十六.逃避行

「おお、これが異世界の鉄道……!」


「あんまりはしゃぐなよ? あんたはいいけどあたしらは正体隠さなきゃいけないんだから」


 駅は市場と同じくらい人でごった返していた。ここは商業都市、入ってくる人も出て行く人も相当な数なのだろう。歩いている人たちの装いもまちまちで、ある種異様な空気感を醸し出している。


「それでどの列車に乗ればいいんだい?」


「えーと、北に行くやつだから……三番線だな」


「切符とかいるのか?」


「当たり前だろ。ちょっと待ってろ、買ってくるから」


 どうやらフェルはこの鉄道を利用したことがあるらしい。人ごみに消えていくその背中を見送りながら、ぼんやりとあたりを眺める。この駅は王の城などに比べると派手さには欠けるが、その分近代的な実用性のようなものが感じられる。トイレや風呂なども自動化されているし、インフラや交通に関しては元の世界とあまり差はないかもしれない。


「しかしこれほどまでに人がいるとはね。少し息苦しいくらいだよ」


「俺はちょっと懐かしい感じがするけどな。通勤ラッシュを思い出す」


「ツーキンラッシュ? それは祭りか何かかい?」


「あー、そういうのではないんだけど、なにから説明したらいいんだろうな」


「異世界の交通手段、興味がある。どんなのがあった?」


「どんなのっていっても、そうだなぁ。この世界には無さそうなのだと、やっぱり飛行機かな。鉄でできてるんだけどすごい速さで空を飛べるんだ」


「どのくらい速い?」


「時速数百キロとか……あーそうか、長さの単位が違うんだからこれじゃ伝わらないか」


「一般的に使われてる長さの単位はライド。真空における魔導体が0.36スレインの間に進む距離が1ライドと定義される」


「……あー、なるほど?」


「だいたい大人の人間の男の腕くらいの長さだよ」


「ああ、なるほど」


 その時、行き交う人を器用に避けながらこちらへ戻ってくるフェルが見えた。何か慌てているようにも見える。


「お帰り、フェル」


「ああ、それよりそろそろ列車が出発するらしい。これを逃したら一日待たないといけなくなる。急ぐぞ」


 そう、これはあくまで逃避行なのだ。今のところ順調にいっているが、いつアクシデントが起こるかわからない。早いところ王都から離れた方が良いだろう。人の波にもまれながら、遠ざかるフェルの背を追いかけた。




「なんとか間に合ったな」


「へえ、中はこんな感じなのか」


 床も壁も木造ではあるが、しっかりした作りになっている。窓や座席、照明と言った部分もそれほど違和感は感じない。魔力式とはいえ、利便性や合理性を追求すると、行きつく先も自ずと似たようなものになるのかもしれない。


「この席だな」


 フェルが買った席は対面式の四人席だった。窓側にリタとラヴ、通路側に俺とフェルが座った。そしてゆっくりと列車が動き始める。


「なるほど、こうして外の景色が勝手に変わっていくのは意外と面白いものだね」


「リタは鉄道使うの初めてなのか」


「まあ、客としてはね。ここに連れてこられた時は窓なんかなかったから……」


「……ごめん、余計なこと聞いたな」


「多分大丈夫だとは思うが万が一ってこともある。外でそういう話をするのはやめた方が良い」


「……そうだね、フェル。私も軽率だったよ。気を付けよう」


 まだ旅は始まったばかりだというのにどことなく空気が重くなってしまった。ラヴだけは物珍しそうに窓の外をジッと眺めている。ラヴもきっと列車に乗るのは初めてなんだろう。


「……ところで目的地までどのくらいかかるんだい?」


「列車自体は今日の内に降りることになる。どこかで一泊してから、さらに歩いて一日ってところだな」


「なら列車に乗っているうちに一つ話しておきたいことがある」


「なんだ?」


「君の呼び名についてだよ。いつまでも君とかあんたでは不便じゃないかい?」


「あー、言われてみればそうだな。すっかり忘れてた」


「おいおい……。というか名前くらい思い出したりしてないのか?」


「うーん、それがうまく説明できないんだけど、名前以外も消されてるみたいなんだよな」


「え、そ、そうなのかい?」


「名前にまつわる情報というか、例えば自分の生まれとか家族のこととか、そういう名前の特定につながるようなプライベートな情報も、霧がかかってるみたいに曖昧なんだ」


「うーん、ラヴなら何かわかるか?」


 ラヴはあくまで窓の外を見続けているが、一応話は聞いているらしい。


「名前を消すというのはそういうこと。名前が思い出せなくなるだけじゃなく、自分が何者かわからなくなる。そうすることでアイデンティティを喪失させ、反抗心を奪うことができる。最悪の場合、自分への関心を失いやがて廃人のようになる」


「……マジかよ」


「意外とあんたもやばいことされてるな」


「とにかくそうならないためにも名前はあった方が良いということだね。さて、なんと呼んだものか……」


「じゃあクロでいいんじゃね?」


「……それは髪とか黒いからってことか」


「名前なんてシンプルな方がいいだろ」


「君がそれを言うのかい? フェルアライン・ダスターローズ」


「やめろよ恥ずかしい」


「恥ずかしいのか……?」


「君としてはどうだい? いささか安直な名前に思えるが……」


「うーん、まあフェルの言うことも一理あると思うし、いいんじゃないか?」


「ほらな?」


「……じゃあこれからもよろしく頼むよ、クロ」


 いざそう呼ばれてみると少しくすぐったい感じがする。これもそのうち慣れていくのだろうか。新しい世界、新しい仲間、新しい名前。俺の人生は今、第二のスタートを切ろうとしている。自分で望んだわけではないが、こうなった以上は仕方ない。生きて、そして皆と未来をつかみ取ろう。

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