第69話 叔母と真実

「このアルバムを自主的に見せたのは、あなたが初めてです。今の旦那にも、娘にも、純夏にも見せたことありません」

「……なんで俺に?」



 金庫にしまうくらい誰にも見られたくない過去なら、なんで俺なんかに見せたんだろうか。

 素朴な疑問を口にすると、桔梗さんは小さく笑った。



「過去のことを話すには前提が必要ですから。そのためのアルバムです」

「な、なるほど」



 改めてアルバムを見る。

 桔梗さんの冷たい空気や鋭い視線は、この時のものだったのか。

 確かに純夏も、最初に出会った時はこんな感じだったかも。



「今でこそこんな感じですが、当時の私は相当のおバカでして。『大学生と付き合えてる私って凄いでしょ?』と言った感じのギャルでした」

「それは、なんというか……」

「遠慮しなくても大丈夫です。自分でも、頭弱いなと思いますから」



 そこまで言うつもりはないけど、まあ似たような感じには思った。

 彼氏をファッションかアクセサリーと勘違いしている系っていうか……。



「当時の彼……和也さんは、すごく優しい人でした。私も遊びではなく、心の底から彼を好きになっていた。……ですが、少々特別な人でして」

「特別、っていうのは……」

「別にヤリチンというわけじゃありません。凄く色んな子からモテる方だったんです。色んな子とキスをしたり、ハグしたり、添い寝したり……そんな感じのスケコマシだったわけです。……ん? どうかしましたか? 顔色が悪いようですが」

「キノセイデス」



 びっくりするほど身に覚えがありすぎる。

 どうしよう、顔を合わせられない。泣きそう。

 桔梗さんは首を傾げ、話を続ける。



「正確には、私は付き合っていませんでした。いえ、付き合っていると思っていたのは私だけで、和也さんからしたら友人止まりだったのでしょう。思えば、ハグしかしてませんでしたから」



 そっとため息をつき、桔梗さんは天井を見上げる。



「そんな中、姉さんが和也さんと結ばれました。当時の私は付き合っていると勘違いしていましたから、そりゃあ姉さんに当たりました。でもそれが勘違いだと気づいたのは、姉さんたちが亡くなって数年経った時です」



 そうだったのか。

 厳密には奪ったという訳ではない。でも当時、付き合っていたと思っていた桔梗さんからしたら、略奪されたと思っても仕方ないだろう。



「これが、私たちを取り巻く環境の全てです。あ、家族には勿論内緒ですよ? 当時のことで色々懲りて、更生したので」

「……桔梗さんが当時のことを納得しているのもわかりました。ですが、なんでまだ純夏さんに冷たく接しているんですか?」



 それなら、もう純夏に冷たく接する理由もないだろう。

 桔梗さんは気まずそうに目を伏せ、両手を組んだ。



「わかっているんです。私だってこのままじゃいけないって……でも、あの子が生まれてから十年以上冷たく接していたんです。もうあの子から信頼を勝ち取るのは無理でしょう」

「そんなことないと思いますけど」



 純夏のことだ。真実を知れば、あの明るいテンションで桔梗さんとも接するだろう。

 だが桔梗さんは首を横に振り、悲しそうな笑みを浮かべた。



「わかるんです。真実を知っても、私たちとあの子の間には埋められない溝が出来てしまっている。それに、あの子の心の隙間を埋めたのは私たちじゃない。他でもない吉永さんです」



 姿勢を正した桔梗さんは、腰を折って深々と頭を下げた。



「図々しいのは承知の上ですが、お願いします。純夏を幸せにしてあげてください」



 し、幸せに、て……そんなこと言われてもな。

 確かに、俺と一緒にいる時の純夏と、桔梗さんと一緒にいる時の純夏の雰囲気は全く違う。

 勿論、断るつもりはない。ここに来る前、ディープなキスと告白をされちゃったことだし。今更断ったら、また話が拗れそうだから……。



「わかりました。純夏さんは責任をもって、お預かりします」

「……よろしくお願いします」



 安堵からか、今までで一番晴れやかな笑顔を見せた桔梗さん。

 何だかんだ、桔梗さんも純夏のこと心配してるんだな。

 やれやれ、素直になればいいものを。

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