第二十二伝 『交渉』
何故あの二人がここに?
いや、答えは分かっている。今 朔の隣にいるのは妖かし、妖狐だ。神の従者として妖狐である葛葉を追っていたとしても何ら不思議ではない。
問題なのは、その妖狐と一緒に歩いているところを抑えられたという事。朔も敵側の人間だと認識されたのでは?
朔の鼓動は次第に早くなっていく。
振り返りながら朔が言葉を失っていると、水無がくいっと顎を上げ、葛葉の方を指差しながら言った。
「その男から離れて。」
「えっ?」
「そいつは人間じゃない。危険よ。」
「!」
水無は朔が葛葉を妖かしと知らずに一緒にいると思っているらしい。敵だと見なされていない事にはほっとするが、何と答えれば良いのやら。朔は言葉を失う。
そんな朔の顔をじっと見ていた師走は、右手を挙げて水無に制止を掛ける。
「待て、あずき。」
「? 何よ。」
水無のフルネームは
水無は怪訝な顔を浮かべながらも師走の声に耳を傾ける。師走は水無には構わず、朔を見据えたまま言った。
「お前、その男が妖かしだと知っていたな?」
「!!」
その指摘に朔は一気に血の気が引く。
目を見開く朔を見て、師走は瞼を閉じてフゥと息を吐いた。
「図星か。」
「っ!!」
朔が言葉を失っていると、師走が再び目を開けて朔の方へと視線を送った。
「…まぁ、事前調査でお前の事は知っていたんだがな。」
「え。」
「ちょ、なら先に言いなさいよ!あたしが恥かいたじゃない!」
なんだこの茶番は。
水無が怒るのも無理はない。知り合いでない朔でさえそう思ったのだから。
どうやら二人は妖狐を追って来たのではない。朔を探していたようだ。しかも朔の事を調べた上で。
もっとも、水無は大まかな話だけ知らされ、朔本人の容姿は知らされていなかったようだが。
気を取り直して、水無が再び朔へと目を向ける。そして吟味するようにじろじろと上から下まで眺めた。
「フーン。アンタなのね、如月双葉が気に掛けてる奴ってのは。」
「いや、気に掛けてるってわけじゃ…。ただ巻き込まれただけだから、俺は…。」
“関係ない、ただの高校生です”。全くの部外者であるという事を伝えようとする。
だが目の前にいる二人は朔の事を無視して二人で会話を始めた。
「見たところフツーの人間みたいなんだけど。」
「まだ神力が完全に目覚めてないんじゃないか?」
「あの、ちょっと。俺の話聞いてくれる?なんで当事者無視して話し始めてんだよ。」
ツッコんでみる。
だが二人は朔の言葉に耳を傾ける事は無く、二人だけで更に会話を続けた。
「それにしたってフツーすぎやしない?平凡の中でも下の下よ。」
「あの。せめて目の前で悪口言うのはやめてもらえませんか。」
ここにきてまさか言葉のナイフで攻撃されるとは思ってもみなかった。
地味に痛い。胸が。
朔自身、自分が平凡である事は百も承知であるが、面と向かって言われると辛いものがある。このままコイツら無視して立ち去ってやろうか。そんな事を考えていると、朔の横から葛葉がズイッと一歩前へと躍り出た。
「おいおい。なんで俺を無視して勝手に話進めてんだ?」
「!」
「コイツはただの一般人。何も出来やしねーよ。」
(葛葉…。)
葛葉は朔を背に庇うようにして間に割って入る。そして不敵な笑みを浮かべながらも水無と師走を睨んだ。
「アンタらが用があんのは俺の方なんじゃねーの?」
「おい、お前…。」
どういう訳か、まるで
「…外野は少し黙っていろ。『
祝詞を唱えると風の輪が葛葉を襲い、彼の両腕と両足を拘束した。そしてそのまま家の屏へと張り付けにされる。
「ぐっ!!」
「葛葉!」
葛葉の方へと駆け寄ろうとするも、師走の雰囲気がそうさせまいとする。単なる一般人である朔にも、この場のピリピリとした空気は感じ取れた。
その場から動く事が出来ない。それでもなんとか視線だけを師走の方へと向けた。師走は冷徹な目を携え、こちらを睨んでいる。
ゾクリ。
朔の背筋は凍り付く。師走の目を見れば冗談や脅しの類ではない事は明らかだった。
朔がその場で固まっていると、葛葉が朔へと呼び掛けた。
「須煌、お前は逃げろ。」
「!」
正直、『逃げたくても逃げられない』というのが本音だったが、葛葉の言葉に朔は再び動揺してしまう。朔が立ちすくんでいると、師走が朔に向かって口を開いた。
「逃げる必要はない。俺達は争いにきたわけじゃない。交渉に来たんだ。」
「! 交渉?」
先程までの恐怖心は少し弱まる。だが決して危機を脱したというわけではない。ピリピリとした空気感は変わっていない。一筋の汗が朔の頬をつたう。
そんな朔を見て師走はフッと笑みを漏らしながら、朔の方へと右手を差し出した。
「須煌朔。俺達に協力してくれないか?」
「えっ。」
まさかそんな言葉が師走の口から零れ落ちるとは。朔は目を瞬かせる。
だがすぐに首を横に振り、地面へと視線を落とした。
「協力するも何も…俺は
力になどなれそうもない。自分はどう考えても単なる部外者だ。この場にいる事すらおこがましい。むしろ足手まといになるとさえ思える。
朔が眉根を寄せて言葉を押し出すと、師走は深く目を瞑りながら言葉を紡ぐ。
「お前には“
「チカラ?」
「稲荷神社での話を聞いた。放たれた光、あれはお前の力じゃないのか?」
「んな事言われたって、今は何も出ないし…。」
嘘はついていない。確かに稲荷神社では謎の光を放ち、葛葉の妖力を奪うことが出来た。だがそれ以降、これといった事象は起こらず、朔自身にも何の変化もない。
あれは朔が何かしたのではなく、場所や双葉の持っていた護符などの状況が合わさり、たまたま現れたものではないだろうか。そう思った。
その見解を話そうとするが、それより先に師走が口を挟む。
「別に、神力はあろうがなかろうがどちらでも構わん。如月双葉の目的を阻止する為の助力を願いたい、それだけだ。」
「・・・・・。」
何の能力もない、ただの一般人の自分でも良いと言う師走には返す言葉がなくなってしまう。
朔が悩み、口を噤んでいると、師走はじれったくなってきたのか、眉根を寄せて一歩、また一歩と朔達へと近付いて来た。
「…何を迷う必要がある?迷うのなら、選びやすいようにしてやろうか。」
「え?」
そう言って師走は新たな護符を取り出し、葛葉の前へと突き出した。
「俺達に協力するなら、今ここでこいつを始末してやる。」
「なっ!?」
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