第壱柱
第一伝 『迷子の転校生』
平凡な日常。何気ない毎日。
太陽は東から昇り、西へと沈んでいく。
朝起きて学校に行って。適当に勉強して家に帰って。
テレビを見ながら晩飯食べて、風呂に入って寝る。
そんな当たり前の日々の繰り返し。
容姿は中の上。イケメンではないが、ブサイクでもない。
身長は172cm。小学生の頃は175cm以上欲しいと思っていたが、170cm超えたので十分良いと思っている。
成績も普通。適当に合格圏内はキープ。
運動は得意でもないが、苦手でもない。
その他、楽器が出来るわけでも
芸術的才能があるわけでもなく
全てにおいて普通、平凡。
それが俺。
そんな自分を嫌だと思った事はない。
むしろ“
欲を言えばモテたい。
が、ラブコメの主人公並みのモテ度はいらない。
同性から ひがまれたりするのは面倒だし、トラブルに巻き込まれるのも御免だ。
それに、下手に美人の彼女なんて出来てしまえば、
浮気の心配ばかりして気が気じゃないし、遊ばれて終わりそうだ。
幸運は長くは続かない事を、俺は知っている。
恋人も将来の奥さんも、自分の許容範囲の器量・性格であれば、それで良い。
中学時代もそんな感じの彼女がいた。
決して大恋愛ではない。
告白されて、嫌いじゃないから付き合ってみた。
ただ、それだけ。
平凡が一番。
これから先も適当に勉強して、良くも悪くもない大学に入って
大きくも小さくもない企業に就職して、結婚して、子ども作って…。
そんな平凡な日々を続けていきたい。
それが俺の願いだ。
そんな俺が、高校二年の六月という中途半端な時期に転校する事になった。
四月ならまだしも、六月。
クラス替えが落ち着き、友達のグループの輪も固まった頃合い。
最悪だ。
それに高校二年といえば、修学旅行もある。
もう一度言う。最悪だ。
中間テストが終わったばかりで、
体育祭は六月じゃない事がせめてもの救い。
平凡に、適当に。
スクールカースト中段ぐらいのグループで、良くも悪くも目立たず
それなりに楽しい高校生活を送りたかったのに。
俺はコミュニケーション力は決して高くない。
卒業までたった二年とはいえ、上手くやり過ごせる自信がない。
通学途中のバスに揺られながら、俺は大きな溜息を吐いた。
◇◇◇◇◇
最寄りのバス停に着き、朔は何となく歩き始める。何も考えず、ただただ無心で。
普段ならこんな事、絶対にしない男である。
知らない土地ではマップ片手に目的地を確認しながら歩く。だが、この時の朔はどうかしていた。
人間、不安や動揺があると、いつもは当たり前に出来ている事が出来なくなったり、とんでもないミスを犯したりする。そのミスで更に動揺し、焦りが生じ、パニック状態に陥ってミスが重なるというのはよくある話だ。
少なからず、この時の朔にも同じ事が言えたのだろう。朔は無意識の水面下で、ここ数日の己の境遇に動揺していた。
暫く歩いてからふと気付く。
自分が今何処を歩いているのか分からないという事に。
「・・・・・。」
迷ったという事実を認めたくない。いや、迷ったと決めつけるにはまだ早い。
自分にはスマートフォンという強力な味方が付いている。GPS機能を利用してマップを見れば学校までの道のりなんてチョロイもんだ。
朔は焦りを隠しながら鞄の中を探る。
だがここで気付く。
スマホを忘れてきたという事に。
一瞬で顔から血の気が引いていくのが分かった。
「や、やべぇ…もしかして俺、迷った・・・・?」
慌てて腕時計を見やる。幸い、時刻はまだ八時十五分を回ったところ。今日は転校初日という事で職員室に顔を出さなければならない為、少し早めに登校していた。だがそれもほんの数分の話。悠長な事はしていられない。一度先程のバス停まで戻って道順を正すか…。いや、そんな時間はない。そもそも戻り方が分からない。バス停から無意識に歩いて来た。ここまでの記憶がない。
朔の顔は真っ青だ。
転校初日から遅刻とかありえない。どれだけ目立つんだ。しかも悪目立ちの方。微妙な時期の転校という事で、ただでさえ目立つのに。
いや、今はそんな事をうだうだと考えている場合ではない。
一刻も早く通学路へと戻らなければ。
こうなったら誰かに道を尋ねるしかない。
が、ここは住宅街から少し外れた道筋。通勤・通学ラッシュ時のはずだが、通り掛かる人がいなかった。絶体絶命のピンチか。
そう思ったその時、朔の視界に人影が写る。
(あ、同じ制服…!)
