第22話 赦鶯の憂鬱

 キョンシーの襲来に会い、九死に一生を得た赦鶯シャオウは絶望感に打ちひしがれていた。


(俺に必要なのはキョンシーに負けない体力)


 そう思うのに体が全く動かないからだ。


 というのも、さかのぼること数日前。


 赦鶯はキョンシーに噛まれた事に少なからず衝撃を受け、自らを高める為にと兄を頼った。そして優秀な軍人を採用する武科挙ぶかきょを主席で登第とうだいしたという男を紹介してもらったのだが。


(あれはたぶん、人智じんちを超えた化け物だ)


 珍しく軍部に顔を出した赦鶯を待ち構えていたのは、まるで妖怪ぬりかべのような強靭で凶暴な見た目をした男だった。


不退転ふたいてんの決意をもち武道を極めたいと願っておられると天子様より伺っております。微力びりょくながら私、吴然ウウランがお手伝いさせて頂きます」


 その名を吴然という男は、何でも軍部一、武道に優れた男らしい。


(俺は全く持って不退転の決意など持っていないが、大丈夫だろうか)


 ただ、今より少し体力がつけばいいといった程度。そんな軽い気持で兄に武人を紹介して欲しいと頼んだ赦鶯はこの時点で嫌な予感がしていた。


(俺は確か、体力作りの為に効果的な方法を知る師を紹介してくれるよう、頼んだはず)


 そもそも適材適所の人員配置がまつりごとには重要だと心得ている赦鶯。

 だから、今まで書庫に浸り知識を蓄える事ばかりに注力してきた。そんな人生を歩んだ自分が今更筋骨隆隆きんこつりゅうりゅうな武人に変化を遂げられるとは微塵も思っていない。


 しかしやる気に満ちたぬりかべな男は何か誤解している上に、完璧主義らしい。


「赦鶯様がようやくやる気を出されたと、天子様も喜んでおりました」

「ふむ」

「しかしながら、幾分開始時期に憂いがあります」

「まぁ、既に十八歳だしな」

「ですから、練習は強めに組みました」

「ん?強めとは?」


 不審に思い、そしてやはり嫌な予感しか受けなかった赦鶯は念のため聞き返したのだが。


「お任せください!!」


 全力で流された。

 その結果うさぎ跳びから始まり、弓引きの練習までさせられた赦鶯。

 翌日、見事寝込む事になったのである。


 そして赦鶯は思った。


「そうだ、霊符があるじゃないか」


 赦鶯は確かにキョンシーに襲われた。

 しかし自分についている部下の一人、燈依トウイの妹とやらが渡してくれた木札。それがキョンシーの攻撃から赦鶯の身を守ったのである。


(霊符か……)


 あれには確かに不思議な力があったと赦鶯は振り返る。


天行てんこうけんなり。君子くんして自らつとめてまず」


 赦鶯は一人呟く。

 これは五経ごきょう易経えききょうの一節。天地の運行が健やかであるように、君子も自ら勉め励むことをやめてはならない、そんな意味だ。


「そうか。学ばなければ」


 霊符の力。その霊符に霊力を込める道士の力。


(うむ、気になるな)


 学びたいという欲求に駆られた赦鶯を止める者はいない。


 気づけば赦鶯は休みを利用し、桃玄道士隊の本拠地だという義荘ぎそうに足を運んだのであった。

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