第二章 逃亡編

十三.小休止

「ん、これ美味いな。何かはよくわからないけど」


「それはチーズだね。獣の乳を醗酵させて作る食べ物だよ」


 薄暗い部屋の片隅、俺たちは物陰に身を隠すように体を寄せ合いながら食事をしていた。牢にいた時の食事は粗末なものだったから、こうしてまともな物が食べられるのは純粋に嬉しい。だが——


「やっぱりちょっと気が引けるな……。これ、いくらするんだろう」


「おいおい、そんなこと気にする泥棒がいるかよ」


「泥棒って……。まあ、事実だけど」


「食べなければ死ぬ。これも生きるため、仕方のないこと」


 今俺たちがいるのは、街のはずれにある倉庫の中だ。どうやら交易品を一時的に保管しておくための場所らしい。倉庫には魔法による施錠がされていたが、壁に穴を開けられてしまっては何の意味もない。


「お、これ使えそうじゃないか? ちょうど四着あるぞ」


 チーズをかじりながらあたりを物色していたフェルが何かを見つけたようだ。箱から引きずり出されたそれは革製のマントだった。確かに今の俺たちは一目で奴隷とわかるような格好をしている。これからどこに行くにしても、とりあえずは役に立つだろう。


「……その服、何か強い魔力を感じるね」


「多分ドラゴンの皮。魔法に対して高い防御力が期待できる」


「ドラゴン!? それってすごい貴重品なんじゃ……」


「そうだろうな。いやー、今日はついてるねぇ、くっく」


 となるとさっき食べたのも実はすごい高級チーズなのかもしれない。胃の底の方から沸々と罪悪感が湧き上がってくる。


「それでこれからどうするんだい? 晴れて自由の身になったわけだが」


 しばしの沈黙。それって、つまり。


「何も考えてないのか? 誰も?」


「まあ、その」


「うーん」


「……」


「えーと、ほら、行きたい場所とかないのか? 故郷に帰りたいとか」


「故郷……と呼べるものは私にはないよ。住んでいた家にはもう戻れないし」


「僕も同じ。それに長く牢獄にいたから、外のことはよくわからない」


「フェ、フェルは?」


「一応、思い当たる場所はある。ただそんなに居心地のいい場所ではないかもな」


「そ、そうなのか」


「行ってみる?」


「他に行く場所もないしね。とりあえず落ち着いた生活ができるなら、そこに行ってみてもいいんじゃないかな」


「……わかった。そういうことなら行こう」


 フェルの反応が少し気がかりだが、いつまでもここで盗みをして暮らしていくわけにもいかない。フェルの故郷というと人狼の村ということになる。かなり物騒な響きだが、ほぼ人間の俺が行っても大丈夫なんだろうか。不安はぬぐえなかったが、俺だって行く当てがあるわけじゃない。ついていくしかないだろう。


「それでどうやって行くんだ? やっぱり歩きか」


「それじゃ遠すぎる。ここからずっと北に行った場所にあるからな。途中まで鉄道で行った方が良い」


「あ、鉄道もあるんだ。結構進んでるな」


「鉄道と言っても魔力式だよ。昔は石炭を使った蒸気機関車だったらしいけどね」


「それなりの長旅になるはずだ。街で色々準備を整えたいけど……」


「え、でもお金とか持ってないぞ。物々交換でもいけるのか?」


「それは問題ない。錬金術で作れる……違法だけど」


「に、偽金ってことか? どんどん犯罪に手を染めてる気がする……」


「問題は誰が街に行くかってことだ」


「え? そんなの……あ」


 ここは人間の街、亜人種は基本的に全て奴隷だ。王宮からも奴隷が逃亡したという御触れが出ているかもしれない。フェルの耳や尻尾を見られれば、すぐに獣人だとばれてしまう。そうなれば騒ぎは避けられない。リタも特徴的な見た目をしているし、何より足を怪我している。ということは。


「君とラヴで行くのが適任だろうね。少し変わってはいるが、見た目も人間で通用するだろうし。……別の意味で少々不安だが」


「同感だな。ちゃんと買い物できるか?」


「さ、さすがにできるって。……多分」


「したことはない。でもやり方は知ってる」


「……不安だ」


 かくして俺とラヴは一行の運命を賭けたお使いに出ることになったのであった。

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