第2話 『比べ合い』の矢文

 そして桜子お嬢さまのご推察なされた通り、半月ほど経った後。

 九州お嬢さま連合から関西お嬢さま連合に対して、『比べ合い』をする旨の和歌が詠まれた矢文が届けられたのでした。


 もちろん読者の皆さまもご存じの通り、矢文といっても実際に弓で矢を射るわけではございません。

 古来よりの『比べ合い』の伝統に則り、文を矢に結んで相手方にお届けするのでございます。


「突っぱねるべきですの! 九州お嬢さま連合が狙っているのは関西お嬢さま連合筆頭の桜子さまの地位ですの! 『比べ合い』は申し込まれても、受ける義務はありませんもの!」


 『薔薇の園』にて雅お嬢さまが強い口調で主張されました。

 ですが桜子お嬢さまの考えは違っておられました。


「いいえ雅さま。古き良き『お嬢さま道』に則り、この『比べ合い』をお受けいたしますわ」


「ですが桜子さまにもしものことがあられましては……」


「わたくしたち関西お嬢さま連合は最も古い歴史と伝統を持ったお嬢さまの集まりとして、関東お嬢さま連合と並んで各地のお嬢さま連合のお手本となるべき存在ですわ。そんなわたくし達が『比べ合い』から逃げたとあっては、他のお嬢さま連合の皆さま方に示しがつきませんもの」


「桜子さま……」

「なんと見事なお心構えなのでしょうか」

「まさに誰もが認めるお嬢さまの中のお嬢さまですわ」


 桜子お嬢さまのいと尊きお姿に『薔薇の園』のお嬢さま方は皆一様に感服されたのでした。


「ではすぐにお受けする旨の返歌をお詠みして、九州お嬢さま連合にお届けすると致しましょう」


 桜子さまのお言葉で関西お嬢さま連合のお嬢さま方は心を一つにお合わせになって、九州お嬢さま連合と『比べ合い』をなされることをお決めになりました。


「それで桜子さま。『比べ合い』の競技はなんなのですの?」


 雅お嬢さまの質問に、桜子お嬢さまは少し思案気にお答えになります。


「『カラオケ』と書いてありますわね」


「からおけ……ですの? 初めて聞く単語ですの。いったいどのような競技なんですの?」


「残念ながらわたくしにも分かりかねますわ」


「桜子さま、雅さま。わたくし、庶民の遊戯にそのようなものがあったと記憶しておりますわ」


 そこで佐知子さまがしずしずとお手を上げてから仰られました。


「庶民の遊戯? それはお嬢さま同士の『比べ合い』にはいささかそぐわないと思いますわ。きっと別のことではないでしょうか」


 桜子お嬢さまの言葉に、


「まったくですの!」

「お嬢さまの『比べ合い』にはそれ相応の格というものがございますものね」

「仰る通りですわ」


 雅さまお嬢さまを始めお嬢さま方はみな一様に賛意をお示しになられました。


「ではどなたか『カラオケ』なるものがなんなのか、お分かりになる方はおられますか?」


「申し訳ありません桜子さま、わたくしたちも分かりかねますわ。ですが『から』は古い中国のことであり、『オケ』はオーケストラの略称と考えれば、中国の古典雅楽の一種ではございませんか?」


「なるほど、その推理は実に論理的ですわね。さすがは幼い頃より声楽を始め様々な音楽に取り組んでおられる佐知子さまですわ」


「お褒めに預かり光栄ですわ」


「そういうことでしたら、中国にルーツをお持ちで中国古典文化にも精通なされているシャオ・メイニャンさまにも同行していただきましょう」


「それがよろしいですの!」


 こうして関西お嬢さま連合の精鋭お嬢さまたち、


 筆頭お嬢さまの桜子お嬢さま。

 向日葵のような笑顔が魅力の雅お嬢さま。

 声楽のスペシャリストであられます佐知子お嬢さま。

 中国古典文化に精通しておられますシャオ・メイニャンお嬢さま。


 は、中国の古典雅楽を深く掘り下げてお学びになってから、まさに万全の対策をなされて『比べ合い』に指定された場所へと向かわれたのでした。

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