巨大ロボ、動けませんッ!

稲苗野 マ木

第1話 発進

2040年、日本は未曾有の危機に瀕していた。“怪獣”の襲来である。

遡ること約十年、体長約6メートルはあろうかと言う羆の様な形をした生き物が東京湾上に出現した。

それは水面を這うように都心部へとにじり寄り、その剛腕で江東区の一部を破壊し、たった一日で死傷者は数千人に上った。

これを受け、日本政府は緊急の国会の後、漸くそれを危険認定。自衛隊に駆除命令を下した。

余談であるが、この国会中、数名の議員がそれを“怪獣”と呼称したことにより、これより出現する巨大生物を怪獣と呼ぶことが定着した。この巨大羆は後に“怪獣一号”と呼称されることになる。“号”という呼称は、それを台風等と同様の災害と認定した事に他ならず、その数が増えるほど、国民の不安も大きくなって行った。

怪獣一号(他の怪獣が確認されていた訳では無いため、当時の呼称は“怪獣”であるが、著者は常に読者にとり理解しやすい表現を心がけるべきとの考えのもと、後の呼称をさも当時から使用されていたかのように用いるものである)と自衛隊の攻防は二日二晩続き、江東区への被害はもちろん、自衛隊も多数の死傷者を出し、多くの兵器を失った。

その甲斐もあり、自衛隊は怪獣一号の無力化に成功。数多の近代兵器を用いた弾幕によって体液を撒き散らした怪獣一号は、その場に伏し、動かなくなったという。

それからというもの、おおよそ数ヶ月置きで東京のあちこちに怪獣が出現するようになり、その度東京は破壊されて行った。

度重なる限度のない災害に都民は恐怖、疲弊し、次第に東京を離れる者も多くなった。

これにより、日本のGDPは著しく低下。疎開先の町には浮浪者が溢れかえった。

更には、経済的困窮の煽りを受けた国民たちが『血税を弾薬に使うな』という旗印の下集い、各地で自衛隊員を襲うなどといったデモが過激化し、自衛隊は対怪獣への弾薬不使用を余儀なくされた。

そうして自衛隊は災害救助用の強化外骨格(パワードスーツ)を戦闘向けに改造し、対怪獣災害用外骨格部隊を新設した。(怪獣との先頭を想定していることはあくまで国民には非公表の話であり、表向きは怪獣がもたらした災害に対する復興や救助のための部隊とされている)

しかし、弾薬不使用、急遽の新技術投入に加え、次々と優秀な人員が戦死して行くことも重なり、自衛隊の武力は見る間に衰えていった。

その最中、怪獣は登場ごとにその強大さを増し、2040年8月、十八号を数えるその怪獣は、体長十五メートルは優に越えると目される巨躯に加え、犀や象のように堅牢な表皮を備えていた。それと比べてしまっては小バエ程度にも見える自衛隊の兵力では、立ち向かうことすら不可能であることは明白であった。

そのため、日本政府は怪獣十八号に対し自衛隊による駆除命令を下すことはなく、住民の避難、疎開を推し進めるだけに留まっていた。


ーー緊急日A首脳会談 A国某ホテル

国民が総毛立ち茹だるようなのは、真夏日の暑さのせいか、それとも国運を左右する緊張の表れか。

突如決まった異例の会談は、全国へ神妙に生中継されていた。

「齋藤君、君は自分が私に何を懇願しているか、一国を背負う者として理解しているか?」

日本国総理大臣齋藤の申し出を聞くや否や一文字に結ばれたA国大統領の口が開く。

「え……? えぇ、はい」

大統領は呆れていた。

「君はこれから、私が絶対に言いたくないことを言わせようと強いている。 それが分かっているのかと聞いている」

大統領は終始静かな怒りを表していたが、自国の大臣を気遣ってか、通訳はなるべく柔らかに伝えようと努めた。しかし、その場に満ちる緊張感までは拭いきれなかった。

「もちろん、あらゆる覚悟を決めてこの場に立っています」

「ああ! ではもういっその事はっきり言ってやろう! 我が国の誇り高き世界最高の軍隊と、貴国のちっぽけな……あー…………国防軍? とを比較した時、また、“あれ”と対峙すると考えた時、その武力の差に大きな隔たりはないという事だ! もちろん個々の軍人の練度、規模で言えば我が国の軍隊は世界最強である。だからといって、君は自国のちっぽけな軍人を守るために、我が家族たる精鋭たちの命を無駄に散らせというのか!?」

