第2話:この世で一番美しい人
それから数日して、使い魔がビアンカの住んでいる家を特定しました。ネラは毒を混ぜたリンゴを持ち、ビアンカの家を訪問しました。
「訪問販売をして周っているのですが、よろしければこのリンゴを一つ買っていただけませんか?」
ネラが家のドアをノックしながらそう声をかけると、中から赤い髪のショートカットの女性が出てきました。鏡に映っていた女性とは似ても似つきません。
「まぁ、美味しそうなリンゴ。けれど、三つしかないのね。うちは八人暮らしだから、全然足りないわ」
「……八人?随分と大所帯なのですね」
「女八人でシェアハウスをしているの」
ネラが訪問した家には、計八人の女性が住んでいました。ネラの対応をするために出てきた赤髪でショートヘアの活発そうな女性はロッサ、中にいる橙色の髪でロングヘアの大人しそうな女性がアラン、黄色い髪でツインテールの少女がジャラ、アランの後ろに隠れている緑の髪で三つ編みの女性がヴェルデ、青空色の髪でショートボブの眠そうにあくびをしている女性がチェレステ、彼女が寄りかかっている藍色の髪をポニーテールにしている凛々しい女性がインダ。そして——
「あらロッサ。お客様かしら?」
別室からバスローブを羽織って出てきた白い髪の女性が、魔法の鏡が世界一美しい女性だと称したビアンカ。ちなみに、最後の一人である紫髪の女性ヴィオラは、ビアンカが出てきた部屋の中のベッドで眠っていました。
ネラはビアンカに、思わず目を奪われました。雪のように白い、シワ一つない肌、吊り目がちで色気のある目、整った顔立ちに、バランスよく配置されたパーツ、すらっと伸びた長い手足、そして色気のある聞き惚れてしまうような綺麗な声——鏡が美しいと称するのも納得してしまうほどでした。ネラは思わずリンゴの入ったカゴから手を離してしまいました。するとビアンカは慌ててそれを床につく前に掴み、ほっと息を吐きました。
「大事な商売道具なのでしょう? こんなに艶が良くて美味しそうなリンゴなのに、落として傷でもついたら価値が下がってしまいますよ」
ビアンカの優しい微笑みを見たネラは、自身の心の醜さを恥じ、惨めな気持ちになり、泣き崩れてしまいました。ビアンカは驚きつつ、彼女を家に招いてお茶を出しました。
ネラは素直に、リンゴに毒が入っていることを告白しました。するとビアンカは机に肘をつき、笑いながらこう言いました。
「あなたのような美しい女性に自分より美しいからと妬まれ、殺されるなら、それはそれでありかもしれませんわね」
同居する女性達は呆れ、ネラもきょとんとしてしまいました。
「すみません。この人ちょっと変わってるんです」
そう言ってロッサがビアンカの頭を小突きました。
「けど魔女様、どうしてそこまで一番にこだわるの? ビアンカお姉様も綺麗だけど、ネラ様も同じくらい綺麗だよ? 一番じゃなきゃ駄目な理由でもあるの?」
ジャラが首を傾げます。ネラが美しさにこだわるのには理由がありました。
ネラは幼い頃、恋をした男性から醜いと蔑まれ、容姿にコンプレックスを持っていました。努力を重ね、美貌を手に入れ、見事意中の男性を振り向かせることが出来たのですが、しばらくして、彼はネラより若く美しい女性に浮気してしまいました。彼に捨てられたネラはさらに美しさに磨きをかけ、浮気相手から取り返すと、彼を魔法の鏡に閉じ込め、毎日こう訪ねました。「この世で一番美しいのは誰?」と。そう、魔法の鏡の正体はネラが愛した男性だったのです。
鏡に閉じ込められた男性はネラに媚びを売るために彼女を褒めました。しかし、ビアンカの姿を見て一目惚れをしてしまった彼は思わず言ってしまったのです。ビアンカが世界一美しいと。
「浮気相手の女性は殺したのですか?」
「いいえ。彼女は殺さなかったわ」
「鏡の中に閉じ込められた男性は? まだ助けることは出来ますか?」
「鏡を直せば、中から出してあげることは出来ます」
「そう。なら、あなたはまだ誰も殺めていないのね。良かった。そんなクソ男のせいであなたの綺麗な手が汚れてしまうなんて勿体無いわ」
そう言ってビアンカは、ネラの涙を指で拭い、こう続けました。
「そんな男こっちから捨てて、わたしに乗り換えない?」
「へ……」
ネラはきょとんとしてしまいますが、女性達は「言うと思った……」と呆れるように苦笑いします。
「女は愛されて美しくなるのよ。わたしがあなたの美しさを磨き続けてあげる」
「正気ですの? わたくしは……貴女を殺そうとしたのですよ?」
「ええ。けど結果的に、あなたは誰も殺していないわ。醜い嫉妬心に飲まれかけた自分を認めて謝罪した。この件はこれでおしまい。わたしは何も被害受けてないもの」
「……貴女はどうしてそんなにも優しいの……」
「誰にでも優しいわけじゃないわ。あなたがほしいから優しくしてるの。ネラさん、わたしの八人目の恋人にならない?」
「は——今、なんて?」
ネラは耳を疑い、聞き返しました。するとビアンカは悪びれる様子もなく笑顔で繰り返しました。
「八人目の恋人にならない? って」
「八……?」
「この家に住む子達はみんなわたしの恋人なの。あなたさえ良ければ、その一人になってほしい」
「っ……ふざけないで!」
ネラは彼女の手を振り払い、叫び、家を飛び出ていってしまいました。
「あーあ。逃げられちゃった」
「まぁ、一番にこだわる人だったから。普通に考えて無理よ。てか、初対面だし」
「……仕方ないわ。一人の人間だけに一途に愛を注ぐ。恋愛の常識だもの。わたしみたいに、一途になれない人間が理解され辛いことは理解しているわ」
走り去っていくネラを見つめたままそう呟くビアンカは寂しそうでした。
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