3話 出会い
「ここは…」
呆然と外を眺めていると、和服の三十代ぐらいの男性が入ってきた。長髪で眼鏡を掛けている。
「大丈夫ですか?」
話し方からわかる、優しそうな人。
「あ、はい。あの……ここは?あなたは?」
「ここは
アレンと名乗った男性はにっこりと笑い、
「カタス村、ですか」
「はい。
「僕はどうして……」
すんなりと呑み込めない状況に
しばらくの沈黙の後、靄のかかった
「おはよぉ
声の方向を見ると、いつの間にか少年が縁側に座り、ひらひらと手を振っていた。夜の公園で出会った少年だ。ふわふわとした髪が風に揺れている。
「君は、昨日の」
「昨日じゃなくて二日前だよ」
少年が笑いながら訂正した。
「そんなに……」
――今迄のは、夢?
「
表情の豊かな少年だ。笑ったかと思えば心配そうな顔に、くるくると表情が変わる。
「大丈夫、かな。ありがとう」
「あんなの、僕なら痛くて泣いちゃうからね。
一体自分はどんな連れて来られ方をしたのだろうと、意識がなかったことに初めて安堵した。
「ねえねえ、アレンさん」
少年が矢継ぎ早に
「シドの所、僕が連れてってあげるよ。ついでに村も案内して来るね!」
男性は「リヤ君なら安心してお任せできます」と微笑みかけた。
少年はリヤという名前なのか、と今更思った。さっきの“アレン”や“ジュダイ”もだが、どうも普通の名前とは認識しがたい。
アレンもリヤも優しく接してはくれるが、一体この人たちが何者なのか、どうして自分はこんな村にいるのか、まったく理解できていない。
そんな
古い造りの家屋、さらさらと流れる小川、風に揺れる木々。どうやらこの“
前を歩くリヤは、出会った日の白と青が印象的な服とは違い、普通のTシャツとズボンにサンダル姿。元気一杯の中学生ということばがよく似合う少年だ。
「そうだ」
くるりとリヤが振り返った。
「自己紹介、まだだったよね?」
そういえば、正式には名前を聞いていない。リヤと言うのは本名なのだろうか。
「僕の名前はリヤ。よろしくね!今から行くのはシドって人のところだよ!」
「あの、リヤって、本名ですか?」
「
「何で、あの日」
ずっと聞きたかった事を言いかけて呑み込んだが、続きのことばを察したリヤが続けた。また笑顔が消えていた。
「ここに連れて来るためだよ」
「え?」
「
「どう言う事……?」
リヤはまるで聞こえていないかのように駆け出し、少し先にある家屋の前で止まった。庭一面に白と赤の椿が咲き乱れている。
「
そう言って手を振るリヤは、笑顔だった。
「ごめんくださぁい」
リヤが引き戸を開け、元気よく声をかけると中から男性が出て来た。
「よお、リヤ。そいつだな、新入りは。挨拶回りか?」
「ケイさんに言われたから、まずはシドに挨拶しに来たんだよ」
「名前は?」
「まだ決まってないよ」
さっきまでリヤは
「そっか、よろしくな。俺の事はミヤって呼んでくれ」
「は、はい。初めまして」
わからないことだらけだが、一応挨拶をしておく。どうやら自分の名前は知られているみたいだ。
「ところでなぁリヤ、来てもらって悪いんだけど、アイツ今寝てんだよ。小一時間前に帰って来たばっかりで」
「
リヤが眉をひそめた。
「あぁ。アイツといつもの二人で行ったんだが」
ミヤはやれやれと言う風に首を振った。
さっきから分からない事や単語が多過ぎる。頭がパンクしてしまいそうだ。
「そっかぁ。ならまた後で来るね」
「そうだな。今起こしたら殺されかねんからな」
二人は冗談でも言い合っているかのように笑った。シドとは一体どんな人物なのか。決して穏やかな人ではないと言う事だけは、確信が持てた。
「さてと、予定狂っちゃったね。先に村案内するよ」
ミヤの
村は山の麓にあり、周りは森に囲まれている。あの森は樹海なのだとリヤは説明してくれた。人を迷わせ、狂わせる魔境のような樹海は屈強な帝国軍の人間でも一切近づくことはできない。都市伝説では一度入ったら二度と出ることはできない場所なのだそうだ。
リヤは最後に「樹海は人を惑わせる。だけど僕らは、もう迷わないよ。
――迷わないのは樹海になのか、自分になのか
なるほどここには「村」と言うだけあって家屋が沢山あった。全部古い造りだ。まるで世間から取り残され時間が止まっているように見える。
リヤは一つ一つを指しながら住人の名をあげ始めた。
「あれが
リヤは一通り
「最後は滝を紹介するね」
まさか自分がこんな喉かな村に来るとは思わなかったとのんびり考えていた
「滝はシドの場所だからね。用がなかったら近付かない方が身の為だよ」
またシド、だ。
「今はいないだろうから行こ」
鼻歌を歌いながら軽快な足取りで先導していたリヤだったが、滝の音が間近に迫ったところでぴたりと止まった。
ゆっくりと近づくリヤに
「何の用だ、リヤ」
振り返らないまま、青年が言った。何も物音は立たせていないはずなのに、気配か何かで分かるのだろうか。
「あ、あはは。やっぱり、気付いた?」
リヤが引きつった笑顔になる。
「さ、流石シドだね」
シドと言う名に
「そいつが
真っ黒の長い髪、威厳のある瞳、真一文字に結ばれた口、威風堂々の仁王立ち。この人が、リヤの恐れるシドだ。彼も例にもれず
シドは不機嫌そうに無言でリヤを見ている。その場を取り持つように説明を始めた。
「シドに挨拶しに行ったんだけど、ミ、ミヤが寝てるって、言ってた、から……。先に村の案、内、を」
そんなしどろもどろなリヤの言葉を、シドが遮った。
「俺はお前みたいなヤツが嫌いだ」
視線は真っ直ぐ
シドが釣竿を持ってその場を後にした途端、力尽きたようにリヤがへたりと座り込んだ。
「ミヤの嘘つきぃー!」
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