「う、あ……」

大統領の主張は最もだ。事実、この場に立つ齋藤も“数の差”程度にしか考えていなかった。

「もちろん、武力の差が無いなどということは君も理解しているだろう。それでも、それでも我が軍を以て“あれ”を制圧して欲しいというのであればーー」

「ーーえッ」

それまで流暢に大統領の言葉を訳していたクレバーな東大卒の通訳も、その大統領の言葉には青ざめた。

「ーーあ……うん、流石に今大統領がなんと仰ったか、それくらいは私にも分かる……がーー」

齋藤は俯き、数秒頭を抱えた後、大きなため息を吐き、続けた。

「ーー訳してくれ、私も自分の頭を整理したい」

六ヶ国語を駆使し、数多くの会談を円満に運ばせてきたこの名通訳にとって、かつてない程訳したくない言葉を、顔面に大量の汗を滴らせながら放つ。

「核しかあるまい……と」

「なんだ、その反応は。まさか想定外だったかね?」

大統領は一笑に付した。

「貴国も先進国の一員なれば、現代の技術において抜きん出た兵器を保有する軍隊などありはしない事、百も承知だろう。その上で私に頭を下げに来たとあれば、歴史上唯一の被爆国であり、散々我が国を非難してきた過去もありながら、あろう事か自国の心臓たる首都東京に、非核を宣う国のトップ自ら核ミサイルを撃ち込んでくれと、そう願っていると受け取るより他に何があるのか」

「そ、それはーー」

台風の中に投げ出されたかの如く、ジャケットまでその汗で水浸しにして狼狽える齋藤を他所に、大統領はさらに捲したてる。

いきなり怒りだしたかと思えば、次は幼子を諭すように優しい口調で状況を整理し、今は包み込むような微笑みを浮かべているようにも見える。A国の大統領とは、これほどまでに懐が深いものなのか。

「ふっ、もちろん私だって、友人たる君の頼みを無下にしようとは思わない。それが必要なのであれば、喜んでゴーを出そうーー。しかし、だ。これは親切心故の行動なのに、悪者にされたのでは気分が悪い。どうやら先程の通訳君の反応を見るに、この申し出は君の独断の様だね、齋藤君」

大統領の圧倒的な迫力に、齋藤は返す言葉を持たず、ただ口を開閉するだけだった。

「どうしてもそうせざるを得ないというのなら、そうだなーー。最低でも国民殆どの同意と、最新核ミサイルの影響が及ぶであろう首都圏周辺の人々全員の避難完了。これくらいはしてもらえるかな」

そんなことは不可能だ。出来たとしても、どれだけ時間を要するか分からない。

しかし、大統領の言葉が齋藤の提案をあしらう為のいい加減な無理難題ではなく、本当に核を撃ち込む想定の上発せられたものであることは、その場にいる誰もが理解していた。

「シャキっとしたまえ、日本のリーダー! 君が何も言わないのであれば、私は失礼させてもらうよ。そうだ、国民の避難先が無いと言うのなら、優れた和食屋の店主などは私の国に来ると良い。出店の手伝いをしよう。私は和食がたまらなく大好きなんだ」

大統領がそう言い捨てその場を去ると、齋藤はその場に伏せこんでしまった。

まるで、急に現れた太陽に当てられ溶けた雪だるまのように動かなくなってしまった齋藤に対し、通訳が誠心誠意優しく声を掛ける。

「ーーあー……齋藤さん、大丈夫ですか。あの、ここ借りてる時間もあるので……」

通訳が半ば強引に齋藤を抱え起こすと、振り上げられたその顔は数日間泣き通したかのようにしわくちゃであった。

「はぁー……帰りたくねぇな、日本」


ーー都内某所 区立荒草(アレグサ)高等学校

「あー、かねがね思ってはいたけど日本の総理大臣ってなぁダメだね。こんなに腰が引けちゃってさあー」

昼休み、携帯端末でテレビを視聴中の男子学生がカフェオレのストローを噛みながらボヤく。

「ホントだよなぁー。最近は日和ってて怪獣を駆除しようともしねぇし、日本はどうなっちまうのかなあ」

向かいに腰掛けた男子学生が陽気に返答した。そのテンポの良さからは、この二人は数年越しの長い付き合いであることが伺い知れる。

「日本どうこうよりもよー、心配なのは俺らの将来だぜー。こんな調子じゃ高校出ても就職なんか出来なくない? 俺らみんなプータローになっちゃうわけぇ? ああ、ムラッチは親父さんの工場継ぐのか」

