第二伝 『闇夜に浮かぶ影』

その後、朔は登校する生徒達の流れを見付け、無事に学校へ。天照てんしょう高校へと辿り着けた。


職員室で諸々の手続きを済ませ、その場で始業時間まで待機。そして予鈴が鳴って担任と一緒に教室へ向かった。

担任の名前は藤原孝典フジワラ タカノリ。四十代の何処にでもいるような普通の中年男性教諭である。クラスでイジメがあっても見て見ぬフリをしそうなタイプだ。いや、第一印象だけでは単なる偏見になるので現段階ではまだ何とも言えないが。どう見ても熱血タイプの教師には見えなかった。

だがそれは朔にとってはアタリ。下手に絡んで来られる方が鬱陶しくてかなわない。我関せずタイプの方がやりやすくて良い。


そして思ったとおり。教室までの道のり、藤原は取り立てて深入りするような話はせず、おざなりな学校の説明と当たり障りのない会話しかしてこなかった。朔にとって家の事情等を追及されないのは特に良かった。今はまだ、誰かに“その事”を話せる程、心に余裕がない。

そうして二人は教室へと辿り着く。


先に藤原が教室に入り、朔もそれに続いて入室。始業前のざわつきは藤原が教室へ入ったと同時に止むが、朔が入って来た事で別のざわめきが沸き上がる。

まぁ当然の反応か。

クラスの反応は朔の想定内だった。かといってこういう“注目の的”みたいなものには慣れていない。内心心臓はバクバクなのを隠し、平常心を装う。そんな朔の心情など露知らず。藤原は変わらぬ態度で朔の方へと目を向けて頷いた。



「今日は転入生を紹介する。」



自己紹介を促されて朔は口を開く。



「えーっと…須煌 朔、です。宜しく。」

「・・・・・。」



突然の転入生にクラスの生徒達は少なからず動揺している。目を瞬かせたり、大きく瞳を開いたり。そんな反応を見て朔はいたたまれない気持ちになった。



(だよな!まぁそーゆー反応になるよな!)



微妙な時期の転入生。戸惑うのも無理はない。全て“転入それ”のせいにしてしまう自分がいる。いや、それのせいにしたい、という方が正しいのかもしれない。朔がそう思おうとするも、藤原が少し呆れた表情を浮かべて指摘する。



「須煌君、他に何か言う事ない?自己紹介なんだからさ。」

「えっ、あ・・・・っ。」



普通、自己紹介と言えば何処から来たとか、どんな部活をしていただとか、そういったプラスαの言葉を付け加えるもの。名前だけの自己紹介では生徒達が無反応になるのも無理のない話なのだ。その事に気付かされ、朔は思わず赤面する。己の怠惰を棚に上げ、全てを転入のせいにしてしまおうとしていた己を恥ずかしく思った。

とはいえ、今それを指摘されたところで発する言葉が思い浮かばない。人前というものにそもそも慣れていない。朔は目を泳がせ、言葉を詰まらせる。



「えーっとー…。・・・・・。」



教室内に沈黙が降りる。

しーん…。

見るに見兼ねた藤原が少し慌てた様子で話を切り上げた。



「ま、まぁこれから知っていけば良いか。じゃあ皆、仲良くな。須煌、お前の席はあそこな。」

「はい、すんません。」



藤原に指差された席は窓際の一番後ろ。そうして朔は自分の席へと向かう際、ふと気付く。



(ん…?あっ!今朝の!)



窓際、前から二番目の席に、学校までの道のりを教えてくれた女子が座っていた。女子はつまらなさそうに、ぼんやりと窓の外を眺めている。朔は彼女をチラリと一瞥した後、そのまま席に行って着席した。



(まさかの同じクラス…。一緒に登校しなくて良かったな。)



ただでさえ目立つ容姿の美少女。そんな彼女と同じクラスで転入初日から一緒に登校したとあれば、あらぬ噂を立てられかねない。この女子にも迷惑を掛けてしまいそうだ。あのまま一人で登校して良かったと心の底から思った。



◇◇◇◇◇



一日の授業を終え、帰り支度を整える朔。

昼休みが苦痛だった。弁当等の準備はしていなかった為、食堂でパンを購入。だが食堂は友達同士で談笑しながら食べている生徒がほとんどで、とてもじゃないが一人で食べられる雰囲気ではなかった。


仕方なく買ったパンを片手に校内を散策。中庭にベンチを見付け、今日はそこで食べる事にした。一日ぐらいは どうって事ないが、これが二年間続くとなると正直キツイ。朔は誰かとつるんでいないと行動出来ないタイプではないが、ずっと一人というのは辛いものがある。

朔は明日からの事を思い、大きなため息を零した。


浮かない顔を浮かべる朔に、一人の男子が声を掛ける。



「おう、お疲れ!」



声を掛けられて振り返ると、180cmはありそうな長身の爽やかな男子が、ニカッと笑って立っていた。



「俺は霧島将太キリシマ ショウタ。宜しくな。」

「あ、うん、宜しく。」



明らかに朔とはタイプの異なる爽やかボーイだが、声を掛けられれば嬉しいもの。朔は自然と顔が綻んだ。そんな微笑を浮かべる朔を見て安心したのか、霧島は嬉しそうな顔を浮かべて言葉を続ける。



「須煌、部活は?何か入んの?決めてねーならサッカー部入らね?」



ああ、なんだ。部活の勧誘か。まぁそんなもんだろうな、朔は納得する。霧島はどう見てもクラスの人気グループにいそうなタイプで、朔はその他大勢にカウントされるモブタイプ。仲良くなれるとは思えない。

