第三章 俺の海と君の星空
第39話 バージョンアップ
悪夢なんて見たことがない。
夢は夢でしかなくて、痛みも、苦しみも、恐怖も、夢の中の出来事だ。
そんなモノは悪夢といえない。
――現実の方が、遥かに悪夢だ。
俺は異世界に転生してバルバルなんて蛮族の親玉になり、沢山の戦争を駆け抜けた。
最前線で敵軍を蹴散らし、敵将の首を取り、時には自分の体を切り裂く痛みに耐えながら、自軍を勝利へと導いた。
俺は、まだ、十五才のガキだ。
日本なら中学校を卒業して、高校へ進学する年齢だろう。
ワオワオ大騒ぎして楽しい青春時代のはずが、ワーワー叫びながら血と汗にまみれて戦っている。
――それも傭兵として、金のために。
多分、日本人の価値観からすると悪夢だろう。
「今の君の人生は、そんなに悪いの? 悪夢なの?」
誰かが俺に話しかけている。
混濁していた意識がクリアになって、体が急速に浮上していく。
「誰だ?」
目を開くと、一面真っ白な世界に俺は立っていた。
フワフワして、上下の感覚がない。
俺の目の前には、見覚えのある男が立っている。
こいつは……。
「天使か!」
「そうだよ! 久しぶりだね! どう? 転生した二度目の人生をエンジョイしているかな?」
目の前にいるのは、転生する時に世話になった天使だ。
「ここは、どこだ? 何しに来た?」
「君たち人間の言葉で表現するなら、ここは夢の中ですね。現実世界のあなたは眠っています。私が意識だけ呼び寄せたのです。情報のアップロードとアプリのバージョンアップをしますよ!」
「アップロード? バージョンアップ?」
俺は天使の言うことが理解不能だった。
詳しい説明を天使に求める。
「神様もあなたのことは気にかけているのです。我々のミスで日本の人生を終らせてしまいましたから。ですので、転生してからの様子を知りたいのです。あなたの持っている情報、つまり記憶をアップロードしてもらいます」
「そうか……。わかった……」
拒否する理由もないので、俺は天使の要求を承認した。
すると頭が猛烈に痛くなった。。
「イタタタ!」
「情報アップロードの間は、脳に負荷がかかるから、ちょっと痛みを感じるよ」
「先に言えよ!」
「アプリのバージョンアップもやっておくから、さらに痛いよ」
「あばばばば!」
俺は激痛に身もだえしているが、天使は楽しそうにしている。
「へえ! 傭兵! うわ! 派手に戦ったね! こんな殺し合いが続くなら、悪夢と感じるかもね!」
俺の記憶を見ているのだろう。
他人事だと思って、気楽だな。
こっちは毎回必死で戦っている。
人の人生をエンタメ化しないで欲しい。
「わあ! 結婚したんだね! おめでとう!」
「あり……が……とう……。いつ……終るんだ?」
「もうすぐだよ。はい、終った!」
ヒドイ頭痛がしていたが、ピタリと収まった。
「それでどう? 転生した二度目の人生は、ひどい悪夢なのかな?」
天使は心配そうに聞いてくる。
それなりに責任を感じているのがわかった。
悪夢か……。
そうだな、俺が日本人なら……。
「いや……、充実しているよ。ありがとう。神様にもお礼を伝えてくれ」
俺はこの異世界で生きる場所を得た。
この世界の家族もいるし、仲間もいるし、頼られている。
人を殺すのにも、殺し合いにも慣れてしまった。
家族と仲間と自分のために戦う。
迷いはない。
「そっか! 充実した人生で何よりだ! じゃあ、そろそろ行くね! また、様子を見に来るよ! じゃあね!」
「ああ、またな!」
*
「ガイア! ガイア! 大丈夫?」
「うおっ!」
目が覚めると、ジェシカが心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた。
俺とジェシカは、十五才になった。
結婚して一緒に住んで、子作りに励んでいる。
月月火水木金金!
夜夜昼夜夜朝朝!
くらいの勢いで頑張っている。
だが、種族が違うと子供が出来にくいらしい。
まだ、俺とジェシカに子供はいない。
「熱が出ていたし、うなされていたのよ……。二日も!」
俺の額には、濡れタオルがのせてあった。
ジェシカは濡れタオルを俺の額から外すと、額と額をくっつけた。
「うん! 熱が下がった!」
十五才になったジェシカは、出会った時より成長して色気が出てきた。
まな板だった胸は、推測Cカップにまで育った。
そして日々すくすくと成長は続いている。
「ガイア、どう? 動けそう?」
俺はゆっくりと起き上がると、手を握ったり開いたりして、体の調子を確かめた。
手に力は入るし、意識もはっきりしている。
ダルさもない。
「ああ、大丈夫そうだ。動けるよ」
「じゃあ、ロッソを呼んでくる」
ジェシカは、テントから出て行った。
俺たちバルバルの攻略部隊は、海を目指してテリトリーを北へ広げている。
ここは攻略部隊が張ったテントの中だ。
ジェシカは熱が出たと言っていたが、天使が出てきた夢の影響だろうか?
夢にしては、やけに現実感のある夢だった。
天使はアプリをバージョンアップしたと言っていた。
アプリはスキルのことだろう。
天使の出てきた夢が現実なら、俺のスキルに変化が加えられているはずだ。
「スマッホ!」
俺はスキル『スマッホ!』で情報画面を呼び出した。
だが、特に変化はない。
ボタンや表示されている情報は同じだ。
続いて、色々な言葉で話してみる。
バルバル語、エルフ語、ヴァッファンクロー帝国語、アルゲアス王国語、リング王国語……。
どの言葉も問題なく話せる。
最後に指先を鉄のナイフで、ちょっと傷つけた。
血がジンワリにじんだ後に、シュウシュウと音を立てて傷が修復しだした。
傷の治るスピードや治り方も同じだ。
特に違いは感じられない。
(天使は、『バージョンアップした』と言っていたが……。本当に夢だったのか?)
俺は、『バージョンアップ』について考えるのを止めて、テントから外に出た。
ちょうど朝食の時間で、あちこちで鍋から湯気が立っている。
「おう! ガイア! 良くなったのか!」
ジェシカが大トカゲ族のロッソを連れて戻ってきた。
相変わらず声も体もデカイ。
「ああ。心配かけたな」
俺はロッソの背中をポンと叩く。
この世界に転生したての十三才の頃は、ロッソを見上げていたが、俺も成長して背が伸びた。俺の背丈は、約百七十cm。
頭がロッソの胸まで届くようになった。
「じゃあ、メシ食ったらヤルか!」
「ああ、やろう!」
海まで、あと少しだ!
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