言うや否や、向かいに座るムラッチこと村上に頭を引っぱたかれた。

「バカタレ! 継がねーよあんなだせえ工場! 第一、何やってるか今一つわかんねーしよー。そういうギンガはどーすんの? なんか夢とかある? 」

村上の問いかけに対し、飄々としていたギンガは、突然に神妙な顔つきになった。

そして、数秒俯いた後に答えた。

「俺はさ、ムラッチ。高校出ても、別の仕事してても、10年後も、ジジイになってもお前とダチでいてぇー」

「は? おい、急に何言ってんだよーー。まさかーー」

「俺さ、疎開すんだ。地方の親戚と母ちゃんがずっと話しててさ、やっと部屋見つけてもらって、家族皆で」

「いつ?」

「土曜」

ギンガは目線を逸らしながら、さも遠い日のように告げたが、それは明日だった。

村上は、なぜそんなにギリギリまで打ち明けてくれなかったのかと喚きたくなったが、常に周囲の人間には笑顔でいて欲しいというギンガの性格を知っていたし、いつでも危険と隣り合わせの東京に留まってくれと頼むことなどできようはずもなく、ただ黙っていた。

その後は何だかぎこちなく、放課後も別々に帰路に着いた。


ーー都内某所 村上家

その夕刻。

村上は一人で夕食をたべるところだった。

「いただきます」

その時、いつもは自分しか通らないはずと認識していた玄関の戸が勢いよく開かれた。

そこに立っていたのは、汗と機械油で汚れ放題の繋ぎを着た父だった。

「おう、帰ったぞ! 飯これからか! 間に合ってよかった! ほれ!」

父は、とても上機嫌な様子で村上の向かいに腰を下ろすと、懐から何かを村上へ差し出した。たこ焼きだった。

「ほうら、食え! ここのは無類だ。相変わらずお前の飯は美味そうだな! 俺も食っていいか? 飯、まだあるか? うんうん、よーしよし」

父は自分の茶碗を手に取り、炊飯器に手を掛けようとした。

「ーー手!」

「あ、は?」

「まず手ぇ、洗えよ親父」

村上は台所へ向かう父の姿を目視しては居なかったが、普段の傾向から、手も洗わずに飯を食べようとするであろう事は予測できていた。

「あ、あぁ、そうだな! まずしっかり洗わねえとな! 」

村上にしっかりと音が聞こえるように大袈裟に手洗いを済ますと、飯を山盛りに村上の正面に戻ってきた。

「ふぅ、はい、いただきまぁ~す」

咀嚼音と、食器のぶつかり合う音、時折父がたこ焼きを熱がる荒い呼吸が静かな二人の空間に響く。

「こうしてお前と飯食うのも久しぶりだな」

沈黙が気持ち悪かったのか、父はきまりが悪そうにその口を開いた。

「親父がいつもいないだけだろ。仕事かなんか知んねえけどよ」

「あー……すまねえな、いつも寂しい思いさせちまって」

「別にいいよ、ガキじゃあねーんだし」

「そ、そうか、ああ。そうだよな。ガキじゃねえもんな……」

「おう」

再びの沈黙と、村上が豚汁をすする音が響く。それを受けて、父も自然に豚汁をすすり始める。

数秒の後、二人が同時に豚汁の碗を置いたタイミングで、村上が重い口を開く。

「なあ、親父」

「うん? なんだ息子よ」

この父親は全く尊敬されていないため、普段は息子から会話が始まることなど皆無と言っても良い。そのため、父の口元には薄らと喜びの笑みが浮かんでいた。

「うちも疎開しよう。もう東京はダメだ」

「だめだね。うちには疎開した家族と離れても、村上工業で働き続けたいってやつらが山ほどいる。俺が折れちまったらそいつらの家族が路頭に迷う」

この父はいつもこうだ。自らの息子や妻を顧みず、いつも技術者として、また経営者として邁進し続けている。

だからこの父の返答は村上にとって、別段意外なことではなかった。

再び、暫くの沈黙が部屋を重く包む。

偶然、二人が同じタイミングでご飯茶碗を置いた時、ここぞとばかりに父はまた懐から何かを取り出した。

「あー、なんだ。ほれ」

村上は、父が差し出したものを半ば強引に握らされた。

「あ? なんだよ、これ」

三万円だった。

「思えば俺ァ工場籠りきりで研究研究でよ、お前に親父らしいこと何も出来てねーと思ってな」

「は? だからってなんだよこれ。意味わかんねーよ」

「でもよ、俺だって一応お前の親父なんだぜ。今日のお前がなんか落ち込んでることくらい分かる。能天気なお前が落ち込むってなよっぽどのことだろうな。俺の事情を分からんわけでも無いだろうに、急に疎開の話すんのも妙だ。大方、親友の……あー、ギンガ君だっけ? あの子が疎開することになったとか、そんなとこか」

