第16話 ギャルとお試し

 その後、いつも通り23時過ぎまで勉強し、2人で布団に入った。

 突然いつも通り清坂さんがベッド。俺が布団。手を繋ぎ、目を閉じる。


 手の平から感じる、清坂さんの確かな存在。それが夜の寂しさを紛らわせる。

 多分、清坂さんも同じことを感じてるだろう。

 互いが互いを認識し、互いが安心する。

 もうこの関係にも慣れて来た。


 時計の音が遠くに聞こえる。

 眠気が波のように寄せては返す中、不意に清坂さんが「センパイ」と話しかけて来た。



「もう寝ちゃいました?」

「いや、まだだよ」

「……どうしましょう。私、眠れそうにありません」



 目を開けて、暗闇の中清坂さんに目を向ける。

 目が暗さに慣れ、横向きになって俺を見下ろす清坂さんがよく見えた。

 暑いのか、シャツが肩からずり落ちている。

 鎖骨、デコルテ、谷間。全部が全部見えてしまい、暗闇のせいで淫靡な雰囲気を纏っているように見える。

 そしてその表情は、興奮と期待が入り交じり、不安をアクセントにしたような艶かしいものだった。


 思わず俺の心臓が跳ね上がり、そっと目を逸らした。



「だ、大丈夫?」

「うーん……ずっと胸がドキドキしてます」

「心不全? 不整脈?」

「言葉の意味はわからないっすけど、多分違います」



 うん、俺もそれはないなと思った。

 起き上がり、清坂さんの額に手を添える。……熱はなさそうだ。多分、何かしらの影響で色んなことが頭の中を巡ってるんだろう。俺も不安になる時は、眠れなくなったりする。


 と、清坂さんが俺の手を握り、頬に擦り寄せた。

 スベスベでもちもち。今まで触ってきたものの中で、断トツに柔らかい感触だ。



「き、清坂さん……?」

「……センパイ、不思議です。こうしてると胸はドキドキするのに、心は落ち着くんです。甘えたくなります」



 ま、まずい。これは本当に、色々まずい。



「そ、そう。ならいつも通り、手を繋いで……わっ……!」



 急に手を引かれ、清坂さんに覆い被さるように倒れこんだ。

 ギリギリのところで手をついて潰しはしなかったけど、距離がかなり近い。いや、近過ぎる。


 でもキョドってるのは俺だけなのか、清坂さんは俺の首に腕を回してきた。



「きっ、きっ、きよっ……!?」

「ねえセンパイ。そろそろ、ちゃんとしたソフレにならないっすか……?」

「……ちゃんとしたソフレ?」



 なんだそれは。今まではちゃんとしてなかったのか?



「私、思うんすよ。確かに同じ部屋で寝ている。だけど布団が違くて手を繋いで寝てるだけって、ソフレって言えるんでしょうか? そんなの、全国のソフレに失礼じゃないんでしょうか?」



 全国のソフレってなに?

 そんな一定数いるのか、ソフレって。



「えっと……つまり、何が言いたいのかな?」

「もうそろそろ、同じ布団で寝てもいいんじゃないでしょうか」

「アウト」

「なんでっすか!」



 なんでもクソもないわ!

 同じ布団で寝る? 何を言ってるんだこの子は!



「手を繋ぐだけでもギリギリなのに、横で寝るって無理でしょ……」

「無理じゃないです。ほら、こんなに触れ合っても、襲われる不安より一緒にいたい安心感が勝ってるっす。だから大丈夫です」



 何その根拠の無い自信。

 俺だって思春期の男の子だぞ。狼にだってなれるんだぞ。

 ……そんなことしたら、マジで人生からの一発退場になるだろうから、やらないけど。



「センパイ、自分の鋼の意思に自信もっていいっすよ。私、一年の中では超モテるんです。誰にも手を出させたことはないっすけど……そんな私をこうして前にして手を出さないなんて、そうそう出来ないっすよ」

「出せるか! き、清坂さんは大切な……大切な……」



 あれ。清坂さんって、俺にとってどんな人なんだ……?

 改めて口にしようとするけど……わからない。


 友達とも違う。

 恋人とも違う。

 後輩とも違う。いや学校の後輩ではあるけど。

 知り合い? 顔見知り? 知人?






 ──ソフレ。






「っ…………」



 俺と清坂さんを形容する言葉はそれしかないことに、愕然とした。

 どれだけ不純な関係なんだ、俺らは……。


 清坂さんも同じことを考えているのか、苦笑いを浮かべていた。

 でも、それも直ぐ真剣な顔に変わる。



「お願いします、センパイ。ほんのちょっと、お試しでいいんですっ」

「で、でも……」

「お願いします」



 清坂さんの腕に力が入る。

 決して解けない拘束ではない。それなのに、俺はそれを振り解けないでいた。



「……そ、それじゃあ……お試しで……?」

「! えへへっ。センパイ、ありがとうございます♪」



 清坂さんがベッドの端に動き、スペースを開ける。

 俺はなるべく隅に横になり、清坂さんとは反対の方向を向いた。


 なるべく意識しないように。

 なるべく触れないように。

 なるべく息を殺して。


 そんな俺の背に、清坂さんの手が触れた。

 もう何度も触ってきたからわかる。細く、小さく、柔らかい。

 そんな感触に、思わず俺の体が硬直した。



「ふふふ。センパイ、緊張し過ぎです」

「だ、だって……!」

「冗談です。……私も、緊張してます」



 背中を捕まえるように、手に力が入る。

 と、それ以外の感覚が伝わってきた。

 多分、清坂さんの頭。マーキングをする犬のように、グリグリと擦り付けてくる。



「センパイの背中って、こうして見るとすごく大きいですね」

「そ、そう?」

「はい。私とは全く違います」

「そりゃあ、男と女だから。体格の違いくらいある」



 あと、そのグリグリもやめてくれると助かるんだけど。清坂さんを近くに感じ過ぎるから。



「手だけじゃない。こんなに近くにセンパイを感じる……しぁゎ……」

「……清坂さん?」

「…………くかぁ……しゅぴぃ……」



 即寝!?


 ビックリするくらいの即寝だった。緊張してたのって嘘だな?

 はぁ……仕方ない。お試しで寝てあげたし、俺は布団に……。


 グイッ、グイッ。


 ん、あれ? 清坂さん、ちょ、握る力強っ。は、離れないんだけど……!?



「き、清坂さーん? もしもーし?」

「すやぁ……」



 即寝の上に爆睡って……俺、このまま朝まで寝るの……?

 寝られるかなぁ……。

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