大切なものを守るために part1
「精霊を発見した」
その報せを、作戦に参加していたマージから受け取った俺とララ、そしてカピドゥスは、そのマージに連れられて、街の遥か北東にある森へと移動した。
「なぜまたワシも行かねばならんのだ!」
そうゴネていたカピドゥスだったが、森の奥深くの清らかな泉、その上空で卵のように水の膜を張って休息している精霊を見ると、息を呑んでその姿を見つめた。
「あれが精霊か……。なんと美しい……」
茂みの陰、いつでも突入できるというように剣を抜きながらララが言う。
「アンタ、ちゃんと説明聞いてたんでしょうね。あれは精霊だけど、精霊じゃない。アタシのお母さんよ。だからあんまりじろじろ見ないで」
「い、いや、それよりもブレイクの兜よ。そなたは本当にアレを倒せるのだろうな?
確か、火属性の結界をヤツの周囲に張ることで水から隔絶し、その結界の力でそのまま精霊のみを押し潰す。――そういう計画であったな?」
確かに、それが俺の話していた計画。
だが――それは全て『嘘』だ。
「いや、予定変更だ」
「なんだと?」
「悪い、ララ。最初に謝っておく。俺はこれから――お前の母親を殺す」
「え……?」
「向こうは間違いなく、俺たちの存在にはもう気がついてる。力を蓄えさせないためにも、先手を打つぞ。――《ファイア・アロー》!」
「待って!」
ララが叫んだが、俺は魔法の射出を止めなかった。
放たれた炎の矢は全弾が精霊の『卵』に命中、辺りに蒸気を巻き上げる。
「待って、ハルト! お母さんを殺すってどういうこと!? そんなことしなくても上手くやれば――」
「甘いことを言うな! あの精霊は手加減してくれるようなヤツじゃない! 間違いなく、本気で俺たちを殺しにくるんだ! なら、俺たちもそのつもりで行かないと互角には渡り合えない!」
「で、でも、『殺す』ってどういうこと? アンタはお母さんを助けるために力を貸してくれるんじゃなかったの?」
「確かに『協力する』とは言った。だが、俺はそこまでは言っていない。俺はあくまで、『お前を守る』という形で協力する。
もちろん、俺だってお前の母親を救いたい。傷つけたくなんかない。だけど、俺の中での最優先順位はお前を守ること。お前の母親が生きるか死ぬかは、その後だ」
「アンタ……初めからそのつもりでここに来たの……?」
《サンダー・アロー》、《ファイア・アロー》。
俺は矢継ぎ早に攻撃を打ち込みつつ、言葉を続ける。
「ブレイクも言っていただろう、迷ってはいけない、迷えば守れないと……。
俺も、そう思う。これまで、俺はどうしても『修羅』にはなりきれなかった。本当に守りたいものが解っていても、それを後回しにしてきた。でも今回ばかりは、それは許されない。
大勢の人を、セリアさんを……そして誰よりもお前を守るために、俺はここでお前の母親を殺す!」
レーザー光線のような水の塊が飛んできて、水の《属性紋》が目の前で展開。
通常ならばこれだけで魔力は防げるが、流石は精霊、威力が並みじゃない。《属性紋》では防げなかった『何か』が、衝撃となって俺たちを襲う。
カピドゥスと護衛のマージが後ろへ吹き飛んでいく。が、それに構っている暇はない。続けざまに二発目、三発目と追撃が襲い来る。
が、ふとそれがパタリと止む。
「お、おい! あれを見ろ!」
カピドゥスが叫び、空を指さす。
見ると、水の膜を脱ぎ捨てた精霊が、先程までよりもさらに高く浮き上がっていて、そのさらに上には巨大な水球が浮かんでいた。
それは、泉から幾本も大蛇のように噴き上がる水を吸収して膨らみ続けている。
まるで月が落ちてきたかのようなその光景と圧迫感に、皆一様に息を呑む。
そして次の瞬間、その水球の中で何かが光った――と思うと、
「伏せろ!」
小さな水球――いや、氷の塊が、まるで隕石のように凄まじい勢いで降り注ぎ始めた。
俺は《属性紋》でそれを防ぎながら、覚悟をさらに確かなものにさせる。
――やっぱり殺すつもりで戦わなきゃダメみたいだな……!
まだ《属性紋》が破られる気配はない。
が、いつ俺の力を上回るような信じられない一撃が来るとも限らないし、それに持久戦には持ち込めない。
さっき言ったように、俺の最優先事項はララを守ること。俺だけがいつまでも生き延びたところで意味はないのだ。
こちらの様子を確かめるためだろう、やがて精霊からの攻撃が止んだ。
この隙を逃す手はない。俺はすぐさま反撃に打って出ようとしたが、
「待って!」
ララが叫んだ。
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