図星だった。と言うよりも不自然なほどお見通しだった。

「な、何で分かんだよ……!」

「俺ァ正直言って、ロボット以外興味のねえくだらねえ男だから、落ち込む息子の肩を叩いて前向かせてやることも出来ねえ。だからせめて、金くらい渡してやろうと思ってな。それでお友達とパーッと遊んでこいや」

「親父……」

親として我が子に夜遊びを推奨するのは褒められたことでは無いが、村上は父親の厚意に目頭が熱くなりかけていた。

「おら、さっさと食って行っちまえ。食器は俺が片しとくから」

一気に残りのご飯をかきこみ、携帯端末でギンガへメッセージを送ると、靴紐も結ばないまま村上は家を飛び出した。

「ありがとう、親父! 」


ーー都内某所 荒草児童公園

「よお」

「おう」

メッセージアプリで一言ずつのやり取りの後、二人は荒草児童公園で落ち合った。

「わりぃなムラッチ。全然言い出せなくってよ、それでお前も怒ってると思って、こっちから連絡もしづらくってよ……」

「流石の俺も喰らったけどよ、気にしちゃあいねーぜ。だからお前も気にすんな」

「おう」

「それはそうと、親父から臨時収入があってよ、今日は俺が持つから朝までバカやろうぜ」

村上の厚意に、銀河の瞳は潤んでいた。

「あのケチで貧乏なお前の親父さんが!? ああ、ありがてえなあ」

「お前はいつも二言余計なんだよ! 」

村上が銀河の肩を殴る。

「いってぇ!」

「それはそうと、どこ行く? こんな時間だとどこも開いてねえか」

「誘っといて行く場所決めてねえのかよ! まあ俺らが豪遊しに行くとこなんて決まってるっしょ? 」

「だな! 」


ーー都内某所 ウルトラ天然温泉 スーパースパランド荒草

ウルトラ天然温泉 スーパースパランドは、全国に8店舗を展開する超大規模公衆浴場だ。

中でも荒草にあるスーパースパランド荒草は、約八万平米の土地に十二種の天然温泉と二十種の代わり湯に加え、八種のサウナと四種の水風呂、十種の岩盤浴(混浴化)と和洋中何でもござれな食事処を備えた、世界でも有数の温泉レジャー施設だ。

「やっぱ“スパスパ”だよなぁー。こんな素晴らしい施設が二十四時間やってるなんてよー、ほんと恵まれた土地だよなぁー」

「お前は明日引っ越すけどな! 」

「それを言うなムラッチーー! あー、やっぱ怒ってる? 」

「別に怒っちゃいねーよ! 風呂だからって湿っぽい話は無しにしようぜー」

「全然上手くねーし! 湿っぽい話始めたのお前だから!」

「ははは」


ーースーパースパランド荒草 男子脱衣所

「……」

「……」

二人は無言で生まれたままの姿になると、バンド付きのロッカーキーを腕に巻き、アイコンタクト一つの後、共に洗体場へ向かった。


ーースーパースパランド荒草 男子浴場内洗体場

「……」

「……」

二人は無言で、尚且つ素早く、それでいてしっかりと全身を洗うと、洗体に使っていたタオルで髪の毛を覆い、アイコンタクト一つの後、共にサウナへ向かった。

なぜ二人はここまで終始無言を貫き通すのか? 実は仲が悪いのか? 読者諸氏に於いてはそのような感想を持たれる者もあるかもしれない。しかし、これこそが公衆浴場での正しい振る舞いであり、最も楽しめる姿勢の一つなのだ。二人は共にそこの認識が合致しているから、数年来の親友でいられるのだ。


ーースーパースパランド荒草 男子浴場内サウナルーム内中温スチームサウナ室

「……」

「……」

スーパースパランドのサウナは全て、超一流サウナデザイナーであるカノタカフミ氏が代表を務める、ネオスオミ社が手がけている。

長椅子ではなく、壁から突き出た“板”に寝そべるタイプのサウナルームは、板下の蒸気の循環も確保しながら室内の酸素も保ち、サウナ初心者に於いても長時間心地よく過ごせるようにと思考が尽くされた職人業が光る逸品だ。

それだけにとどまらず、サウナ玄人にも嬉しいのが、全てのサウナ室は外壁が防音構造となっており、外部の音を完全シャットアウトする。ストーンが水滴を蒸発させる音が幾重にも反響する様は心地よく、誰もがこの空間では自然に口を閉ざす。カノタカフミ氏のサウナはすべて、精神統一の邪魔をするテレビやBGMを流すスピーカーなどの一切を排している。心理誘導で快適な空間を手がけるのはカノタカフミ氏ならではの空間デザインと言える。

