第122話 ギャルと尾行
◆水曜日◆
「それじゃあ純夏、ちょっと出掛けてくるよ。夜には帰るから、お昼は冷蔵庫の作り置きを温めること。お皿は水に漬けておいてね」
「わかったよママ」
「誰がママだ」
やれやれと苦笑いを浮かべるカイ君。今日も今日とて、推しの顔が良すぎる。
あーもう、誕生日を知ってても、知らないフリをするの大変だよ。私が誕生日のとき、カイ君こんな思いしてたんだ。
こう……もしょもしょする。言いたいのに言えない。なんて言うんだっけ、こういうの。じ、じ……じんましん? そう、なんかそういうやつ。
う〜、もしょもしょして落ち着かない……よし。
靴を履いてるカイ君の後ろに立つと、不思議そうな顔で見上げてきた。ちきしょー、かわいい。
「純夏、どうしたの?」
「あぇっ? あー、そのー……い、行ってらっしゃいのハグ、しようかなって思って」
「……行ってらっしゃいのハグ?」
「な、なんすかっ。いいじゃないっすか、べつに!」
確かに普段は、こんなことしない。でもしたいのだ。理由は察して。
カイ君は知ってか知らずか、それとも私が甘えん坊さんになったのが面白いのか、笑って手をこっちへ向けてきた。
まるで、駄々をこねる子供を甘やかすように。
ぐぬぬ。子供扱いしないでほしいっす。でも、します。
いつもとちょっと違ったことに、少しだけ緊張しながらもハグをする。
ぎゅっ……ん〜っ、しあわせ……!
「寂しくならないよう、早く帰ってくるからね」
「……あいっす」
カイ君優しい。優しすぎる。だから私たちは、彼にこんなに夢中になるんだ。
名残惜しいけど、これ以上引き止める訳にはいかない。
離れると、カイ君は私の頭を撫でた。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいっす」
ぱたん。扉が閉まり、足跡が遠ざかる。
……よし。
「もしもし。今家出たよ」
『おけー。確認した』
『ウチらも追いかけるから、キヨサカさんもごーりゅーよろしく』
「わかた」
上はカイ君の、ダボッとした半袖パーカー。下はぴっちり目のショートパンツ。頭に白系のキャップを被って、走りやすいようにスニーカーを履く。
これでオーケー。
ふっふっふ。ここからが本番……いざ、尾行っす!
家を出て周りを見ると、深冬がこっちに向けて手を振っていた。
「純夏、こっちこっち。今ソーニャちゃんが、海斗くん追っ掛けてる」
「わかった」
ソーニャ先輩とこまめに連絡を取りつつ、急いでカイ君を追い掛ける。
この道……多分、駅の方に向かったのかな。
大通りに出て十字路を右に。この先が駅前だ。
えっと……あ、いた。ソーニャ先輩だ。
「ソーニャちゃん、お待たせ。海斗くん、どこ?」
「あぁ、待ってたよ2人とも。ヨッシーは……ほら、あそこ」
見ると、待ち合わせとして有名な銅像の前で、カイ君と鬼頭先輩が2人でいた。
ここからじゃ遠くて何も聞き取れないけど、もう駅の方に向かっている。本当、どこに行くんだろう。
バレないように離れながら、2人の後を追って駅へ向かう。
「ぬふふ。こーいうの、ワクワクするんだよね」
「わかる。ウチもめっちゃ好き」
「私も」
尾行って、ドラマとか映画でしか見ないから。実際に自分がやることになるとは思わなかったし、ワクワクドキドキだよ。
カイ君たちが、快速急行の電車に乗り込むのを見て、私たちは別車両に乗る。この方がバレないだろうし。
窓越しに2人を見ると、特に会話はなさそう。
カイ君は何か考えごとをしてるのか、窓の外を見てぼーっとしてるみたい。
「どーしたんだろ、ヨッシー。あんなにぼーっとしてるなんて」
「えっちなこと考えてるんじゃない?」
「純夏、もしかして欲求不満?」
そりゃ、好きな人と毎日一緒にいて手を出されなかったら、欲求不満になりますよ。ムラムラよ、ムラムラ。
そろそろ1歩進んだ関係になりたいけど、カイ君の意思は尊重したいし。難しいところ。
「……んっ? あ、降りるみたいだよ」
「え?」
ソーニャ先輩に言われて、2人に視線を戻す。
確かに降りてる。でもここ、快速は止まるけどほとんど何もない駅のはずだけど……?
遊びに行くなら、もう一駅先の方が遊び場か沢山あるのに。
とりあえず見失わないよう、私たちも電車を降りる。
私たち以外のお客さんは、ほとんど降りない。降りても、この辺に住んでる人たちくらいだ。
それくらい何もない場所なのに……本当、何が目的なんだろう。
「んー、マップで確認したけど、やっぱ何もないよ」
「1個だけデパートがあるみたいだけど、わざわざここまで来るひつよーはないしね」
深冬の見せてくれた地図を見る。本当に何もない。駅前はちょっと栄えてるけど。
うーん……とりあえず、追いかけよう。ついて行けば、何かわかるかもしれないし。
【発売中】拾ったギャルをお世話したら、〇フレになったんだが。 赤金武蔵 @Akagane_Musashi
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