なる兵力を必要としている」


 首都ジーゲスリードからここハイネスに向かっている暫定政府の軍勢は、最精鋭の首都方面軍に南部方面軍と西部方面軍の一部が加わっていた。総勢でハイネスに駐留する軍勢の4倍、12師団もの兵力だった。いま、ハイネスは支援に兵を割くどころか、援軍を必要としていた。

 アンナ=マリーが補足した。


「オステリアで挙兵した軍勢は小規模です。私たちの支援がなければ、即座に暫定政府軍に鎮圧される可能性があります」


 アレックスが応えた。


「ハイネスは援軍の余力がない。申し訳ないが、オステリアには頑張ってもらうしかないのでは」

「ラングリッジ大尉が言うように、私たちには余力がない。しかし、私たちが手を差し伸べずに、オステリア挙兵が鎮圧されてしまえば、いち地方の反抗の芽が潰される以上の意味を持ちます。ジェムジェーオン各地で反抗の機会を窺っている人々は、私たちの動向に注目しています。希望が失望へと変化するかもしれません」


 アレックスが天を仰いだ。


「確かに」


 カズマが眉をひそめながら、事実に抗うように周囲の皆に働きかけた。


「だが、これはオレたちにとって、反撃のチャンスなんだ。この状況を活かす手立てをはないのか」


 珍しくカズマが考え込んでいた。


 ――そうだ。私たちは必死に考えて、状況を打破しないといけない。


 ショウマは前に向かう気持ちを強くした。


「オステリア挙兵をきっかけとして、ジェムジェーオンの趨勢を変化させることが、私たちが求める勝利へと繋がっていく」


 カズマが、ショウマの話の途中で、大きな声で言葉を発した。


「そうか。オレにしかできないことがあるじゃないか」


 ショウマは自らの話を止めた。

 カズマが謝罪した。


「あ、悪い。兄貴の話の途中だったな」

「構わない、カズマの考えを聞かせてくれ」


 一同がカズマに注目した。


「オレが最小限の兵を連れてオステリアへと向かう。オレも『勝唱の双玉』のひとりだ。オレの存在が人々を集める求心力となるはずだ。もちろん、それだけで兵力差が埋まると考えるのは楽観的だと分かっている。そこで考えたんだ。地理的に、オステリアはジェムジェーオン西部国境に近い。ということは、同盟国のライヘンベルガー男爵国も近くに位置するということだ。オリバー義兄さんはオレたちが協力を要請すれば、拒みはしないだろう、援軍が期待できるのでは。ライヘンベルガーと連携すれば、兵力差を克服できる可能性がある」

「待て、カズマ」


 ショウマは内心でカズマを褒めてやりたかった。


 ――合格だ。


 カズマが述べた案は、ショウマが話そうと思っていたこととほぼ同じだった。


「この案はだめなのか」

「修正が必要だ」

「オステリアを見捨てるのか」

「そうではない」


 ショウマも立ちあがって、カズマだけでなくこの場にいる全員に向かって宣言した。


「オステリアへは、カズマではなく、私が向かう」


 カズマが表情を一変させ、不満を明らかにした。


「なんでだ? 危険を冒してオステリアに向かうのはオレの役割でいいじゃないか。兄貴はこれからジェムジェーオンの国主となる人間なんだ。ハイネスでドンと構えてくれ」


 アンナ=マリーとアレックスが、黙ってショウマの様子を窺っていた。表情をみると、カズマと同じ考えのようだった。


「様々なことを考えたうえで、このように判断した。オステリアへ向かうのは、私が適任だと考えている」


 カズマが納得しなかった。


「ハイネスを死守するため、この軍には皆の求心力となり統率する人間が必要だ。一方、ライヘンベルガー男爵との交渉を円滑にするにも相応の人間が必要だ。だったら、ハイネスに残るのが兄貴で、オステリアに向かうのは『勝唱の双玉』のひとりのオレが妥当ではないのか」


 ショウマは静かに、アンナ=マリー、アレックス、カズマの顔を順に視た。


「私がオステリアに向かうことを決めたのには理由がある」

「教えてくれ」

「純粋に戦力として考えた場合、私よりカズマの方が有能だということ。私は今回の戦いで、カズマのASアーマードスーツ操縦について、いくつもの賞賛の声を聞いた。この場の皆も、カズマのASアーマードスーツ操縦の腕に疑問を持つ者はあるまい」