さらに細かい点を上げれば、風除室付きの出入口は室内の気温を一定に保つために一役買い、低い位置に平に並べられたストーンは蒸気の幕を即座にサウナ室全体へ広げることが出来る。

このように、カノタカフミ氏のサウナへのこだわりは挙げ出せばきりがないが、スーパースパランドではその全てを余すことなく堪能出来る。

もちろんカノタカフミ氏及びネオスオミ社の名前が表に出ている訳では無いが、村上もギンガも、スーパースパランドのサウナは別格だと信じて疑わない。

「……ギンガぁ、今何分だ?」

「……わからん」

普段はサウナで口を開くことの無い二人だが、この日ばかりは何かと心がざわつき、話し出さずには居られなかった。

補足しておくと、二人はサウナ室の精神統一性を高めるため、タオルで顔を覆い隠す手法を取っている。そのため、サウナ室内の“12分計”が見えず、正確な時間が分からないのだ。

「そう言えば、俺たちが初めてあったのもこのサウナだったなあ」

「ああ、懐かしいなあ」


ーーそれは二人が中学に入学したての時、村上が小学生以下児童の利用が推奨されないサウナを初めて利用した時の事だったーー。

村上はその空間に驚嘆の色を隠せずにいた。老いさらばえた老人や、痩せこけた情けない風体の中年。更には顔に傷を蓄えた筋骨隆々の男まで、皆が叱られた子供のように大人しくその場を動かずにいる。

カノタカフミ氏の拘りサウナとはいえ、流石に最初はただ暑さを耐える場所だと思っていた。大人たちは、こんなのが楽しいのか?

その答えを探しつつ“板”に横になる。そしてまた考える。

夏の通学路よりずっと暑いのに、不思議と不快感は無かった。しかし、これは気持ち良いということとは違うのではないか?

そんなことを悶々と考え耽るうち、大人たちは一人また一人とサウナ室を後にし、気がついた時には村上はサウナ室に一人だった。壁の12分計は、既に二周目を終えようとしていた。まだ子供であることもあり、完全に入りすぎだ。

いい加減に飽きてきた村上は、サウナ室を去ることに決めた。

大人たちが水風呂に浸かるところを見ていたから、自分もそうしようと思った。

そうしてサウナ室を後にしようとした風除室で、恐らくは同年代であろう坊主頭の男児とすれ違った。

坊主頭の男児は村上を一瞥すると、緩く口角を上げ、鼻で笑った。

村上はそんなことを気にも留めず、火照ったからだを冷まそうと、最も温度の低いバイブラ(湯船の底からぶくぶく泡が出てくるタイプの風呂)に浸かった。

「冷た!! 」

余りの冷たさに村上は胸まで浸かったところで飛び出し、冷えた体を温めるためサウナ室へ帰っていった。

※補足しておくと、こういったサウナの利用法は推奨されないし、なんなら筆者は中学生の利用もまだ早いと思う。

サウナ室へ戻ると、先程の坊主頭の男児が奥側の板に寝そべっていた。

村上はその隣の板に横たわると、先程坊主頭の男児が、なぜ自分を見て笑ったのかを考えた。

自分が坊主頭の立場なら、なぜ笑うのだろうか。

『おうおう、真っ赤になって我慢比べから飛び出して、だせえやつだなあ。俺がたっぷり入っとくから、見とけよ』

そんな声が聞こえた気がして、村上は急に腹が立ってきて、今回は絶対に坊主頭より長くこの場に留まるのだと心に決めた。

それからどれほどの時が経っただろうか。坊主頭の存在は未だ隣に感じる。チラチラとこちらの様子を伺うような気配も感じる。

『こいつ、まだ耐えるのか? 結構やるじゃあないか』村上と坊主頭は、奇しくも同じことを考えていた。

ここで互いの健闘を称え合い、この蒸し暑い部屋を飛び出せたら、どれほど楽になれるだろうか。

そして、意地の張り合いの終焉は唐突に訪れる。坊主頭が上半身を起こしたと思ったら、そのまま横に腰を折り、“板”から半身を投げ出し干されたような状態で動かなくなってしまった。

それが何を意味しているのか、村上にはすぐ分かった。自身もギリギリの状態だったからだ。

坊主頭の容態を見るや否や村上は“板”から飛び降り、代表の水滴を手で弾き飛ばし、坊主頭をおぶさる形で抱えた。その体は人間とは信じられないほど赤く火照っており、熱かった。

