第18話 鬼と龍はかつて飲み仲間兼喧嘩仲間だったらしい

 レジーナは片手で気絶したウリ坊を持ち上げ、額にある文様を強く指で押した。その状態でまた魔法を使うと、ウリ坊の全身が輝く。彼女はそのまましばらく動かなかった。


 ぴかぴか光るウリ坊を片手で眼前に持ち上げたまま目をつぶって立っている姿は、なんというか、おかしかった。知り合いじゃなかったら確実に「何あの人」って避ける奴だ。知り合いでもちょっと怖い。


 ウリ坊は五分ぐらい光り続けていたが、やがてちょっとずつ光が落ち着いてきた。完全に光が収まったところでレジーナも目を開き、持っていたウリ坊を、ぽいっと。


「えぇ……」

『鬼は頑丈じゃ。この程度では何ともない』


 べちゃっ、と情けない音を立てて草むらに倒れこむウリ坊があまりにもかわいそうだった。……あ、ピクピクしてる。


『畑の主に報告するぞ。その鬼は放っておいて構わん』

「また襲ってきたりはしないの?」

『おそらくないじゃろうな。それに、保険としてまた数日監視しておけば、あの男も安心するじゃろ』


 断定こそしなかったものの、レジーナは『絶対に問題ないのじゃ』と言わんばかりのドヤ顔で腰に手を当てふんぞり返っている。肝心なところでミスをしそうな感じがあまりに不安だったが、どっちにしろ俺にできることはないから黙っていた。


 何かあっても大丈夫だろう。古龍だし。強いし。


     🐉


 依頼人の家を訪ねたとき、彼は自身の息子を膝にのせて大量の書類と格闘していた。頻繁に邪魔されては注意していたが、降ろすそぶりは全くない。


『鬼が出た』


 開口一番、レジーナは爆弾を投げつけた。


 瞬間、書類に書き込んでいる彼の手が止まる。というか全身がピシイッとかたまった。


 俺も、前置きもなしにとんでもない結果をさらっと報告した彼女の行動が予想外過ぎて固まった。異常事態なんだからもうちょっと手心を加えてやれよ。


 子供の笑い声が響く中、書類に向いていた依頼人の首がギイギイと錆びた鉄扉みたいに周り、俺たちを視界にとらえるや否や「嘘はやめてくれないかい」と涙目でつぶやいた。


『嘘ではないぞ』

「そ、そんなわけないだろう? 鬼は昔に滅んだはずだ」

『いつそんな法螺が広まったのか知らぬが、鬼は滅んでおらぬぞ』


 レジーナの残酷な宣告に、彼は手に持った書類を落として机に突っ伏した。しきりに「もう終わりだ……もうだめだ……」なんて呟いているのを、何もわかっていないらしい彼の息子が「おとーさん、だいじょうぶ?」と頭をなでている。どうやって膝に座ってるんだあれ。


 あまりに衝撃だったのか彼はそこで完全に潰れた。しばらく様子を見ていたがだんだん「あー」とか「うー」とかしか言わなくなったので、近くにあったメモ帳に言いたいことを全部書いて家を出た。


 少し離れたところで悲鳴が聞こえて、ものすごい罪悪感を抱いた。


     🐉


『──とまあ、そんなところじゃろ』

「了解。……話は変わるが、今日のおかず一段と美味いな」

『そうじゃのう、いくらでも食べられるぞ』


 宿に戻って、俺たちは夕飯を食べながら明日からの予定をすり合わせた。すり合わせると言っても、ほとんどレジーナが決めたので俺はほんの二、三希望を言うだけで終わったが。


 とりあえず、しばらくの間お金には困らない。数日の見張りでものすごい金額を払ってくれた(めちゃくちゃ儲かってるんだなあ、とぼんやり思った)ので、あと二週間宿泊日数を伸ばしてもある程度手元に残るのだ。


 で、例の鬼に関してはいったん放置ということになった。きっかり十日後に山登りをすることで完全に片付くらしい。


 見張りの仕事はあと五日ほど続ける。その間に野生の獣が寄り付かないようちょっとした細工をして、それが終わったら残りの数日は町の中を見て回ろう、という話だ。


「……そういえば、レジーナは鬼とどういうつながりがあるんだ?」


 芋をちびちびかじって食べる彼女に、ふと浮かんだ疑問を投げる。最初に遭遇したときの発言やそれ以降の言動から、面識があるのは確実なのだが、どういう関係かはわからない。


 レジーナは目を丸くしてこっちを見てきたが、すぐに立ち直って答えてくれた。


『かなり昔の話になるんじゃがの、我は鬼の長と仲が良かったのじゃ。時折会って戦ったり、戦ったり、戦ったり』

「やり合ってばっかじゃねえか」

『それだけではないぞ? 美味い酒が手に入ったら食材を集めて飲み会もした。豪快に飲み食いして、酒が回ってきたら空いた瓶や樽で殴り合ってな』

「殴り合わないと気が済まないのか?」


 何とも野蛮な話だ。本当に大丈夫なんだろうか。


『まあ、我が地上にいたころはそうやって仲良くしとったんだがの……。地下で眠りに着こうと準備を始めたあたりから、彼奴は弱ってきてしもうてな』


 結局看取ることはできなかったと、寂しげな顔で語った。


 話を続けようとレジーナが口を開いたが、結局何も言わずに黙りこくる。無言が気まずくなって、それをごまかすように「子供はいなかったの」と聞くと、娘が一人いたと答える。そしてどうやら、あのウリ坊鬼は娘の仕業らしいとも。

 

『額に刻まれていた文様は彼奴の部族の証じゃったし、魔力にも覚えがあった』


 彼女は確信を持っているようだ。魔力云々はよくわからないが、あの文様が彼女の知っているものとなれば最悪の事態は避けられるんだろう。


 残った最後の一口を飲み込むと同時、ノックの音が聞こえる。俺はトレーを二つ持って、あの銀髪の娘に手渡した。


「今日もおいしかったよ。炒め物とか特に」

「うふふ、いつもありがとうございます! 喜んでくれて嬉しいです!」


 いつものように笑顔を見せてくれる。俺は微笑み返してドアを閉めるが、姿が見えなくなる直前に「今日のおかずは私が作ったんですよ」と言われて手が止まった。


「ほ、本当に?」

「はい!」


 びっくりして聞き返してしまった。めちゃくちゃ美味しくて、誰が作ったんだろうとちょっぴり考えていたが、まさか作った本人が目の前の娘とは。


「一番美味しかった。ありがとう」


 そこまで言っても、名前を知らないことに気づいた。今後もしばらく付き合いがありそうだし、聞いておこうか。


「そういえば、名前は?」

「私ですか、私はアスカって言います!」

「うん、ありがとうアスカちゃん」


 そう言って微笑む。ちょっと兄を気取って頭をなでようかと思ったけど、なんとなくやめた。


 彼女は嬉しそうに口を開けて笑い、足早に去っていく。それを見送ってドアを閉め、後ろを振り向いたらレジーナが不満そうに腕組みして立っていた。


『むう、我も愛でたかったぞ』

「また今度でいいでしょ。アスカちゃんは明日からも取りに来ると思うし」

『アスカというのか、良い名前じゃの』


 一瞬微笑んだが、すぐに顔をしかめる。そして唐突に俺の腕を弾いたかと思うと、がっちりと抱きしめられてしまった。


『今晩はお前を愛でるとしようか』

「やめてくれ……頼むから」

『その願いは聞き届けられんな』

「うへえ」


 結局この晩は、数時間レジーナに弄ばれることとなった。手紙を書くのも忘れてしまった。精神的につらい。

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