亡国の貴公子 ~国を奪われた双子が、英傑たちと競い、国の奪還を目指す~
芳田たかみ
第1話 勝唱の双玉1
『勝唱の双玉』は、アクアリス大陸の創世伝説において、この地を創造した
ショウマ・ジェムジェーオンは、ジェムジェーオン伯爵家の世子であり、双子の弟カズマ・ジェムジェーオンとともに、アクアリス大陸の統一国家であるシャニア帝国のなかで、ジェムジェーオンの『勝唱の双玉』と呼ばれていた。帝国内の封建領主国のひとつ、ジェムジェーオン伯爵国の市民たちは、この若く美麗な双子の兄弟を、自らの国の誇りとしていた。
帝国歴628年2月23日早朝、ジェムジェーオン伯爵国の北部要衝都市ハイネス。
ジェムジェーオン伯爵家世子、『勝唱の双玉』の兄、ショウマ・ジェムジェーオンが無明の隧道に突入を始めてから、既に10分以上が経過していた。
濃密な闇。上下四方を暗闇に包まれた空間に、ショウマは身をおいていた。
暗黒と静寂の世界は永遠に続いていくと思えた。
闇はまるで生き物のように、ショウマの身体に絡みついて、心の弱い部分に浸食してきた。暗黒のなかへと身体を吸い込もうとする。心を徐々に締め上げ、比例して不安を膨張させていく。
ショウマは必死に抵抗しながら、ゆっくり、静かに、ひたすら前へと足を進めた。
呼吸音が聞こえる。
仲間のもの、ショウマ自身のものが混じっていた。。
漆黒の闇に視覚が奪われたのに対して、嗅覚は鋭敏になっていた。隧道のなかの黴臭くじめじめしている空気のなかで、自分や仲間が緊張から分泌されたアドレナリンが、鼻孔をかすかに刺激した。
ショウマは右腕を自身の身体の前に伸ばした。
自身の右手さえ暗闇に呑み込まれて視認できない。そこにあるはずの自分とそれ以外を区分する境界が消失していた。
――まるで、今の状況を表しているかのようだな。
今回の計画の成功率は、ほぼゼロに近かった。
それでも、ショウマたちに残された選択肢は他になかった。唯一の可能性、状況を打開する道、それがこの計画の遂行だった。何度もシミュレーションし、皆で協議して出した結論だった。
左の掌で自分の頬を覆った。
――暖かい。
手の表面が温もりを知覚する。顔の頬に残る掌の感覚、自分自身の存在を実感した。
暗黒と静寂の隧道は続いた。
どのくらい進んだのか、時間の感覚が麻痺し始めた頃、遠くにゴォーと低く篭った音が、静寂の空間を引き裂いた。
重低音の音響が、身体を震せた。
ショウマと仲間たちは足を止めた。
「バトルシップのエンジン音だな」
誰かが囁くように言った。
エンジンの重低音が連続する。
「ハイネスの基地からバトルシップが出撃しているようです」
「始まったのか」
どの声も硬い。緊張に満ちていた。
「進むぞ」
ショウマもその声に押されて、足を前に進めた。
幾重ものバトルシップのエンジン音が絶え間なく響き続けた。
基地から、バトルシップの出撃が続いているという証だった。
歩を進めると、暗闇の遥か先に、赤い電子光がぼんやりと浮かび上がってきた。
「あそこに」
警戒から最小限の声量だった。
ここまでは、敵に気づかれることなく進むことが出来た。しかし、これからも、そうである保証はない。むしろ、この先で敵と遭遇する確率が高かった。
「先に確認してきます」
アレックス・ラングリッジ大尉の声。足早に赤い電子光のもとに近づいた。
電子扉になっていた。
アレックスが扉に耳を当てた。じっと、扉の向こうの格納庫の様子を探った。
……
赤い電子光でぼんやりと浮かび上がったアレックスの姿。10秒ほど壁に耳を当てて部屋のなかの様子を伺った後、手招きした。
ショウマたちは、静かに電子扉のもとに寄った。
扉に耳を当てたままアレックスが言った。
「物音は聞こえません。人の気配はないと思います」
「この扉が、例の格納庫のロックで間違いないようだ」
「誰もいないようですが、念のため、扉を開錠したら俺たちが先に踏み込みます。ショウマ様は、ここでお待ちください」
ショウマは無言で軽く頷いた。続けて、赤い電子光にある虹彩認証機に瞳を近づけた。
カチ、軽い音が響いた。
虹彩認証機のディスプレイに緑色光で〈パターン特定〉と表示され、扉が開いた。