不幸中の幸いとは、まさにこの事だろう。同じ学校の人間がいた。
見付けたのは、長い綺麗な黒髪をなびかせた女の子。転校初日早々に、見ず知らずの女子に声を掛けるのは躊躇われたが、この際贅沢は言っていられない。しのごの言っている場合ではない。朔は女子の背を追い掛け、思い切って声を掛けた。
「あの、すんません。同じ学校の人、ですよね?」
声を掛けられた女子は振り返る。
(うわっ。すっげー美人…!)
思わず目を奪われた。
今までこんな綺麗な顔立ちの女の子に出会った事がない。そんじょそこらのモデルより綺麗かもしれない。大きな瞳にくっきりとした二重瞼。まつ毛は長く、鼻もスッと高い。そして黒く長い髪が朝日の光を浴びてキラキラと輝く。それがその娘の美しさを何倍も際立たせていた。
朔が思わず見惚れて言葉を失っていると、女子は眉を潜めてしかめっ面を浮かべ始める。
「なに?」
女子の言葉に、ハッと我に返る朔。朔は慌てて言葉を取り繕った。
「あ、すんません。えっと、学校ってどっちっスか。」
「は?」
「いや、あの。俺、今日から編入する事になったんスけど、道に迷っちゃって。」
「・・・・・。」
女子の顔がみるみる険しくなる。朔はただただ正直に答えただけなのだが、女子はそれを素直には受け取れない様子。朔がその理由に気付いたのは少し間を置いてからだった。朔はハッとなる。
(やべぇ!!もしかして俺、ナンパか何かと勘違いされてる!?)
美人には興味のない朔でさえ思わず見惚れてしまう程の美少女。さぞモテる事だろう。こういった類のナンパも数多く受けているに違いない。朔は己の軽率な行動を後悔した。
いや、声を掛けた当初はそれが最善だと思ったのだ。声を掛けずに女子の後をつけていけば学校に辿り着くだろうとも思った。だがこんな人気のない場所から尾行すればストーカーか何かと勘違いされるのでは?等と思い、柄にもなく声を掛けたのである。
だがよくよく考えてみれば今は通学時間。同じ制服を着て向かう先といえば学校。下手に声を掛けずについて行けば良かった…。そんな事を考える朔は焦りと恥ずかしさとで微妙な感情が入り混じる。
朔の慌てる様子を見ていた女子は、朔に害がないと見たのか。見定めるような視線を改め、スッと道筋を指差しながら答えた。
「…学校はこの坂道を真っ直ぐ登って突き当りを右に。そうすれば通学途中の生徒が沢山いるから。その流れに乗れば良いわ。」
「あ、あざーっす。」
どうやら誤解は解けたようだ。その事に朔は安堵のため息を漏らす。学校までの道筋が分かった事よりも、そちらの方が内心ホッとした。
朔の安心に満ちた顔を見届けた女子は、くるりと踵を返して先程自分が指差した方向とは別の方向へと足を向けて歩き出す。
「?…って、あの??」
思わず漏れ出た言葉。学校は?今から登校するんじゃないのか。別に一緒に登校したかったわけではないが、明後日の方向へと向かう女子に疑問符が浮かんだのだ。
だが女子は朔の言葉には耳を傾けず、そのままこの場を立ち去ってしまう。一人取り残された朔は目を瞬かせた。だがここでふと一つの考察が脳裏を過る。
(俺なんか凡人と一緒にいるところは見られたくないって事か?)
お高く留まっちゃって。学校までの道を教えてもらったという恩義はあるが、高飛車なその態度に少しイラッとしてしまう。
だがまぁ、彼女は間違いなく“高嶺の花”。
特出した長所もない自分では不釣り合いだとも思う。
分不相応。
住む世界が違う。
まぁ元より美人に興味はない。
それに先程の自分の態度、ナンパという疑念が拭い去れなかったのかもしれない。警戒されても仕方がないとも思う。
そう思い直す事で、朔の気持ちは少し晴れる。
朔は気を取り直して学校への道を歩み進めた。
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