自分とほとんど体重の変わらない人間を抱え、村上は水風呂へと向かった。

もちろん医療知識など持たないこの男は、のぼせ上がった人間に対して有効な応急処置など知る由もなかった。それ故に、何をすべきかと考えた際、導き出された答えは、“最も冷たい水風呂に投げ込む”だった。

豪快に飛沫を上げ沈んだ坊主頭は、そのまま動かなかった。

「し、死んだか……!?」

村上は、自分が水風呂に浸かることも忘れ、坊主頭の様子をただ見守っていた。そのときーー。

「ぶわあ!」

坊主頭が飛び跳ねるように水風呂から出てきた。

「やい、お前! 俺をサウナから出したのはお前か!? 」

坊主頭の人差し指が、村上の眉間に突き立てられた。

「そうだぜー。だってお前、いきなりぶっ倒れんだもん。我慢比べは俺の勝ちだな」

眼前の手を払い除けると、村上はぬるめの水風呂にゆっくりと浸かった。

「ひぃぃ! 冷た! 」

「誰の勝ちだとコラッ! 俺のが先に入ってたんだぜ。 お前が一緒に出たんなら俺の勝ちじゃあねーか! 」

唇を真っ青にしてガタガタ震える坊主頭は、声まで震えぬよう精一杯に叫んでいた。

「やるか、おう。そんならもっかい入ったらあよ。白黒はっきり付けようじゃあねえか」

「望むところだぜ! おう、我慢比べだ!」

二人はまだ火照りの残る体を僅かでも冷まそうと、サウナ室前でダラダラと口論を繰り広げていた。

「貴様ら!! 」

そのとき、肩に日の丸、背中に戦艦大和の刺青を彫った大柄な男の拳が、二人の脳天を貫いた。

「いってえ! 」

「何すんだよおっさん!」

二人は、そのゲンコツの余りの威力に俯いて涙を堪えるのみで、まともに男の姿を見られなかった。

「サウナは! 我慢比べするところじゃありません! 」

その後二人は、この男から正しいサウナの作法を教わった。

約十分間、サウナ室で体を温めた後、ぬるめの水風呂にゆっくりと浸かる。

覚醒する副交感神経ーー!

ととのい。

あらゆる感覚が浮遊し、魂が開放される感覚ーー。

二人はそれを初めて味わった。こうなると、自然に心まで開放的になるものだ。

「なあ、さっきは俺を担ぎ出してくれてありがとうな。あのままなら多分死んでたぜ、俺」

「俺もギリギリだったよ。つまらねえ意地張るもんじゃあねーな」

「サウナって良いもんだな」

「だな」

「俺、銀河。王銀河(オウギンガ)」

ーーこれが二人の出会いだった。翌週、二人が同じ中学であることが発覚し、翌年には同じクラスになった。それから今まで、二人は大の親友だ。


「最近見た? “サウナおじさん”」

「いや、見てねーな」

ギンガが“サウナおじさん”と呼ぶのは、出会いの日に二人にゲンコツを食らわせたあの男のことだ。荒草近隣のサウナに頻繁に現れるらしい。

近年では珍しい、他所の子供を正しく叱ってくれる理想の大人像として、ギンガは心の師と呼んでいる。

「サウナおじさんさあ、あれ、ヤクザだと思う? 」

「どうだろうな。でも小指はちゃんと四本有ったぜ」

「へえー、流石よく見てんなあ、ムラッチ」

「まーね。そろそろ出るか」

そのとき、村上の体内時計は正確に十二分を刻んでいた。

「ぴった十二分じゃん! やっぱすげぇーわムラッチ! 」

「まーね」

二人はそそくさとサウナ室を後にすると、手早い掛け湯て汗を流し、いつものぬるめの水風呂に浸かった。

ーーーーーー覚醒する、副交感神経ーー!

「あああーー。“バリア”出来てる。たまんねぇ。コレだよコレ。俺もサウナを愛する者の端くれとしてよお、都内の色んなサウナ巡ってきたけど、スパスパは別格だわ。小せえ銭湯だとサウナ室は暑けりゃいい、水風呂は冷たきゃ良いなんて節操ないこと抜かしやがるからいけねぇ。ここはかなり大きいのに、皆何故か静かだしよ」

ギンガが口にした“バリア”というのは、水風呂に入った直後は体表が水の温度で冷やされるため冷たく感じるが、熱伝導の法則に従って、体内の奥深くに残った熱が水風呂へと逃げようとする際、体と水との間に暖かな層が生じ、冷たさを感じなくなる現象である。サウナ好きの間では、一つのととのいバロメータとして知られる。

