第三十二伝 『眷属』
木の上で足を止めた朔達。朔は先程襲撃してきた妖かしについて、葛葉に説明した。
二人の妖かし、島貝と佐久田は“隠神”の名を口にしていた事を。
それを聞いた葛葉は顎に手を当てて頷く。
「…なるほどな。隠神の眷属か。」
「ケンゾク?」
聞きなれない言葉に小首を傾げる朔。朔の疑問に、葛葉は丁寧に答えてくれた。
「傘下の妖かしって事。妖かしの頂点に君臨してんのが五大妖怪ってのは知ってるか?」
「天狗、鬼、妖狐、化け狸、河童だっけ?」
「そうだ。デカイ
分かりやすい葛葉の説明に、朔は納得して頷く。
「あ~なるほど。強い奴の後ろ盾がある方が良いもんな。」
「そういう事。勿論、中には眷属になってねぇ妖かしもいるけどな。」
「フリーランスの妖かし?」
「なんかどっかの医者みたいになってっけど。」
某有名テレビドラマを彷彿とさせるような言い回しに葛葉は呆れ眼を浮かべるが、すぐに気を取り直し、葛葉は真剣な顔付きで先程朔から聞いた情報より考察を巡らせる。
「今回の奴らは狸の眷属。となると、蟷螂と雷獣…いや、土竜あたりか。」
「ふーん。」
「…自分から話しといて興味なしってどういう事だよ。」
「いや、そう言われても分かんないし。」
朔のそっけない反応に葛葉はムッとした顔を浮かべる。朔が話すからこそ、真面目に取り合ってやったのに。真剣に受け答えした俺が馬鹿みたいじゃねぇか。そう目で訴える葛葉だったが、朔としては蟷螂だ何だの言われたところでしっくり来ていない事には嘘はつけなかったらしい。
だが
「けど、これだけの情報でよく分かるな。」
「まぁ狸は長年いがみ合ってる相手だからな。」
分かって当然と言わんばかりの葛葉。人間の、しかも神の従者ですらない朔には分からない感覚だった。
そこまで推察してもらっておいて何だが、朔が言いたいのは相手がどうという話ではない。朔は懸念を抱えて唸るように眉根を寄せる。
「やっぱり俺があの時の忠告を無視したから…。」
朔が気にしているのはそれだった。数日前、隠神の一族の者から忠告を受けた。これ以上、従者と妖かしとの闘いに首を突っ込むなと。
そう言われたにも関わらず、師走達と接触してしまった事で化け狸の眷属の襲撃を受け、師走達を巻き込んでしまったのではないかと罪悪感を抱えているのだ。
その事に葛葉は片眉を上げて少し呆れたような顔を浮かべる。
「もしそうだったとして、だから何だってんだ?別に良いだろ。
「それは…そうかもしれないけど…。」
葛葉の言っている事は分かる。師走達に義理立てする必要などないし、いずれぶつかるものかもしれない。とはいえ、もしも自分が原因で彼らを巻き込んだとしたなら。万が一、彼らにもしもの事があったなら…。後味が悪い。
朔の心情を察した葛葉は、暫く考えるように眉根を寄せていたが、やがて大きなため息を吐き出した。
「…ハァ。わーったよ。一緒に様子見に戻りゃ良いんだろ。」
「!」
根負けしたと言わんばかりに頭をくしゃくしゃと掻く葛葉。朔は葛葉がそこまで言ってくれるとは思わず、パッと顔を上げて目を瞬かせていた。きょとんとする朔を前に、葛葉はズイッと顔を近付けて人差し指を突き立てる。
「ただし、ひとまず物陰から様子を見るだけだからな。言っとくが、今の俺には闘える程の妖力はねぇ。従者の優勢を確認したら、すぐにその場を離れんぞ。」
「葛葉…ありがとう。」
葛葉は小さく「ったく。」と言葉を漏らす。憎まれ口を叩きながらも助けて味方してくれる葛葉に、朔は自然と顔が綻んだ。
「なんか、いつも助けてもらってるよな。本当にありがとな。」
突然にこやかに述べられた謝礼に、葛葉は顔を真っ赤に染め上げる。
「バッ…!別に!これは…」
「『この間助けてもらった仮を返しただけ。』とか言うんだろ?どうせ。」
「っ!」
どうやら図星らしい。言おうと思った台詞を先回りされ、葛葉は言葉を詰まらせる。その姿はいつぞや自分を襲撃してきた恐ろしい妖かしとは似ても似つかず。何処にでもありふれたような若者の姿に朔は思わず吹き出した。
「ぷっ。あははは。」
「っるっせーな!笑ってんじゃねーよ!!」
自らが笑われる事に不服そうな顔を浮かべてはいるものの、決して手を出してきたりはしない。葛葉の人柄の良さを改めて実感した。
笑いのひと段落がついたところで、葛葉が朔へと向き直る。
「けどお前、戻ってどうするつもりなんだよ。何も出来ねぇくせに。」
「それなんだけどさ、これ。」
「!」
そう言って朔は双葉にもらった護符を何枚か鞄から取り出す。
「お前、護符使えんの。」
「如月さんに教えてもらった。」
「ああ。」
何も出来ないわけじゃない。多少の援護射撃は出来る事を示す為に見せた護符。
強力な切り札ではあるが、朔には少し気になる事があった。その懸念を口に出す。
「けどさ、これ最初は反応しなかったんだよなぁ。」
「ちょっと見せてみ。」
朔の不安を取り除くべく、検証する為にとスッと手を出す葛葉。それを見て朔は慌てたように護符を自らの元に引き寄せた。
「えぇっ。大丈夫?」
「別に取りゃしねーよ。」
結局のところ、自分は信用されていないのだろうかと不満げな顔を浮かべる葛葉。
しかし朔の心配はそれじゃない。朔は青ざめながら恐る恐る思った事を口に出す。
「お前妖かしだろ?触れた瞬間溶けたりとか…。」
「しねぇだろ!…多分!・・・・ちょ、お前、全体像が見えるように持てよ。」
「ビビってんじゃん。」
段々と言葉尻をすぼめる葛葉は完全に逃げ腰だ。先程までの威勢はどうしたと言いたくなるが、朔としても何かあったら責任は取れない。葛葉の指示通り、護符に書き込まれた文字が全部見えるような持ち方で彼の目の前に掲げた。
護符をしげしげと眺める葛葉。そして何かに気付いたように表情を変える。
「…これ、妖かし相手にしか使えねぇ護符だな。」
「そうなの?」
「ほら、ここに書かれてる印。これは人間には発動しないようになるやつだ。」
言われて葛葉の指差す箇所を見やる朔。そこには書かれた文字とは違い、特殊なマークのような印が描かれていた。
「へぇ~。…って何でお前がそんな事知ってんだよ。」
妖かしである葛葉が何故知っているのか素朴な疑問である。その質問には葛葉は答えず、意味深な真顔でさらりと流す。
「まぁ…ちょっとな。」
「?」
“対妖かしにしか発動しない印”
きっと双葉が気遣ってくれたのだろうと察する。
師走達相手に発動して朔の立場が悪くならないように、と。
そして葛葉は護符を覗き込む為に前かがみになっていた上体を起こし、腰に手を当てて朔へと視線を合わせる。
「妖かし相手には使えるから大丈夫とは言え、お前は使い慣れてねぇだろ。危なくなったらすぐ逃げるぞ。」
「分かった。」
そうして二人は再び、師走達の元へと向かった。
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