仲間たちが、ショウマを扉の前に残して、素早く、静かに、一斉に、扉の向こうの格納庫のなかに踏み込んでいった。
幸いなことに、格納庫のなかは無人だった。
アレックス・ラングリッジ大尉を先頭に突入した仲間たちが、暗い格納庫のなかを隅々まで丁寧に確認した。
しばらくの後、アレックスが言った。
「誰もいません。装備も手付かずで接収されていないようです。暫定政府のハイネス駐留軍はこの倉庫の存在に気付かなかったようです」
ショウマはホッと一息をついた。
アレックスの言葉に、ショウマだけでなく仲間の全員が、張り詰めていた緊張感を弛緩させた。
ショウマは言った。
「
格納庫のなかは、所々で輝く電子光が、部屋のなかをぼんやりと浮かび上がらせていた。
「スイッチがありました」
モニカ・オーウェル大尉の声だった。
「点けてくれ」
「はい」
ショウマの声にモニカが応えた。
格納庫の明かりが灯った。
暗闇に慣らされていた眼に、突然の灯は光が強すぎた。
ショウマは眩しさに、思わず、目を閉じた。
数秒後、眼を開けると、そこに、全長3・5M、紫光に輝く
「す、すごい……」
仲間たちがこの装備に息を呑んだ。
「まさか、これほどの装備が隠されているとは」
ショウマは、父アスマから聞いていた倉庫の経緯を説明した。
「この格納庫は、20年前の北部大震災の時に作られた被災支援物資倉庫だった。復興後に、父アスマが軍事格納庫に変更していた」
アレックスが反応した。
「アスマ伯爵はこの事態を予測して」
「まさか、それはない。戦闘兵力として考えると小規模すぎる。ここハイネスは、北の要衝だ。冬になれば兵站に苦労する。それを見越したうえで、伯爵家独自に、予備兵力を持つくらいの意味にすぎない」
「それにしても、なぜ、暫定政府軍はこの格納庫の存在に気づかなかったのでしょうか」
「公式には、この被災支援物資倉庫は、廃棄されたことになっている。今回使用したあの秘密の接続路を含めて、この格納庫の存在を知っているのは、ジェムジェーオン伯爵家の一族と軍の最高幹部のみだ。ロックを解除させる虹彩認証も、その者たちだけを登録している」
アレックスが怪訝な表情を浮かべた。
――当然の反応だ。
暫定政府軍の首脳は、ジェムジェーオン防衛軍の最高幹部、司令長官マクシス・フェアフィールド元帥なのだから。
「そもそも、私たち『勝唱の双玉』が、ここハイネスを目指すと思っていなかったはず。だから、接収されていない可能性があると考えていた」
「ショウマ様が考えていた通りになりましたね」
「そうだな」
アレックスの表情は不審を抱いたままだった。
――だが、今はその疑問を追求している時ではない。
ショウマは紫光の
ジェムジェーオン伯爵家の一族のみが騎乗を許されるロイヤルパープルの
紫光に輝く
――何にせよ、戦いの舞台に上がることだけは許されたか。
熱く、震えが止まらなかった。
恐怖によるものか、緊張によるものか、はたまた、これから始まる険しい戦いを予測してか、ショウマ自身にも判然としなかった。
アレックス・ラングリッジは、ショウマ・ジェムジェーオンが昂然と紫光の
黄金色輝きながらなびく髪、彫像の如く圧倒的な美しさを持つ若者ショウマ・ジェムジェーオン、荘厳な情景という他にこの光景を形容できない。アレックスだけではない。この場に居るすべての人間が、ショウマの立ち姿に心を魅了されていた。
神々しい儀式に口を挟むことは禁忌にも似ていた。
――だが、俺たちにはやらねばならないことがある。
アレックスは意を決して、言葉を発した。
「ショウマ様、よろしいですか」
一瞬の間のあと、ショウマが顔を向けた。
アレックスは続けた。
「作戦を進めませんと、カズマ様のほうが」
「そうだったな」
ショウマが頷いた。
「ここに至る途中、基地から出撃するバトルシップが出撃する音が聞こえたな。あの量からするとほぼハイネス駐留軍のほとんどが出たと思うが」
「間違いありません。音から52隻のバトルシップが出撃したのを確認しました」
ショウマに応じたのは、ツインテールの髪の毛に赤縁メガネを掛け、幼い少女のような外見をしたモニカ・オーウェル大尉だった。
「ということは、ここハイネスにはほとんど戦力が残っていないということだな」