「違いねえ」

それから数分、二人は押し黙って浮遊感に身を委ねた。

二人とも、自らの“バリア”が薄くなっていくのを感じる。この時こそ、水風呂を出るのにベストなタイミングである。

「ーー出るか」

「おう」

村上の合図でゆっくりと水風呂から出ると、タオルで手早く代表の水滴を拭い、浴室内のととのいスペースへ向かった。

「調べたらよお、スパスパのサウナってなあ“カノなんとかさん”ゆー、世界的に有名な人が作ってるらしいぜ」

「そうなのか。会ったらお礼言っとけよ? 」

「こんなすげーサウナ作ってくれた人だ。もし会えたら地面に顔擦り付けてお礼言うぜ。それはそうとよー、あんなにモダンでオシャレなサウナ室を作る人なのに、ととのいスペースには古き良き“ととのいイス”が置いてあるってのがよー、粋で憎いよなあ」

「違いねえ」

二人は“ととのいイス”に腰かけると、頭から顔を覆い隠すようにタオルを掛け、数分沈黙した。

サウナ室と水風呂を経て、活発になった心音と、各浴槽を打つ沸き湯の音がぶつかり合い、ホールで聴く超一流のオーケストラの如きリラックス効果をもたらす。

心臓が大きく震え、燃え尽きそうなほど熱い血液がビートを刻みつつ流れる。

既に夜は明けかけ、山吹色の陽射しがととのいスペースの二人を照らした。

「今日何時に出るんだ? 」

「夜。 十時とか十一時くらいかな。高速が安いんだと」

「そうか……」

俯きかけた村上の肩をギンガの拳が捉えた。

「いてぇ! 何すんだ! 」

「湿っぽい話は無しっつったのお前だろが」

図星だった。あのまま続けていたら『お前とサウナ来られるのも、これが最後か』などと弱音を吐きそうだった。

「ちげぇーよ、バカタレ! そんなに遅い時間なら、今からあと二回、たっぷりサウナ出来るなって言おうとしたんだよ! 」

「ししし! 望むところだぜっ! あん時みてーによお、また我慢比べでもするか? 」

「するか、バカタレ」

ーーその後二度ルーティンを繰り返し、完璧に整った二人は、着衣し食事処へ向かった。

二人は、村上が大金を持っているのを良いことに、普段食べないようなカニ鍋や細々としたつまみの類などをテーブル一杯に注文し、豪遊した。(もちろん、未成年なので酒は飲んでいない。)

「風呂も入ったし、たらふく食ったあ。あとは寝るだけだなー」

「ーー帰ったら寝る?」

「ああ、そーだな。今もだいぶ眠いし、寝てから出発かな」

「そうか」

「でもよー、今日起きたらやっちまうつもりでいたから、引越しの準備が全然終わってねぇー……」

「俺も眠いから帰ったら速攻寝るけどよ、起きたら手伝いに行くわ」

「まじかー! 助かるわ! 」

「おう。 そんならもう帰るか。結構金も使い込んじまったしよー……足りるかな? 」

「俺はお前が奢ってくれるっつーから、一円も持ってきてねぇーぜ。ししし」

村上が二人分の会計を済ませると、二人は帰路に着いた。辺りはもうすっかり朝だった。


ーー都内某所 村上家

村上はゆっくりと引き戸を開け、そろりそろりと部屋に入った。

ーー親父ぃー? 寝てるよなーー?

