兜に成り果てた俺にできること
ララはセリアさんの家に着くと、どさりとイスに腰を下ろした。
俺を脱いでテーブルに置き、ようやく緊張が解けたように息をつきながら天井を仰ぐ。
「まずはみんなでお茶でも飲みましょうか」
セリアさんはそう言ってパタパタとキッチンへ行き、お茶を淹れ始める。
さっきあんなことがあったばかりなのに人に気を遣うなんて……セリアさんは本当に根っからこういう人なんだろうな。
一方のララは……何を考えているのだろう? ぼんやりと天井を見つめたまま何も言わない。何も訊いてこない。疲れ果てて口を開く気力もないのだろうか、それとも……。
「はい、お二人とも、どうぞ」
と、セリアさんはララの前に湯気立つカップを置き、俺の頭の上にはそっと布巾を載せる。
「これは……?」
「うふっ。ハルト君はお茶が飲めないから、お茶で濡らした温かいタオルにしてみたのだけど、どうかしら?」
「どうかしらと言われても……いや、意外に悪くないですね。温かくて、お茶の匂いもして……確かに、お茶を飲んでるような感覚かもしれません」
「そう。それはよかったわ」
ほんわりとした笑み。お茶よりも、俺はむしろその笑顔に癒されます。
ララは深く嘆息して、
「セリア姉ったら、相変わらず暢気なんだから……。さっきはホントに、ホンットに危なかったのよ? ちゃんと解ってるの?」
むっ、とセリアさんはその頬をマシュマロのように膨らませて、
「解っているし、暢気じゃありません。わたしだって必死に考えてのことだったんだから。それに、どんなことされるんだろうって怖くて、ドキドキもしていたし……」
ドキドキ……? それは一体どういう意味だ? いや、これは俺の邪推だろう。邪推だよな? そうだよな?
「だから、今は本当に安心しているの。ハルト君には、本当になんてお礼をすればいいのか……」
「え? べ、別に礼なんて何も……。ここに迎えてくださっただけで、本当にありがたいことだと思っているので……」
ララが、ぽん、と俺に手を乗せて、
「でも、まあ実際……さっきは助かったわ。アンタのおかげで、セリア姉もアタシも無事に済んだわけだし……アンタはいわゆる命の恩人よ。――ありがとね」
目を逸らしてお茶を飲みながらララは言う。
斜に構えた態度だが、感謝は充分、伝わってくる。やっぱり、ララは素直でいいヤツだ。
「これで少しは信用してもらえたか?」
「まあ、少しはね」
「もう、ララちゃんったら……」
セリアさんに諫められながらも、悪びれるふうもなくララはもう一口、お茶を飲んでから、
ねえ、と何気ない様子で切り出す。
「ところで、さっきのアレって……本当なわけ?」
『さっきのアレ』とは、あの話のことだろう。
「それは、お前の父親のことだな?」
「ええ。アンタが、あの男の命令でアタシを守ってるって、そう言ってたけど……」
ララは俺とは目を合わせず、軽く揺らすカップの中を見つめながら訊いてくる。お茶の波を映したような、不安定な瞳で。
……嘘をつくわけにはいかない。俺は正直に答える。
「いや、申し訳ないが、あれは嘘だ。カピドゥスがお前の父親をやけに恐れてるふうだったから、脅しとして名前を使わせてもらったんだ。――もしこの嘘で気分を害したんなら……悪かった。申し訳ない」
「……そう」
表情を動かすことなくぼそりと言って、ララは束の間、上げていた目を落とす。
セリアさんがその肩に手を置いて、
「ララちゃん、許してあげて。ハルト君はわたしたちを守るために嘘をついたの。だから――」
「解ってる。っていうか、別に全然怒ってなんかないし。あの男がアタシを守るために何かするはずなんてないんだから、初めからどうせ嘘だって解ってたし」
自嘲的に笑い、お茶を飲み干す。そして、
「じゃあ、疲れたしもう寝ようかな。おやすみ、セリア姉」
そう言うと、俺を引っ掴んでさっさと自宅へと帰り、俺をリビングのテーブルに置いて、何も言わずに寝室へ行ってしまった。
――父親のこと……やっぱり相当、気になってるんだな。
おそらく、俺とまだそう変わりない年齢のララだ。
セリアさんという支えがいるとは言え、ララがいま抱いているのであろう、自分の力だけで生きていかねばならないという重圧と孤独感は想像に難くない。
そんなララが、父親という存在に、つい淡い希望を抱いてしまうのも当然のこと。
二人を守るためだったとは言え、ララの気持ちを弄ぶような嘘をついてしまった俺の罪は、想像以上に重いのかもしれない。
――俺は……意地でもララの傍にいないとな。
もう二度と魔物や動物に踏まれたり舐められたりする生活には戻りたくないという、こちら側の勝手な思いもあるが、それだけじゃない。
俺はここにいなければならない。
そんな責任感に似た思いもあって、俺はここにいたい。
ララを守りたい。
兜に成り果てた俺にできるただ一つのことで、ララを支えていきたい。
窓の外が早くも夏の朝陽に照らされたのを眺めがら、俺は心からそう思ったのだった。
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