神層学習?
「……人が入ったのかな?」
「人が入ったよ。術式にそう反応があったよ」
「どうして入っちゃったのかな?」
「どうして入っちゃったのか解らないよ」
「ともかく、あの乱暴男が待ってるから急ごうかな?」
「ともかく、あの乱暴男が待ってるから急ごうよ」
――ん……?
妙な声――幼い女の子二人組らしい声が、ぼわんぼわんと金属を伝わってくるような不思議な響きで聞こえてくる。と思うと、
『どわっ!?』
何か大きな手のようなものが俺のツノ(……ツノ?)を掴んでガバッと高く持ち上げ、どうやら大きな袋の中へと放り込んだ。
目隠しをされているのか、辺りは真っ暗で何も見えない。
やめろ! 誰か、助けてくれ!
叫ぶが、なぜかそれは声にならない。
口が動かない? いや、口が……ない? 口は? 俺の口はどこへ行った?
そんな俺の混乱とリンクするように、俺の身体はシェイクされるように急上昇、急降下を繰り返し始める。
と共に、トタトタという軽い足音がしばらく聞こえて、やがてギィッと扉を開けるような音。
「お待たせしたかな?」
「お待たせしたよ」
再び先程の声。
「で? 見せたい物とはなんだ」
今度は男の声、低音が響く深い声だ。おそらくは、かなりガッシリとした体格をした中年男性だろう。
二人組の女の子が答える。
「これかな?」
「これだよ」
ゴン、と俺を平坦な台の上に置いた(置いた?)。
「新しく作った兜かな?」
「新しく作った兜だよ。ダーク・ミスリルの最高級品だよ」
「ダーク・ミスリルの最高級品かな? だけど、《形状変化》の術式を組み込んであるから、誰の頭にもジャストフィットかな?」
「ジャストフィットだよ。オークでも人間の赤ちゃんでも、誰でもピッタリ被れるよ」
「ついでに、なんでも一瞬で学習する――名づけて《神層学習》の術式を開発してみたのかな?」
「開発してみたよ。これを被れば、この兜は装着者の習得している魔法を自動的に学習するよ」
「学習するかな? でも、それだけじゃないかな?」
「それだけじゃないよ。兜は、外から受けた魔法も自動的に《学習》するよ」
「でも、安心かな?」
「安心だよ。《属性紋》を常に張らせるようにしてあるから、相手の攻撃がこっちに届く前に防御してくれるよ」
「《属性紋》は、その属性のマナを溜め込む性質のある魔方陣の一種かな? 普通はそれからマナを取り出して使うけど、これはそれを逆に応用するのかな?」
「そうだよ。いわば『マナの収容器』だよ」
「それに、《属性紋》最大の弱点も問題ないのかな?」
「問題ないよ。もう《属性紋》をこの兜の内側に刻み込んであるから、いちいちその場で描かなくても瞬時に発動できるよ」
「それにそれに、この中には人間の意識も入ってるのかな?」
「入ってるよ。だから、自分で考えて、自分で自分の身を守ってくれるよ」
「でも、なんで入っちゃったのかはよく解らないのかな?」
「よく解らないよ」
「たぶんグヴェルたちが天才だからかな?」
「天才だからだよ。《神層学習》の術式が完璧すぎて、神様が人の身体と間違えちゃったんだよ」
「でも、別に安心かな?」
「別に安心だよ。この人間は、ガヴェルたちが殺したわけじゃないよ」
「殺したわけじゃないかな? だから、別に呪いのアイテムじゃないかな?」
「呪いのアイテムではないよ。だから、安心して被ってみてほしいよ」
「これを被れば誰でも簡単に最強魔道士! かな?」
「これを被れば誰でも簡単に最強魔道士! だよ」
不意にむんずと掴み上げられたと思うと、何かが『俺の中』にスポッと収まったような感覚。と同時、
『え?』
虹色の光線が下から俺を貫いた。
火山の噴火のように凄まじい速度の、光の奔流。
それは俺の体内を過ぎ去っていきながら、俺の身体に――否、魂に『文字』を刻みつけていく。
『黒魔法』
『黒魔法』
『黒魔法』
『黒魔法』
『黒魔法』
『黒魔法』
『黒魔法』
『白魔法』
『白魔法』
それから先は、矢のように過ぎ去っていく言葉をもはや認識しきれない。
虹色の光も目で追えない。
視界全てがただ白く輝く、気が触れてしまいそうな騒々しさ。
「ああ、うるせえ! なんなんだよ、これ!――って、あれ?」
思わずそう叫んだ瞬間、その情報の洪水がピタリと止んだ。
そして、目隠しが取られたように周囲の景色が開ける。
――っていうか、喋れる?
俺は呆然としながら、石造りの手狭な部屋の中を見回す。
――どこか店の中……か?
だがそれにしても、この視点の高さはなんだ?
俺はなぜか天井がやたらと近い場所にいて、カウンター台の向こうからは、双子らしき十歳くらいの少女たちが、ワクワクと目を輝かせているような目でこちらを見上げている。
「うるさい」
真下から野太い声が聞こえてくる。
「うおおおおおおおおっ!?」
俺を被っていた(?)巨人の男が、不意に俺の身体を持ち上げて、カウンターにゴトンと音を立てて置く。間違いなく死ぬと思ったが、不思議となんの痛みもない。
――な、何がどうなってんだ!? 夢か!? これは悪い夢なのか!?
