第46話 ギャルのいない日

   ◆純夏side◆



「全然センパイが甘えないんだけど!!」

「純夏うっさい。ここ店ん中だから」



 うっさいとは何か、うっさいとは!


 あれから一週間が過ぎた。

 それなのにセンパイ、私たちに甘えてこない。

 甘えるって、もっとこう……バイトや勉強以外の時間は、私たちにすっごく甘えてくるもんじゃないの!?

 エッチすぎるのはダメだけど、センパイになら……そこまで覚悟決めてたのに!


 深冬はホイップ増し増しキャラメルドリンクを飲み、そっとため息をついた。



「あれじゃない? 添い寝とハグのしすぎで、パイセンが満たされちゃってるのかもよ?」

「……どゆこと?」

「ほら、パイセンって家の事情で甘えることが少なかったって、純夏言ってたじゃん? そんなパイセンに、私たちみたいな美少女が毎日添い寝とハグをすると……」

「……あっ、まさか……!」

「そのまさか。今の環境に慣れちゃって、甘える必要がないのかも」



 なんてこった!?

 これぞせーてんのへきれき!(漢字はわからん、使い方もわからん)



「どどどっ、どうすれば……! 私、もっとセンパイに甘えられたい! いや私からも甘えたいけど!」

「うーん……実は一つ考えたんだよねぇ。でも純夏にも我慢してもらうことになるけど」

「それでもいい! 私ならいくらでも我慢するよ!」



 深冬って、昔からこういうことに関して頭が回るんだよね。悪知恵が働くというか。



「それじゃ、早速行動しようか」

「はい!」



 ふふふっ。センパイ、今度こそ甘えさせてあげますよ!



   ◆



「え? 天内さんの家に泊まるの?」



 金曜日の夜。バイトから帰ってくると、清坂さんがそんなことを言い出した。

 もう荷物はできてるみたいで、せっせと靴を履いている。



「はい。突然すみません……でもでも、日曜日には帰ってきますのでご心配なく!」

「そ、そう」



 よかった。ソフレ関係が終わっちゃうのかと思った。

 ……自分で思ったより依存してるな、俺も。

 そっと安心してると、隣にいた天内さんが俺の頭を撫でた。なんか見透かされてるみたいで恥ずかしい。



「それじゃあパイセン。純夏借りるねー」

「わかった。気を付けてね」

「はいっす! 行ってきまーす!」



 二人が玄関を出るのを見送り、俺もリビングに入る。

 時計の秒針の音。扇風機の回る音。冷蔵庫のモーター音。

 どれもこれもやけにうるさい。

 前までは、これが当たり前だったのに。


 べ、別に寂しい訳じゃない。一人暮らしなんてこんなもんだ。

 さっさと飯食って、シャワーだけ浴びて寝よう。


 今日は……そうだな。生姜焼きでいいか。

 調味料を合わせ、冷蔵庫に入れていた肉を取り出す。

 肉を焼く音も、調味料を入れた音も……全部大きく感じるな。はぁ……無駄にため息が出ちゃうし。


 冷や飯を電子レンジで温め、完成した生姜焼きとキャベツの千切りをテーブルに持っていく。



「それじゃ、清坂さん。食べよっか」



 …………。

 あ、やべ。いないんだった。

 ご飯も二人分用意しちゃったんだけど……馬鹿か、俺は。

 生姜焼きの残りは明日の朝かな。

 一人で手を合わせ、夕飯を食べる。

 味付けはいつも通り。そのはずなんだけど……。



「なんか、味気ないな」



 おかしい。一人暮らしする前も、実家では基本的に一人で食べてたはず。

 それなのに、いつもより気分的にちょっと微妙だ。


 早々に夕飯を切り上げ、シャワーを浴びてベッドに入る。

 こうして夜に一人で寝るのも久々だ。ベッドがいつもより広く感じるな。



「…………」



 カチッ、コチッ、カチッ、コチッ。

 ウィーーーーン……。


 ……生活音、うるさ。



『あははははは! カレンっ、この動画面白いんだけど!』

『白百合、近所迷惑だろ』

『お隣、海人くんなんで大丈夫ですよーだ』

『……それもそっか』

『『あはははははは!!』』



 おいコラそこの酔っ払い二人。一回表出ろコラ。

 でも、人の声が聞こえるだけでちょっと安心する……やっぱ俺、寂しいのかな。


 だからと言って、白百合さんと花本さんの家に行くのは悪手だ。清坂さんがいないとわかったら、一晩中相手させられるに決まってる。

 だから寝るしかないけど……眠れそうにない。

 仕方ない。ラノベ読んで眠くなるまで時間潰すか。






「……朝かよ……」



 もう朝の五時。空が白くなり、星も白昼夢のように消えかかっている。

 やばい、全く眠れなかった。まさかこんなに眠れないとは。


 え、俺清坂さんが傍にいないだけで眠ることすらできないの? もし清坂さんがこの家から出ていったら、俺どうなるんだ?


 戦慄、と言っていいのだろうか。

 背筋に冷たいものが走るような、妙な感覚。

 やべぇ……これは本格的にまずい。



「どうにかしないと……!」

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