第二十三伝 『究極の選択』

ドクン、ドクン…。

朔の鼓動は次第に早くなる。


予想だにしていなかった言葉、あまりにも非日常すぎる台詞に、朔は言葉を失ってしまう。

朔が唖然としていると、師走が小首を傾げた。



「何を焦っている?お前、こいつに襲われたんだろう?以後もつきまとわれて困っている。違うか?」

「!」

「危険な存在を傍に置いておく必要などないだろう。」

「それ、は・・・・。」



師走の言葉に気付かされる。

そうだ、師走の言うとおり。葛葉には恩や義理があるどころか、迷惑しか掛けられていない。煩わしいとさえ思っていた存在だ。いや、煩わしいだけならまだしも、襲われたり、人質として利用されたり。嫌な思い出しかない。

葛葉がいなくなった方が、これからの学園生活は安泰。

それは目に見えている。


頭では分かっている。

分かっているはずなのだが…。



「・・・・・。」

「男らしくないわね。さっさと決めなさいよ。」

「・・・・お前にとっては逆が望みか。」



朔が首を縦に振らないのを見て師走は察する。師走が出した提案は朔の望んでいないものなのだと。

そして少しの間を置き、朔の心の奥底の気持ちを掬い取って言葉にする。



「“この男を殺させたくはない”」

「っ!」



ドキリ。

朔の心臓は大きく跳ね上がる。恐らく表情に出ていたのだろう。朔の様子を見て師走はニヤリと笑みを漏らした。


正直、“始末して欲しい”とまでは思っていない。

ほんの数日ではあるが、共に過ごして葛葉がそこまで悪意に満ちた存在だとは思えなかった。

そんな存在を、簡単に始末して欲しいとは言えない。


朔がどう言葉を返すか迷っていると、師走は朔の心に寄りそうと言わんばかりの別の提案を持ち掛けて来る。



「そんなにぼっちになるのが不安だというのなら、俺が友達になってやろう。」



この場に効果音があったら『どーん!』という音が流れたに違いない。

だが、他のメンバー達は『ぽかん』、だ。


その場にいた誰もが唖然とする。

朔は今度は別の意味で言葉を失った。


冷たい風が四人を包み込む。もうすぐ夏なのに。

呆然とする朔達を前に、水無が呆れた顔で師走を見やる。



「アンタ、何ふざけた事言ってんのよ。」

「ふざけてなどいない。俺は大真面目だ。」



このままいけば朔は師走と友達にならなければいけなくなる。

その意味に気付いた朔はハッと我に返り、慌てて言葉を返した。



「あ、いや。それはいいです。結構です、お気持ちだけで。」



ガーン。

目に見えてショックを受ける師走。

どうやら本気で朔と友達になろうとしていたらしい。

なんだか悪い事をした、そんな申し訳なさが朔の胸中を巡る。だが嫌なものは嫌だ。よく分からない変なヤツと友達になんてなりたくない。前言撤回は出来ずにいると、水無がケラケラと笑いながら師走の顔を覗き込んだ。



「アンタみたいなのとは友達になりたくないって。」

「・・・・・。」



水無の言葉は師走に届いていない。どうやら相当ショックを受けているようだ。まぁ面と向かって友達になる事を拒絶されれば気持ちは分からんではないが…。逆の立場である朔の気持ちも察して欲しい。

ともあれ、友達になる為にこの場に来た訳ではない為、師走は気持ちを切り替えてコホンと咳ばらいをする。



「俺達に協力すると言うなら、今はコイツの事を見逃してやってもいい。」

「!?」

「ちょ!何言ってんの!?」



これには朔達だけでなく、水無も驚きを隠せず声を上げる。葛葉は神の従者である二人にとって宿敵となる存在。それをみすみす見逃すと言う師走に信じられないといった様子だ。

だがそれに対し、師走は至って冷静に言葉を返す。



「心配しなくても、今のコイツには何の力もない。見逃したところで恐るるに足らん。」

「まぁ…それは確かにそうだけど。」



師走の返しを受けて水無は葛葉へ目を向ける。不満そうな顔で睨んではいるが、納得はしているようだ。そして師走は再び朔に言った。



「仮にコイツに妖力が戻ったとしても始末せずに裏の世界に送り返すだけにとどめてやろう。」

「・・・・・。」



それは朔の望み通りと言えよう。妖かしの恐怖に怯える事なく、葛葉に危害を加える事もない。

だが朔は首を縦には振れず、言葉を言い淀んでいる。そんな朔に師走は次第に苛立ち始める。そして朔に決断を下させるかのように葛葉へと護符を向けた。



「俺達に協力しないのなら、今ここでこいつを始末するまでだ。」

「!!」



一気に朔の脈が速くなる。こいつは本気だ。冗談抜きで葛葉を葬ろうとしている。葛葉は師走の術から逃れようと両腕両足に力を込めるも、妖力がない為か、拘束を解く事は出来ずにいた。

全ては朔の返答に掛かっている。



(俺がコイツらに協力するって言えば、葛葉の事は見逃してもらえる。けど、俺がコイツを選べば…如月さんを裏切る事になる。俺は・・・・。)



押し黙ってしまう朔を見て師走は大きなため息を吐く。



「埒が明かないな。選択肢を強制的に減らす。」



そう言って師走は持っていた護符を掲げ、祝詞を唱え始める。

朔は慌てて師走と葛葉との間に割って入った。



「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」



師走の神術が発動しようとしたその瞬間、朔の鞄に付けていたお守りから水の盾が現れた。先日双葉が朔に渡した、龍の刺繡がほどこされた水色のお守りである。

そして現れた双葉の神術、『水盾』は師走の攻撃から二人を護る。



「チィッ。如月の神術か!」



お守りから発現した術は、水盾だけにあらず。現れた水は葛葉の拘束を解いた。そして葛葉は手首を抑えながらその場にしゃがみ込む。



「っ。」

「葛葉!」



葛葉へと振り返る朔。手首と足首に少し痣が出来た程度で、それ以外にケガはないようだ。その様子を見て朔はホッと息をつく。

水の盾に護られる朔達を見て、師走は舌打ちをする。これ以上の攻撃は出来そうにない。仕方なく二人に背を向けながら言った。



「…一週間、お前に時間をやろう。俺達につくか、このまま如月双葉につくか。よく考えて結論を出せ。」

「!」



その言葉に顔を上げる朔。師走は朔の方へと振り返り、葛葉の隣でしゃがみ込む朔を冷徹な瞳で見降ろした。



「猶予をやるんだ。俺達に協力しないと言うなら、如月、妖狐同様、お前にも制裁を加える。」

「なっ!それって、ほとんど強制じゃ…!」



選択の余地がない。自分の身を護ろうと考えるなら師走に協力する以外道がないという事か。言葉を失う朔に、師走は再び背を向けながら言葉を返す。



「勘違いしているようだから忠告しといてやる。妖かしは俺達人間の敵だ。これからもお前自身の生活を護りたいのなら、答えは見えているだろう。」

「!」

「妖かしのいない今の世を護る為に。協力してくれる事を願っている。」

「ちょ…!」



師走と水無は立ち去り、残された朔はその場に佇む事しか出来なかった。

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