第8話 ヤバイよヤバイよ

「おお、赤くなってる」


 風呂から出た俺は足元でコロンと転がるように置かれているソフトボール型発電機を眺める。15分程前はほんのり光る程度だったのが、風呂から上がって見てみると、光が赤くなっていた。


 とりあえず体中から吹き出す汗を引かせるために蛇口を捻って水を飲む。ちょっと前なら冷えたビールが登場する場面なんだが、なんやかんやでビールとタバコは控えているのが現状だ。


 この時期、真夏の水道水はビールの様には体を冷やしてはくれないが、流れ出る汗を補ってはくれる。扇風機の風量を最大にして目と鼻の先に汗の吹き出す体を放り出す。


 少し怖くなる程の音を立てて吹き付ける強風がガンガン俺の体を冷やしていく。ものの数十秒で俺の汗は引いていく。こんな単純な構造で絶大な効果を上げる扇風機、コレを開発した人はノーペル賞でもいいんじゃないかと思ってしまう。


 汗が引いたところでパジャマを着た俺は早速鑑定をかける。



【発電機(完全蓄積済み)】

 エネルギー体に含まれる力を電気の力に変換する電気道具。最大まで電気力を蓄積して発電を止めている状態。使用されたエネルギー体は消滅する。



 うん、それはわかってます。知りたいのはコレをどうしたらいいのかって所なんだが。たまにこういうところあるよな、鑑定って。



【発電機(完全蓄積済み待機状態)】

 エネルギー体に含まれる力を電気の力に変換する電気道具。最大まで電気力を蓄積して発電を止めている状態。使用手順が決定しないのは、ただ使用者が使用方法を決めていない為である。使用されたエネルギー体は消滅する。



 おお、なんか文言が変わったぞ。そうか、俺がコイツをどうやって使うかを決めてないから使い方が現れないんだな。なるほど……まあ、よく理解できたから若干批判めいた文章には目を瞑ることにしよう。



 使い方か……


 押し入れから布団を出してきて寝る準備を整える。その間にこの発電機の使い方を考えていく。


 ゲームがどこまで現実世界に干渉できるのかが分からないが、ここまでの経緯を振り返ってみると、結構な干渉をしている。


 俺の夕飯、コンビニ弁当の数々を消費し、床を水やら血糊やらで汚し、出てきた小石は俺の机の引き出しの容量を圧迫している。まあ、この際応急セットの事は触れまい。見切り品を使ったという事もあるし。


 とりあえず、ある程度はこの世界に干渉出来るとみるか。そうなると、この電力を何に使ってみるかだが…


 目の前には風量を落として首をふりふり、部屋中にそこそこの風を届けてくれている優良電化製品、扇風機様がおられる。とりあえず、扇風機様の元でご奉公願うか。



【発電機(完全蓄積済み電気道具待ち)】

 エネルギー体に……最大まで電気力を蓄積して発電を止めている状態。発電機にある差込口から他電気道具に電気力を供給する。……



 差込口? あったかそんなの?


 ソフトボールを全角度から確認するが、凹みが3つあるだけだ。1つは蓋を開けるスイッチ。あと2つのうちどちらかが対応する凹みか。


 とりあえず、蓋スイッチの隣りにある凹みに人差し指を入れる。すると、その部分がくるりと回転し、コンセントの差込口が現れる。ここに差し込めと言う事でいいんだろう。


 扇風機様のスイッチを切り、プラグを部屋のコンセントから抜いて発電機の差込口に差し込む。ここで扇風機様にもしもの事かあったら俺がこの夏を乗り切る為の必須アイテムを冷蔵庫に続き2つまでも失ってしまうことになる。


 しかし、俺も男だ。34歳、フリーター。電気代が少しでも浮く可能性があるなら、それにこの夏の生活を賭けるくらいどうってことは……無いはず。


 俺は思いっきり慎重にプラグを差し込んだ。


 ……何も起こらない。とりあえず、差し込んだだけで扇風機様に影響はなかった。後は扇風機様のスイッチを入れるだけだ。よし、思いきれ俺。


 扇風機様の弱スイッチを押しきると、扇風機様の羽が動き始める。首も回り始め、いつも通りのお姿を拝見できた。


 おお、これは凄い。ゲームで電力を得られたぞ。何というゲームだ。信じられん。


 感動で舞い上がる俺の肌を微風が通り過ぎる。そこでハッとする。


 あ、いや、違う。これは罠だ。そんな旨い話がある訳ない。そんなゲームがあるなら、それはマジもんの発電機。環境に影響しない費用もかからない。それこそノーベル賞だ。もしかしてこれは新手の詐欺じゃないのか。


 電力を使わすだけ使わしといて後から莫大な電気代が請求されるとか。いや、そもそも怪しいのはゲーム機本体である冷蔵庫のほうだ。滅茶苦茶冷えてるし。もしかしてあれで相当な電力を消費して、それがこの発電機に部分的に還元されてるのかもしれない。もし、そうなら、この冷蔵庫、ヤバいぞ。


 そこまで思い至った俺は急いで冷蔵庫の電源プラグを抜く。低いモーター音は消え、ただ扇風機様が首を振る機械音だけが残された。


 ヤバい、今月の電気代が心配になってきた。明日休みだし、調べてみるか。メーター見たら分かるかもしれん。


 扇風機様を発電機に差し込んだまま、微風に包まれて俺は眠りに落ちた。

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