第29話 どうしてハプニングは発生するんだろう?
街の明かりが徐々に消え始めたところで絵、俺たちは山を下った。ベッドに入るとすぐに睡魔に襲われ、次の朝、アスナが起こしに来るまで爆睡していた。
「おはようございまーす!」
「んぅ……ああ、おはよう、アスカ」
『もう朝なのかの……? まだ少し眠気が……』
普段は俺より早く起きて何かやっているレジーナも、今日は寝ぼけ声をだして布団の中で丸まっていた。珍しいレジーナの姿が面白くてニヤニヤしながら眺めていると、腕をつかまれ、布団の中から半眼で睨んできた。
『我の寝顔は見世物でないぞ』
「いつも俺のこと好き放題してんだから別にいいだろ?」
『む、それは駄目じゃ。我の威厳が』
「さんざんやっといて威厳なんかないでしょ」
『……あるじゃろ』
「ない」
『むう……』
納得いかないと唇を尖らせて、レジーナは手を放し布団を被ってしまった。俺はその布団の方を見つめたまま、しばし呆ける。
不覚にも可愛いと思ってしまった。いつも俺の事を弄り倒している暴君みたいなやつが、あざとい仕草をするだけでこんなに可愛く見えるのかと、変に納得してしまう。
『可愛いとか言うな。我は美しいのであって可愛いわけではないぞ』
無意識のうちに口から漏れていたらしく、布団の中から抗議の声が上がる。俺はいつもの仕返しとばかりにたっぷり言ってやろうかと思ったのだが、報復が怖いのでやめた。
アスカは部屋の隅で顔を赤くしてアワアワしていた。変な勘違いをされているっぽい。ねんのため俺たちはそういう関係じゃないと訂正したが、一層顔が赤くなったので多分変な方向に解釈されたのだと思う。
俺がベッドから降りて荷物をまとめ、宿を出る支度ができたころにはレジーナも起きてきた。いつもの露出がすごい装備で、椅子に腰かけアスカが持ってきてくれたサンドイッチをかじっている。
『先ほどの痴態は忘れてくれ』
「えーどうしよっかな」
『頼む本当に恥ずかしくて死ねるのじゃ』
「むう」
かなり本気で頼まれて、俺は勢いに飲まれ「わかった」と答えた。とはいえ多分忘れられるものでもないだろう。インパクトが強すぎる。
俺もサンドイッチをさっと食べて、アスカも含めた三人でロビーに向かうと、そこではカズナがいつもの笑みを浮かべてカウンターに半身を投げ出していた。
「あら、もう行っちゃうの? 早いわね、もうちょっといてもいいのよ♡」
視線はアスカに固定したまま、平静を装った声で言われる。だが、まだここに滞在するというわけにはいかない。断りの返事をすると、寂しそうな笑みになった。
今更ながら、アスカと同行するとして良かったのかと考えてしまった。
「大丈夫だよ、お母さん。私だってそんなに子供じゃないもん」
アスカが言う。カウンターの奥に入って、カズナの隣にある空いた椅子に座った。
「クロノさんも、レジーナさんも強いから。それに、私も結構強いんだからね」
「それはわかってる。でも、寂しくて大変だわ」
「ちゃんと戻ってくるから、ね? お土産もいっぱい買って帰ってくる」
しばらく二人で話した後、アスカはぴょいと飛び降りて俺たちの方へ駆けてきた。言いたいことは全部言い切ったらしい、すっきりした表情のカズナが俺たちに向かって「娘をよろしくね」と言う。
「はい、お任せください」
『お前は言えるほどでもないじゃろ』
「うるさいな、かっこつけさせてよ」
こんな時まで余計なことを言いやがって。レジーナの脇腹を小突くが、俺はそこまで嫌でもなかった。
宿を出るとき、背後から「いってらっしゃい」と声をかけられた。俺たちは振り向いて「いってきます」と返し、ドアを閉めた。
🐉
旅ができることがよほどうれしいのか、スキップしながら鼻歌を歌うアスカを見守りつつ町の門へ向かう。警備兵に会釈をしてそのまま通り抜け、遠くに見える森の方に向かって歩き始める。
そこまでは良かった。
「成敗ッ!」
唐突に周囲からそんな声が聞こえ、びっくりして立ち止まったのもつかの間──どこから現れたのか、狼獣人の男が複数人で襲い掛かってきた。
手には鋭いナイフが握られており、その切っ先はまっすぐ俺とレジーナの首を狙っている。ヤバイ、いきなり死ぬかも、
「ぐっ!?」
「がはあっ!」
──刹那、俺の意識が肉体から剥離した感覚と共に、まるで熟練の戦士のような動きをして全員を返り討ちにした。
レジーナも軽く手を振り払い、襲い掛かった奴らを全員弾き飛ばす。それを確認したところで、すうっと体に意識が戻った。
「ぐ、うう……」
計八人。その中でも一番体格の大きい奴が、呻き声をあげて起き上がる。すかさずレジーナが押さえつけ、ものすごい形相で凄んだ。
『おい貴様、何のつもりで我らを襲った? 場合によっては消し炭にするぞ』
「や、やめろ! カズナさんとアスカを誑かしたゲス共が! そんな脅しに屈する俺たちではないぞ!」
『……はあ?』
「ひいっ!!」
男は歯をガタガタと鳴らし、レジーナから逃げようと悶える。レジーナはそいつの頭を軽く殴って気絶させ、俺の方に困惑した視線を投げてきた。
……俺も同じ気持ちである。
「誑かしたってなんだよ」
『とんだ勘違いではないか……』
こいつらには見覚えがある。ギルドで俺たちを睨みつけてきた奴らだ。どんな因縁をつけられるのかと思いきや、まさかこんな言いがかりで襲われるとは……。
「どうする?」
『放置でよいじゃろ』
そう結論付けて立ち上がる。俺の後ろで呆然と佇んでいたアスカの手を取って、倒れ伏す男たちの傍を離れ、
『ぬうっ!?』
唐突に、レジーナが悲鳴を上げた。
瞬時に動いた彼女の手は、ブオウッ! と風を切り何かをつかんで止まる。小さい矢のようなものだ。先の方に毒々しい色の液体が塗られている。
「なんで受け止められるのよ……信じられないわ」
ひどく聞き覚えのある声が聞こえた。突然紫色の霧のようなものが立ち昇る。それがやむと、そこにはレジーナ以上に際どい真っ黒な衣装を着た女性がいた。
まるでサキュバスのような、女性の妖艶さを強調する衣装に、尻から生えた細い尻尾。先っぽはスペードのマークのような形になっていた。
不穏な笑みを浮かべ、宙に浮いたまま足を組む彼女。その顔にはやはり見覚えがあった。
「ニ、ニア……?」
「うふふ、久しぶりねクロノ!」
嬉しそうな声とは裏腹に、その目は冷たい。まるで俺を咎めるかのような……。
「いや、今はこう言うわ。帰ったらお仕置きよ“浮気男”」
「えっ」
「こんなだらしないウシ乳のアバズレ女になびくなんて、絶対許さないんだからね」
そう告げるニアの瞳の奥に、轟々と燃える怒りの炎を幻視した。彼女は俺から視線を外し、レジーナを睨みつける。
「そこの女!」
『……なんじゃ』
「私はテメエをぶっ潰して彼氏を返してもらうわ。覚悟なさい!」
高らかに叫ぶニアを見て、俺は内心頭を抱えた。
なんか、とんでもないことになってきたぞ……?
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