再会
外はカラッとした快晴。
昼頃からは暑くなるかもしれないが、まだ朝と言える時間だから気温は涼しいくらい。
だからだろう、商店が建ち並ぶ通りはかなり人で賑わっていて、店先に並べられた旬の野菜や果物が景気よく買われていっている。
なんて、街の様子を落ち着いて観察できるくらい、俺はここの生活に慣れ始めていた。
時は早いもので、俺がこの街へ来てから、早くも数日が経った。
ちなみに、カピドゥスとのいざこざはその後どうなったかというと、俺の脅しがよく利いたらしく、あれきりセリアさんへの嫌がらせはピタリと止んでいる。香水の販売許可権を取り上げられたということもないようだ。
だが一方、ララにはかなりの影響があった。
カピドゥスはララを囲い込み、いつかは愛人にしようと目論んでいたと言っていたが、どうやらあれは事実だったらしい。
カピドゥスがその計画を諦めたことで、ララはすっかり仕事を失ってしまったのだ。
だから、ララはここ数日、足繁くギルドへ通って仕事を探しているのだが、あまり状況はよくない。
仕事が貰えず空振りで帰ってくる日もままあるし、見つけられたとしても今日のような安い仕事ばかりだ。
街を出て、歩くことおよそ一時間。
山中を流れる川沿いを歩きながら、ララはぶつぶつと愚痴る。
「ったく、なんでアタシが流木拾いなんてしなくちゃならないのよ……」
「俺は楽しいけどな。景色きれいだし」
「いいわよね、人の頭の上に座ってるだけのヤツは。流木背負って歩かなくちゃいけないアタシの身にもなりなさいよ」
「ちなみに、それって何に使うんだ?」
俺は、ララが背中のカゴに入れた長さ六十センチほど、直径二十センチほどの白い流木を見ながら尋ねる。
「ゲージュツカの考えることなんて解るワケないでしょ。ホントにアイツらは……持って行ったら持って行ったでケチつけて突き返したりするし、そんなに細かいこと気になるなら自分で取りに来なさいよね」
「いや……そうもできないだろ。危険な動物とか魔物に遭遇する可能性もあるんだし……。っていうか、せっかく貰えた仕事なんだから感謝しておかないと」
「はいはい、シゴトデキテウレシイナー。アタシ、シゴトダイスキー」
なんて腐りつつも、せっせと働き続けるララを宥めていた時だった。
のそりと、大きな岩の陰から不意に一頭のクマが現れた。足音が聞こえなかったし、どうやらここで俺たちを待ち伏せしていたらしい。
茶毛の、三メートル近い大きさはあろうかという巨体のクマだ。
飢えているのだろうか、かなり興奮して殺気立ち、今にもこちらに襲いかかってきそう。大丈夫とは解っていても、やっぱり結構、迫力はある。
ララは身構えて腰の剣を抜く。が、
「あの子……アンタがいれば、別に殺さなくても済むわよね?」
「ん? ああ、まあな」
「可哀想だし、ここは見逃してあげましょう。元はと言えば、テリトリーに入ったアタシたちのほうが悪いんだし」
「了解。……やっぱり優しいな、ララは」
「べ、別にそんなことないわよ。っていうか、アタシだって半分はエルフなんだから、動物の血の臭いはあんまり好きじゃないっていう、それだけのことよ」
「え?『半分はエルフ』……? ってことは、お前、ハーフエルフなのか?」
「そうだけど? あれ? 言ってなかったっけ?」
「そんなこと聞いてないぞ。いや、でもまあ別に、だからどうっていうわけでも――」
轟音。
一瞬、隕石でも降ってきたかと思った。
凄まじい衝撃音と共に空から何かが降ってきて、周囲には血の雨が降る。
その血の雨の中央、数瞬前まではクマであった肉塊の上には――一人の男が立っていた。
頭の後ろで長い髪を束ねているから女かとも思ったが、百九十センチは越えていそうなその身長と、分厚い胸板、丸太のような腕で、そうではないとすぐに解る。
袋に穴を空けて被ったような上着に、パジャマのような太いズボン。そして、両手には分厚い手枷、両の足首には人の頭ほどもあるような鉄球……。
男は鮮血にまみれた顔を俯けたまま、ニヤリと不気味に笑う。
その刹那――男の姿が消える。そして、
ドオオオオオオオオォォォォォンッ!
