異界の入り口
一瞬、目の前が白い光に包まれた直後、俺たちは深い森の中にいた。
おそらく、人里や街道に近い場所ではない。
木々の奥にはまださらにどこまでも木々が続き、地面はふんわりとした苔に一面覆われている。
寿命が尽きたのか、あるいは嵐に耐えられなかったのか、倒れた大木もそのままに、それもまた分厚く苔に侵食されている。
神聖ささえ感じる静寂に支配された、深い森の中……。
木々の葉を透かして緑の地面へと落ちる、黄金色の陽射し……。
――『エルフの森』があるとしたら、まさにこんな感じの場所なんだろうか。
そんな気分で、俺は自然と黙り込んでしまう。
だが、ブレイクはまるで通い慣れた道を歩くような足取りで、傍にあったとある木の前へ向かう。
人間三人が両手を繋げばようやく一抱えできるような大木である。
その大木には、それよりは幾分細い倒木が寄りかかっていて、ほんの小さなトンネルを作るような格好になっている。
――何をするんだ?
思わず興味津々に見つめていると、ブレイクは横へと手を伸ばした。
「……?」
その手は、まるでそこに壁か何かでもあるように掌を広げながら伸ばされている。
が、どう見ても、そこには何もない。
ララも怪訝そうな顔をして、何か問いたげに口を開きかけた――その時、白い細かな光がその手の周囲に集まって――気づくと、その手には一振りの巨大な剣が握られていた。
長さは、おそらく女性としては平均的な身長であるララと同じくらい。刀身は、細身で片刃。
したがって、見た目は日本刀に近くはあるが、その刃はまるで鮮血を吸ったかのように、切っ先からつけ根まで深紅に染まっている。
――これは……いわゆる『魔道具』か?
その剣から放たれる異様な雰囲気に思わず気圧されていると、
「邪魔だ。退がってろ」
ブレイクはララにそう忠告してから、
「ぬぅんっ!」
大木と倒木が作り上げた自然のトンネル――その空間へと剣を振り下ろした。すると、
「え……?」
今ブレイクが刃を振るった場所、木と木の合間の空間が、まるで水面のように微かに揺れて――その揺れが納まるのと共に、そこに不思議な景色を映し出した。
街道だ。
綺麗に整備された、一直線の街道。
奥のほうには、山のように大きな大木の葉がこんもりと盛り上がっているのも見える。
「ど、どういうこと?」
ララは駆け出して大木の裏手へ回る。
だが、そこにはやはり鬱蒼とした森が続いているだけだし、裏側からトンネルを覗いてみても、そこにはただブレイクが立っているだけ。
しかし元の位置に戻ってみると、まるでそこに精巧な絵画が現れたように、こことは違う場所の景色が現れているのだ。
「ボサッとしてんじゃねえぞ。閉まる前にさっさと来い」
剣を再び光の粒へと還元してその手から消し去りながら、ブレイクはその『絵画の中』へと入っていき、ララも慌てた様子でそれを追う。
と、見た通りの乾いた地面の街道に、俺たちは立っている。
背後を見ると、そこに森はない。
木々に左右を囲まれた街道が、地平線まで真っ直ぐに伸びている。不気味なほど、どこまでもひたすら真っ直ぐに。
呆然とする俺たちをよそに、ブレイクは見えていた大樹のほうへと既に歩き出している。
ララは、引きずられるようにその後を追った。
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