第3話:もう一度魔女に会いに

 家に戻ったネラは、割れた鏡を元に戻しました。そして鏡の中の男性に問いかけます。


「……ねぇ、元の姿に戻りたい?」


 鏡は答えません。すると、ネラは彼に嘘をつけなくなる魔法をかけました。


「戻れるのなら、戻りたいです」


「……世界一美しいのは誰?」


「っ……ビアンカ……です……」


「……わたくしのことどう思う?」


「つ、都合の良い……女だと……思ってます……」


 彼女の機嫌を損ねてしまえば永遠に鏡から出られないと怯えながらも、嘘をつけない魔法にかけられた鏡の中の男性は、震える声でネラの質問に答えます。


「……そう。……そうよね。貴方は最初から、わたくしの容姿しか愛していなかったのよね」


「はい……そう……です……」


「……知ってた。……貴方みたいなクズ野郎に執着したわたくしが馬鹿でしたわ」


 ネラはそう言って、魔法の杖を持ちました。そして魔法の鏡に向けます。すると、鏡の中から男性が出てきました。震えながら、怯えるように自分を見つめる男性にネラは魔法の杖を向けます。男性が思わず死を覚悟し、目を閉じたその時でした。


『そう。なら、あなたはまだ誰も殺めていないのね。良かった。そんなクソ男のせいであなたの綺麗な手が汚れてしまうなんて勿体無いわ』


 ネラの脳裏に、ビアンカの言葉が蘇りました。ネラはハッとし、静かに杖を下ろし、言いました。


「貴方を解放します」


「どういう……風の吹き回しだよ……」


「……約束して。もう二度と人の容姿を馬鹿にしないこと。それと、人の恋心を踏み躙らないこと。約束を破れば、貴方は死ぬ。そういう呪いをかけたから」


「っ……魔女め……」


「ふふ。約束さえ守れば自由よ。貴方がわたくしにした仕打ちに比べたら軽すぎる罰ですわ。……憎しみが殺意に変わる前に、わたくしの前から姿を消しなさい」


 ネラが魔法で扉を開けると、男性は逃げるように走り去って行きました。その後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、ネラは深いため息を吐いて座り込み、膝に頭を埋めて静かに泣きました。

 呪いをかけたというのは嘘でした。ネラは彼を殺してやりたいほど憎んでいましたが、ビアンカの言葉が、彼女を罪を犯す前に止めたのです。




 一方その頃、自由になった男性は鏡の中で見たビアンカを探していました。どうやら懲りていないようです。

 花束を持って家を訪ねてきた彼に、ビアンカは言います。


「わたし、男性は恋愛対象外なの。女性に生まれ変わって出直してくるなら、考えてあげなくもないけれど……そうねぇ、あなた、人を物としか思って無さそうだし、やっぱり女だったとしても無理ですわね」


 すると彼は逆ギレし、ビアンカに手を上げようとしましたが、あっさり返り討ちにあい、家を追い出されました。


「……あの人、もしや、ネラさんが閉じ込めていた人では?」


 逃げ去っていく男性を見つめながら、インダが苦い顔をしながらつぶやきます。


「ネラさん? 誰?」


「あぁ、ヴィオラはあの時いなかったな」


 インダはヴィオラに先日やって来たネラのことを話しました。


「私は大歓迎よ。人が多い方が楽しいもの」


「ヴィオラはそういうと思った。ビアンカと同じくらい女好きだもんね……」


 ロッサが苦笑いしながらため息をつきます。

 ビアンカの恋人達は互いの存在を受け入れあってはいるものの、全く嫉妬しないわけではありませんでした。


「……決めました」


「ん? 何を?」


「ネラさんに会いに行って来ます」


 そう言って家を出て行こうとするビアンカを止めたのはロッサでした。


「あんた、まだ諦めてないわけ?」


「そういうわけではないわ。ただ、彼女の様子が気になるの」


「……本当にそれだけ?」


「ええ。それだけよ。わたしは別に無理強いする気はありません。ジャラ、一緒に来てくれないかしら」


「えっ? あたし?」


「えぇ。あなたが居ると場が和むから」


「えへへ。褒められた」


「他のみんなは留守番ね。行きましょう。ジャラ」


「うん」


 ビアンカはジャラを連れて、ネラの住む家を調べるために街へ向かいました。

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