突然、まるで水中の爆弾が爆発したかのような轟音と勢いで、すぐ傍の川から水が噴き上がった。
その水滴は雨のように周囲に降り注ぐ――かと思いきや、妙だった。水滴は、纏わりつくような濃い霧となって辺りを包み込む。
その奪われた視界の中で、ララは背中からカゴを下ろして剣を抜く。と同時、
「っ!」
俺の反応よりも早く、ララが何かを察知して飛び退いた。そこに頭上から叩きつけられる鉄球。
ドガァァァァンッ!
石が砕け散る衝撃音。
しかし、その音と共に男の姿は再び霧の奥へと消える。
「後ろ!」
俺が叫ぶと、ララはすぐさま右へ跳ぶ。と、その場所をソフトボール大の石が弾丸のように飛んでいく。
「汚えぞ! 姿を見せろ!」
俺は風魔法を発動させ、周囲の霧を吹き飛ばす。
すると、ほぼ音もなくこちらへ突進してきていた男の姿が露わになる。
「ほう……」
男は足を止め、戦いの最中にも浮かべていた笑みを満足げに深める。
その顔を見て、俺は愕然とする。
「アンタは――」
「と、父さん……?」
「えっ?」
ララの呟きに、俺はさらなる驚きに打たれる。
男は、こんな状況ではむしろ怖いほど平然とした様子で言う。
「お前、そこで何してる」
「……は? そ、そんなのアタシの勝手でしょ。アンタには関係ない」
「お前にゃ訊いてねえよ。お前の頭の上にいるヤツに訊いてんだ」
フッ、と男――ブレイクはニヤリと笑みを浮かべ、
「まさか、こんな場所で再会するとはな。しっかり『処分した』はずだったんだが」
「ハルト……? アンタ、父さんと知り合いだったの? でも、あれは嘘だって……」
「……俺もそう思っていた。まさかこの人がお前の父親だったなんて、全く知らなかったからな」
それにしても……今、改めて解る。
――この男……凄まじく強いぞ。
『肌』で感じるマナの圧力が、ただ者じゃない。
第一、俺が使える魔法のほとんどは、この男から《学習》させてもらったものだ。あれだけ強力な魔法を身につけていたわけだから……常人ではないだろう。
「……娘に久しぶりに会って、挨拶もなし?」
ララが、構えは解きながらも、まだ剣を鞘へは収めないまま言う。
「ゲンキソウダナ。――こう言えば満足か?」
ブレイクは茶化すように言う。
ムッ、とララは眉間に皺を寄せて、
「今までどこにいたわけ? っていうか、その格好は何?」
「ああ、これか? 気に入らねえ貴族を魔物のエサにしたら捕まっちまった。まあ、こんな物、いつでも外せるんだがな」
言って、ブレイクはまるで薄板でも割るように分厚い手枷を割って手首から外し、鉄の足枷までも素手でこじ開ける。そして、
「こんなとこで立ち話すんのもなんだし、久しぶりに『我が家』に帰ろうじゃねえか。まさか、あの家を売っ払ったりしてねえだろうな?」
「してないわよ。アンタの家じゃないけどね」
しばらくぶりに会った親子とは思えないような、冷めた視線のぶつかり合い。
そのほとんど只中で……俺は心に冷や汗を感じながら沈黙する。
当分の間は置物になっていたいところだが……そういうわけにもいかないんだろうな。
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