第三十一伝 『劣勢』

神の従者VS妖かし。闘いは二対二の構図となる。

睨み合う両者だが、朔達がこの場から離脱した事で妖かしのうちの一人、島貝と呼ばれたガラの悪そうな男が師走達を見下すように顎を上げてニタニタと笑った。



「おいおい、逃がして良かったのかァ?ちょっとでも戦力プラスしといた方が良かったんじゃねぇのぉ~?」

「・・・・・。」



単なる挑発である。その事が分かった師走や水無は相手の発言には答えず、構えたまま。安い挑発に乗らないと分かった島貝は、先手必勝と言わんばかりに、素早く地面を蹴って水無の方へと飛び掛かった。



「まっ、ゴミが増えたところで、ゴミが粗大ごみになるだけ…だけどなァ!!」

「っ!」



スピードはそこそこ。構えていたとはいえ、予想以上に素早い動きの島貝に、水無は攻撃を繰り出す余裕がなく、その攻撃を交わすのがやっとという状況に陥ってしまう。



「あずき!!」

「余所見をしている暇などないだろう。貴様の相手は私だ。」

「チィッ。」



水無の加勢に入ろうとする師走の足を止めたのは、もう一人の妖かし、佐久田。佐久田は水無達と師走との間に割って入る。師走は佐久田を睨みながらギリリと歯噛みした。



◇◇◇◇◇



一方、戦いの場から離脱した葛葉は、その場から少しでも遠く離れようと、朔を抱えたまま木の上を飛び移っていた。

ここは森林公園。普通の公園とは違い、多くの木が生い茂っている。先程の場所からであれば、公園の出口はすぐ近くにあったが、他の妖かしが出口で待ち伏せている可能性を考慮し、敢えて奥へと進んだ上で公園から出ようと考えたのである。

サクサクと飛び移ってゆく葛葉に、朔は少し慌てた様子で呼び掛けた。



「ちょ、葛葉!ストップ、ストップ!」

「あ?なんだよ。」



バンバンと胸元を叩かれた事で、葛葉は少し鬱陶しそうに片眉を上げる。そして木の枝で立ち止まり、朔を離して向き直った。



師走達あいつら、放ってきて本当に良かったのかなって。」

「なんだ?お前、あいつらに着くつもりだったのか?」



葛葉は朔が師走達に断りを入れたシーンを見ていない。故に からかう等の意味合いではなく、本気で朔が師走達を選んだものと思った様子。それが見て取れた朔は首を横に振った。



「いや、それはさっき断ったんだけど。」



とはいえ、話途中で妖かし達の襲撃があり、朔の攻撃が偶然にも師走達を護る形となってしまった。その誤解を解かずに抜け出して来た事で、師走にはその意思が伝わっているかは微妙だが。

まぁそれは今はどうでも良い。

朔が言いたいのはそれじゃない。朔は頬に一筋の汗を垂らしながら葛葉から視線を逸らした。



「もしかしたら…さっきの妖かし達の襲撃、俺のせいかもしれない。」

「?」



◇◇◇◇◇



場所は戻って水無VS島貝。

島貝は手に持っている鎌を連続で繰り出す事で水無を追い込み、師走から大きく距離を引き離していた。島貝は分断が目的だったのか、ある程度距離を取ったところで一度その攻撃をやめる。両者は再び睨み合いの体勢に入った。



「ケケケッ。てめぇの相手は俺だァ。」



持っていた鎌をペロリと舐める島貝。それを見た水無は気持ち悪いと言わんばかりに眉をひそめ、大きなため息を吐いた。



「アンタさ、本当は弱いんでしょ?」

「あぁ?」



“弱い”と罵られて眉をピクリと動かす島貝。水無は島貝を挑発したいわけじゃない。彼女の本音だった。そしてその見解を理解させる為に噛み砕いた説明を施す。



「強い奴と戦って勝つ自信がないから、か弱い女の子を狙ったんでしょ?」

「てめぇのドコがか弱そうなんだァ、おい。」

「なんですってぇ?」



今度は水無がいきり立つ。水無は苦笑を浮かべながら島貝を睨み付けた。



「その減らず口、いつまで続くかしら?」

「そりゃこっちの台詞だろォがァ。俺達妖かし様の方が、てめぇら人間より何倍も賢いって事を教えてやらァァァ…!!」



島貝は先程とおなじみの攻撃を繰り返す。四本の腕に持っている鎌を無作為に振り回して斬り込んできた。何度も攻撃を受けるうちに水無は相手の攻撃パターンを読み始める。そしてただ斬り込むその様子を見て、島貝は元素攻撃をしてこないと判断した。



(単なる物理攻撃。無属性なら術の相性は特に関係なし。炎で押し切ってやるわ。)



島貝のスピードが速いとは言え、技を見切ってしまえばこっちのもの。水無は大きく後へと飛び退き、それと同時に護符を構えて祝詞を唱えた。



炎玉エンギョク



詠唱したと同時に炎の玉が島貝へと襲い掛かる。

チョロイ。そう思った。


だが、炎が自分の元へと放たれたのを見た島貝は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。そして鎌を大きく振るい、炎の玉を真っ二つに切り裂いた。



「なっ…!」



瞳を大きく見開く水無。理想どおりの反応をする水無を見て、島貝は至極満悦の様子でケラケラと笑った。



「てめェ、俺が元素攻撃をしねぇからって甘くみただろォ?無属性だからこそ、俺のは誰よりも切れ味が最強なんだよ。」

「っ。」



島貝からの指摘に自分の事が見透かされていたと感じた水無は、悔しそうな顔を浮かべた。



◇◇◇◇◇



一方、師走VS佐久田。



(さて、どうするか…。)



師走は佐久田の隙を見て水無と合流出来ないかと思案していた。

相手は戦闘開始早々、師走と水無の分断を図ってきた。無計画にただ戦力分散したとは思えなかったのだ。


恐らく、相手は自分達の能力、司る元素について調査済み。

故にその属性の相性を考慮し、佐久田が師走を、島貝が水無を相手取ったのだろう。


思考を巡らせる師走を前に、佐久田はニヤリと笑みを浮かべ、腕組みをやめて両手を露にする。

その手は大きなカギ爪となっており、次の瞬間、佐久田は自らの足元を掘って地中へと潜り込んだ。



「!」


(…なるほど。先程須煌への攻撃の際に土埃が舞ったのも奴の攻撃に起因していたわけだな。)



袖の中で腕組みをして執拗に手を隠していたのも、相手に手の内を悟らせない為。島貝が己の力をひけらかすタイプであるのに対し、佐久田はそれを隠す慎重派といったところだろうか。

師走は潜った佐久田が、いつ何処から現れても良いようにと目を凝らしながら構える。

生憎、先程島貝が水無に攻撃を仕掛けた際に、ここら一帯の木は切り倒されてしまっていた。木の上に逃げられる事を防ぐ為だろう。存外、島貝も馬鹿ではないらしい。


虚を衝いて現れるとしたら、真下か背後。そう予測をつけてそちらに神経を集中させる。出てきた瞬間、カウンター攻撃を狙うのがベスト。

だが、その裏をかかれて佐久田は師走の目の前に現れた。



「っ!…『風鎌フウレン』!」



ある程度の予測は出来ていた為、師走は瞬時に後に飛び退きながら祝詞を唱える。だが佐久田はそれも見越していたのか、腕に装着していた土の盾で師走の攻撃を防いだ。



(やはり元素は“土”…。相性が悪いな。)



劣勢を強いられる闘いに、師走は眉をひそめた。

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