そうひたすら混乱する俺をよそに、男――白髪の交じった黒い長髪を頭の後ろでまとめ、口元には短く髭を生やした男は、丸太のような腕を組んで言う。
「こんな物はいらん。捨てろ」
「な、なぜなのかな!?」
「なぜなんだよ!?」
「オレは兜が嫌いなんだ。暑苦しいからな。それにだ、一つ訊かせろ。これはオレに買わせようとしている物なんだよな?」
「もちろんかな?」
「もちろんだよ」
「なら教えろ。オレの能力を習得した兜をオレが被ることに、一体なんの意味があるっていうんだ?」
「…………あれ?」
「…………あら?」
「意味……あるかな?」
「意味……ないよ?」
「このバカどもが」
呆れ返ったように言って、男はこちらへ背を向ける。
ぼろ切れのような茶色いマントを羽織ったその大きな背中には、一振りのブロードソード。その鞘も柄も、戦いの年季が刻まれたように様々な傷でボロボロである。
その出で立ちは、さながら歴戦の剣士。
俺は男でありながら、思わず一瞬、その男の背中に見惚れて、それから、
「お、おい、ちょっと待ってくれ!」
慌てて男に問いかける。
「兜……? 兜って……俺のことか!? まさか、俺は兜になってるのか!?」
「ああ、その通りだ。お前はそこのバカどもの手で、その中に意識を閉じ込められちまったらしい。……全く、憐れなヤツだ」
男はそう言うと、何か思いついたような顔で俺を掴み上げ、そのまま窓へと歩み寄る。そして、両開きのそれを押し開く。
すると、むっと熱気が押し寄せてくる。いや、熱気どころじゃない。
「熱っ!?」
『暑い』じゃない、『熱い』だ。
全身が一気に焼きついていくような、凄まじい熱気が室内へと流れ込んでくる。ついでに、温泉街どころじゃない強烈な腐卵臭も。
「な、何をする気なのかな?」
「何をする気なんだよ?」
「コイツは危険だ。今のうちに処分しておく」
「そんな! それはガヴェルたちが頑張って作った芸術品かな!?」
「そ、そうだよ! 失敗なら失敗で、他に使い道があるよ!」
「ダメだ。俺と同じ力を持っているヤツがいるなんてのは見過ごせねえ。間違いなく、後々厄介なことになる」
そう言って、まるで鼻をかんだティッシュを捨てるみたいに、男は俺を窓から投げ捨てた。
身体が宙に舞う。
眼下に広がるのは、目を突き刺す鮮烈なオレンジ色。
勘違いでなければ、燃えさかるマグマである。
質問。
兜が空中でできることは?
答え。
そんなもん、あるわけない。
「おあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
俺はただ叫ぶことしかできないまま、真っ逆さまに灼熱地獄へと落下していく。
すると不意に、俺の前に不思議な紋様が浮かび上がった。
星座記号を十倍は複雑にしたような、曲線で構成された紋章だ。
そんなものを見るのは当然、初めてだったが、俺にはなぜかその意味が瞬時に解った。
火の《属性紋》――
火属性のあらゆる脅威を防ぐ、魔力の防壁。
だが、いくら防壁が張られたとて、マグマの中へ全身突っ込んでしまえばなんの意味もないだろう。
――あ、また死ぬのか、俺?
『二回目』にして、早くも死に慣れてしまったのだろうか。俺は冷静にそんなことを思いながら、ドバンと重たい水音を立ててマグマに落下した。
視界は眩いオレンジ色。
鉄をも溶かす流体に呑み込まれ、俺の意識もすぐに溶けてなくなるだろう……。と思ったのだが、
――あれ? 何も感じない……?
退屈な映画を見ているみたいに、何もかもが他人事だった。
流されていくような感触はわずかにあったが、熱くもなんともない。
が、しかし、
「いや、ちょっと待て! このままじゃ……!」
身体は下流へと流されながら、ズブズブと少しずつ底へ底へと沈んでいっている。
何も熱さを感じないのはいい。
だが、このまま地の底に沈んでしまったらどうなる?
固まった岩石の中で化石のように眠るのか?
あるいはマグマの中を浮かんだり沈んだりし続けるのか?
ずっと? 独りで?
――ふざけるな! そんなのは想像するだけでゴメンだ!
ようやく恐怖に実感が湧いてきて、頭が回転し始める。ふと思い出す。
さっき頭の中を駆け巡った凄まじい量の色彩――その情報の中に、
『白魔法』
があった気がする。空中を自在に飛ぶことができる、風属性の白魔法だ。
使ったことも見たこともないはずなのに、なぜそんなことが解る? 自分でも不思議だが、そんなことを気にしてる場合じゃない。
「《レビテーション》!」
魂を込めて叫ぶ。
と、ロケットみたいなスピードで俺の身体が浮き上がった。が、
「う――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
飛翔。
力が上手く制御できず、マグマを突き抜け、周囲にそびえる峻厳な岩山よりも遥か高く俺は飛び上がった。
そのまま、まさにロケットのように雲に突入。
視界は純白に包まれ、それからすぐに深い青が目の前すべてに広がる。そして、
『ふわっ』
身体全体に不思議な感覚。それを挟んで、緩やかに落下が始まった。
上がったら次は当然、落ちるわけだ。まあ、そうだよな。
《レビテーション》を上手く操ることができれば問題ないのだろうが、今の自分にその力はない。この位置から下手にそれを使えば、今度は本当に宇宙まで行ってしまいかねない。
というか、俺は今おそらく金属の肉体を持った生命――否、物体なのだ。落ちた衝撃で歪むことがあろうと、死ぬことはないだろう。たぶん。
とは解っていても、
「ひぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっっ!
俺はひたすら叫び声を上げながら、流れ星のように地上へ落下していった……。
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