とは言え、折角声を掛けてくれたのだ。無下には出来ない。

朔は本音を表に出さないよう隠しつつ、申し訳なさそうな顔を浮かべながら変わらぬ笑顔で答える。



「あーいや、折角だけどごめん、俺バイトしようと思ってて。」

「そうなんだ?うちの学校ってバイトOKだっけ?」

「事情とかあれば…理由言って申請出せばOKだって。」

「そうなんだ。」



感心しながら納得した様子で頷く霧島。そして霧島は口をつく。



「大変なのか?」



霧島に全く悪気はない。朔を詮索しようというつもりで尋ねたわけではない。コミュ力の高い人間の会話力、とでも言うのだろうか。ただただ会話の流れで訊いただけだ。

だがそれは朔にとっては思わしくない会話の流れだった。朔は目を泳がせながら、おずおずと言葉を押し出す。



「大変…っつーか、まぁ…。俺、寮に入ってて。」

「あーそれでうちの学校選んだんか。…まー詳しい事情は訊かないでおくわ。」

「うん、ありがとう。」



朔の気まずそうな顔を見て、霧島は空気を読んだ。あまり触れられたく無い事情なのだと。霧島は空気の読める良い奴。それが朔の霧島に対する第一印象だった。

ちなみに転入受け入れがあって寮があるのは、このあたりでは天照高校だけだった。しかもバイトOK。それがこの高校を選んだ理由だ。

そして霧島は何かを思い付いたように声を上げる。



「あ、そうだ。LINE交換しねぇ?ふるふる出来る?QRコードでも良いけど。」

「あー…えっと、今日スマホ寮に忘れて来て…。」



申し訳なさそうにポリポリと頬を掻く朔。これは紛れもない事実なのだが、霧島はそれも空気を読んだような返しをしてしまう。



「…そっか。じゃあまぁ明日以降な。気が向いたらまた声掛けて。」



霧島は断り文句だと思ってしまったらしい。朔にもそれが分かった為、そうじゃないと慌ててフォローを入れようとする。



「ごめん、明日必…」



『必ず持ってくるから』そう言おうとする朔だったが、それを言い終わるよりも先にクラスの男子が霧島に呼び掛けて朔の言葉を遮ってしまう。



「おーい、霧島ー!部活行こうぜー。」

「おう!じゃあな。」

「う、うん。」



霧島を引き留める事は出来ず、フォローを入れる事も出来ず。友達が出来そうな機会を棒に振ってしまった。



◇◇◇◇◇



最近立て続けに不幸が降り注いでいる。今日は特にそうだ。

正直この日、バイトに行くのは躊躇われた。仕事はコンビニの店員。だがバイト初日という事で流石に休むわけにはいかず、出勤する。何事もない事を願いながら。


コンビニの仕事を選んだのは、寮から近く、放課後シフトを組みやすい為だ。それに夜のコンビニは客も少なくて比較的楽だ。変なトラブルさえなければ。夜のコンビニは客足が少なめで楽な反面、変な輩に絡まれるというリスクがある。この日はそれが特に心配だった。

だがそれは取り越し苦労に終わり、無事に初日の仕事を終えて帰路につく事が出来た。朔はホッと胸を撫で下ろす。



「さっさと帰って寝よ。」



何をしても上手くいかない。そんな一日。

そんな日は早く帰って寝るに限る。

起きていてもろくな事がない。ならば早々に寝て最悪の一日をリセットするのがベストだ。

深呼吸をして、コンビニを出て。足早に歩き出す。


この日は曇り空。月は雲に隠れて見えない。

ふと空を見上げるも、明かりのない夜空は嫌な不安を募らせる。

朔は迷信的なものを信じるタイプではないし、特に何かあるわけでもないが、ただ何となくそう思った。

朔は早く寮に戻ろうと足を進めようとするが、ふと夜空で何かの影が動いたように感じた。



「ん?」



再び見上げる。すると何かが頭上を飛んでいた。鳥ではない。いや、基本鳥は夜には飛ばない。飛んでいるとしたらカラスか猛禽類か。だがそんな大きさのものではなかった。

朔はその影を見て目を疑う。人が夜空を駆けていたのだ。正確には屋根の上を飛び移っている、だが。



「えっ、人!?飛んでる!?」



思わず言葉が口をつく。その声を聴いた影は朔に気付き、朔の目の前へと降り立った。



「んー?なんだ、俺が見えてんのか?」

「え?いや、フツーに見えんだろ。」

(何言ってんだコイツ…。)



と言ってもこの場には街灯がなく、薄暗くて相手の顔は見えない。シルエットが浮かび上がっているだけ。その事を言っているのだろうか。目の前の男の言葉を受けて思考を巡らせるが、ふと良くない見解が頭を過る。



(もしかして見えちゃいけないヤツ…!?)



幽霊の類か?幽霊など信じていない朔だが、実際にそれを目の当たりにするとなると背筋に冷たいものが走る。

だがそんな朔の思考とは裏腹に、男は何か閃いたように声を上げた。



「そうか、お前がそうなんだな?」

「は?」



一体何の話だ。ワケが分からず怪訝な顔を浮かべる朔に対し、男は右手に炎を宿して言葉を放った。



「お前に恨みがあるワケじゃねーが。俺の為に…消えてもらうぜぇ…!」

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