「はい。ハイネスに配備されているバトルシップは2個師団約50、ほぼ全軍がハイネスから出撃したと考えてよいかと」
アレックスはモニカの言葉に頷いてから、ショウマを凝視した。
「今ごろ、イル=バレー要塞から出撃したカズマ様たちは、渓谷出口で待ち受ける北部方面軍司令デービス少将の部隊と交戦していると思われます」
ショウマが微笑した。
「予定通りであれば、カズマたちの部隊が戦闘を開始したのは、1日以上前のはず。それだけ時間が経過していれば、ここハイネスの部隊も戦闘の情報を掴んでいるとみて間違いない。そして、ハイネスの軍勢は動いた」
一瞬の沈黙。
ショウマが周囲を見やってから、続けた。
「戦場から最も近い拠点であるここハイネスを預かるトマソン少将は、駐留しているほぼ全軍を援軍に出した。つまり、カズマたちの奮戦、暫定政府軍の苦戦を物語っている。そして、トマソンも最前線を預かっている将軍のひとりだ、兵力を出し惜しむのは愚策と判断したにちがいない。たとえ、イル=バレー要塞から出撃した部隊が、士気高く精鋭だったとしても、兵力は限られている。最終的に勝敗を決するのは兵の数や兵站になる。最悪の場合でも、足を止めて持久戦に持ち込めば、首都ジーゲスリードからの援軍も頼れる」
「その通りです。それが上策。トマソン少将はそのように考えていると思います」
「戦局は、想定通り、推移している。つまり、現在、ここハイネスはもぬけの空に等しいということだ。私は皆に確認したい。私自身の願望が、現実認識の判断を誤らせてはないかを」
アレックスは大きく頭を振った。
「いえ。小官の考えもショウマ様と同じです。ここハイネスには、間違いなく僅かな戦力しか残っていないと思います。ハイネスの守備に残した
アレックスの言葉にここにいる全員が頷いた。
超エース級の2人、『怒涛』のアレックス・ラングリッジ大尉、『死神』のモニカ・オーウェル大尉を筆頭に、その他メンバーも、ジェムジェーオンのエース級のパイロットたちだった。最前線、イル=バレー要塞で鍛え上げられてきた精鋭たちを、今回の突入部隊に集めていた。
ショウマが皆に視線を送った。
「甘い考えかもしれないが、ハイネスの守備隊も、私たちと同じジェムジェーオンの市民だ。戦うのではなく仲間としてに加えて、一緒に暫定政府軍に立ち向かっていきたい。そのために、私も前面に出て戦うつもりだ」
「小官たちが全力でショウマ様をお守りします」
戦場に紫光の
紫光の
ショウマが左手を振り上げた。
「命令を再度、確認する」
一同がショウマに向けて、整列した。
「モニカ・オーウェル大尉以下は、直ちにハイネス行政府と放送センターを占拠する」
「はい」
「アレックス・ラングリッジ大尉、そのほかの者は私とともに、ハイネス残留部隊を鎮圧する」
「はっ」
この場の全員が、敬礼をショウマに向けた。
「これより、ハイネス奪取作戦を開始する。一同の奮戦を期待する」
ショウマ・ジェムジェーオンはロイヤルパープルの
――勝てるか。
ここまでの流れは、想定した通りの状況といえた。とはいえ、決して楽観視できない。限りなくゼロに近い可能性が、僅かに光が見え始めたに過ぎない。
――頭で考えてもダメだ。
シミュレーションは何度も行ってきた。あとは、変化する状況や条件のなかで、最善の選択を採ることだ。
亡き父アスマ・ジェムジェーオンの顔が浮かんできた。
〈頼んだぞ、ショウマ〉
そう言われた気がした。
――任せてくれ、必ず私たちは勝てる。
ショウマ・ジェムジェーオンは自身に向かって宣言した。
---------<あとがき>---------
流行りのジャンルの小説ではありませんが、基本チートなしのオリジナル戦記を書いていこうと思っています。
「面白い」
「続きが気になる」
「こういったジャンルもいいよね」
と思いしたら、作品への応援をお願いします。
レビューもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくおねがいします。
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