 ショウマはアンナ=マリーに向いて、尋ねた。


「なあ、マクミラン大佐」

「それは、そうかもしれませんが……」


 アンナ=マリーが歯切れが悪く答えた。

 カズマがムキになって抗弁した。


「兄貴はASアーマードスーツなんて操縦する必要なんてないだろ。現場はオレに任せてくれればいい。最高司令官として、堂々と全軍を指揮すればいい。その資格も、能力もあるんだから」


 ショウマは思い出した。

 ともに士官学校の学生だった時分、カズマはショウマに言っていた「兄貴はこの国の頭脳になれ。オレは忠実で有能な手足になる。オレは兄貴と一緒ならば、世界の誰にだって負ける気がしない。オレ達ふたりで、誰もが笑って暮らせる国を作りあげよう」と。


 ショウマの顔が綻んだ。


「判っている、カズマ。けれど、これ以上お互いを褒めあうと、この場にいる皆に、バカ兄弟だと思われてしまう」


 カズマが苦笑いした。

 ショウマは話を続けた。


「私たちは厳しい状況に置かれている。ハイネスに閉じ込もったとしても、『常勝の軍神』ヴァイシュ・アプトメリア侯爵のジェムジェーオン来訪という時間的制約が立ち塞がる。幾度かは打って出る局面が訪れるだろう。決戦は激戦となる。その時、カズマがASアーマードスーツを率いることができるのは、最終的に有用となる可能性がある」

「じゃあ、誰が作戦を指揮するんだ」

「アンナ=マリーがいるだろ。今回の戦闘と同じように、実際の戦闘もアレックスやジョニー・マクレイアー少佐が補佐してくれるはずだ」


 カズマがまだ抗してきた。


「作戦行動に関しては、アンナ=マリーたちがいれば事足りるかもしれない。だが、籠城戦で重要なのは兵士たちの気持ちだ。最高司令官である兄貴が不在では、兵士の士気が落ちてしまう」


 はは、ショウマは声に出して笑った。


「それも考えている。カズマだったらできるじゃないか。黙って髪をおろせば、ショウマ・ジェムジェーオンがそこにいるように見せることなど簡単だろ」

「オレが」


 カズマが自らを指さした。


「そうだ」

「兄貴の代わりを……」

「そうだ。私はカズマのようにASアーマードスーツを操縦する技量を持ち合わせていない。だが、カズマは黙っていれば、私ショウマになりすませる」


 カズマが黙った。

 アンナ=マリーがカズマに微笑み掛けた。


「私は当初、カズマの意見に賛成だった。けれども、ショウマの話を聞いているうちに意見が変わってきた。いまはショウマの意見に理があるように思える。私だけでなくマクレイアー少佐やラングリッジ大尉の力を合わせて、カズマを補佐するわ」


 オステリアで求められる力はふたつ、カリスマと政治力だ。人々を求集し、魅了して奮い立たせる能力。シオンの夫であり信頼できる人柄とはいえライヘンベルガー男爵は他国の国主、その男爵と対等に折衝できる能力。このふたつだった。

 どちらも、ショウマの能力が勝っている。


 ショウマは強い目で断言した。


「せっかく、私たちは『勝唱の双玉』という有力なカードを二枚持っているんだ。ふたつのカードともにハイネスに残して使うより、別々な場所で活用する方が有効だ」

「つまり、兄貴がオステリアで、オレがハイネスで、最善を尽くすということか」


 アレックス・ラングリッジが発言した。


「俺もショウマ様の意見に賛成いたします。ショウマ様の護衛もお任せください。再び、俺の部隊からアリアス中尉を同行させます」

「アリアス中尉の力を借りられるのはありがたい」


 カズマが何度か首肯して、ショウマに歩み寄った。


「わかった。ハイネスのことは、オレたちに任せてくれ」

「カズマ、私がこの場を離れることによって、最も負担を背負うのはカズマであることを忘れないでくれ」

「判った。肝に銘じておく」


 ショウマはアンナ=マリーに顔を向けた。


「オステリアに出発する前に、ハイネスでひと仕事しないとな」

「そうですね。お願いします」

「ひと仕事とは」


 カズマが首をひねった。


「忘れたのか。マクシスの演説に対して、『勝唱の双玉』として、ジェムジェーオン市民に向けて演説することだ。それとも、これもカズマが担うか」


 カズマが顔の前で手を振った。


「オレには無理だよ。これは兄貴の仕事だ」

「残念」


 ショウマは笑って応えた。アンナ=マリーに向かって、確認した。


「マクミラン大佐、準備を」

「はい。至急、演説の準備を行います」


 アンナ=マリーが慌てて立ち上がり、部屋を出て行った。

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