父は、工場から帰った日には家で寝ていることが多い。そのため、村上は寝ている父を起こさないよう注意を払った。

「朝帰りとは、いいご身分じゃあねーか」

全く想定していなかった父の声に、村上はすくみ上がった。

「お、親父! ただいま! 起きてたの? 」

ホラー映画のヒロインのように声を裏返らせながら、怒気すら感じる父に精一杯の質問をした。

「お前を待ってたんだよ。おら、さっさと来い」

「来いって、どこに!? いででで! 痛ぇーよ、親父! 」

村上の腕を乱暴に引き、父は勢いよく引き戸を開けた。


ーー都内某埠頭 村上工業第二倉庫

そこは、父の職場だった。

まだ職員も疎らにしか居ないこの時間に、父は何をしようと言うのか。

「親父の工場、ちゃんと見たこと無かったけど、結構でかいんだね」

「昭和から四代続く工場だ。それなりだな。おう、着いたぜ。ザキちゃん。扉開けてくれ」

ザキちゃんは、父の小学校からの幼なじみで、父と親しむあまり大学卒業後はそのまま村上工業に就職した、筋金入りの部下である。

「あいよ、ケンさん。ちょーっとまってね! 」

ザキちゃんが倉庫の扉横にあるハンドルを勢いよく回す。徐々に開いていく扉の隙間から、暗くて良くは見えないが、何か巨大な物が覗いている。

体の芯へ響く重たい音を上げ、扉は開かれた。

「ケンさん開いたよー」

「ザキちゃんありがとー。おら、来い息子よ」

父は再び村上の手を乱暴に引き、二人で倉庫の中へと入って行った。

「痛てぇーよ親父! なんなんだよ! 訳わかんねぇーよ! 」

「ザキちゃん、ライトー」

「あいよー! 」

ザキちゃんがライトのスイッチを入れる。

轟音と共に光を放つライトに照らされ、それは唐突に姿を現した。

「な、なんだよこれ」

「“ロマン”」

村上の腕を話すと、父はその正面に立ち、誇らしげに腕組みをしながらこう言った。

「はぁい!? 訳分かんねぇ! 」

村上の混乱を他所に、父は村上を指差し、高らかにこう宣言した。

「お前は明日、これに乗って、怪獣と、闘うのだ! 」

「はぁい!? 」

ーーあんなに恐ろしい怪獣と闘う? 自衛隊でも敵わないのに? それに、“これ”に“乗る”? 乗り物なのか、これはーー。

様々な疑問が脳内を駆け巡り、村上は言葉を発することも出来ずにいた。

「息子よ、迷っているのか? 」

「はぁい!? 迷う訳ねーだろ! そんなん無理! 無理に決まってっから! 」

「時に息子よ、俺はお前に三万渡したな。幾ら残ってる」

「エ……六千円くらいかな」

本当は四千円しか残っていなかったが、父は何か怒っているようなので、無意識に倹約家を気取ってしまった。

「結構。ありゃあお前にこれに乗ってもらうために前金として渡した金だ。誰も“小遣い”とは言ってねえよな。お給料なんだぜ、あれは」

村上は三万円を握らされた状況を瞬時に思い出した。

『俺ァ正直言って、ロボット以外興味のねえくだらねえ男だから、落ち込む息子の肩を叩いて前向かせてやることも出来ねえ。だからせめて、“金”くらい渡してやろうと思ってな。それでお友達とパーッと遊んでこいや』確かに小遣いとは一言も言っていなかった。

「息子よ、“これ”に乗れ。でなければ、返せ。三万」

「はぁい!?」

「ーーザキちゃん! 俺、一つ夢叶えちまったよ! いつか息子に言ってやりたいセリフランキング第一位のやつ! ちょっと違うけど! 」

「“エバーに乗れ”だっけ? あれケンさんに勧められて観たけど、よく分かんなかったなあ」

「ザキちゃんは昔からアタマわりぃからなあ」

呆気に取られ言葉の出ない村上を尻目に、父とザキちゃんが浮かれ始めた。

「返せっつっても、こんなご時世だ。お前みてーな訳わかんねえガキ急に雇ってくれる会社なんかどこにもねえぞ」

先程まできゃぴきゃぴと浮かれていた様子とは打って変わり、父は物凄い剣幕だった。

「いい加減折れろ。臆病は死を遠ざけても老いを早める。仕方ねぇ。ザキちゃんお願い!」

「合点! 」

ザキちゃんが倉庫内のハンドルを回すと、地面に切られたレールに沿って“それ”は全身を始めた。

「おら、どけ。危ねーぞ。おめーのちっぽけな体なんか一瞬で踏み潰しちまうほどこの“ロマン”はでっけえ」

動き出した“それ”の圧倒的な迫力に、父に言われるまま村上は進路を開けていた。

その轟音で村上には何も聞き取れなかったが、父は無線機で誰かと話していた。

「はい、今倉庫でたよー。ーーカウントー。とお、ここの、やあ、なな、むつ、いつ、よつ、みつ、ふた、ひと、まる。モリくんどうぞー」

『はーい』

父の無線機から元気の良い返事が響いた。

モリくんは、父の仕事に対する姿勢に感銘を受け、上場企業を蹴って一昨年村上工業にやって来た若手のホープだ。

『モリ、いきまーす。ししし』

モリくんの“してやったり”な声が無線機から響く。

「てめぇ、モリ! それは俺の息子が最初に言うんだっつったろ! おめぇが言うんなら、俺だって言うぞコラッ! ケン、いきまぁーす! 」

父は普段出さないような高音で声を震わせた。

『ハハハ、どこに行くんすか。やっぱケンさんのモノマネは最高すわ。元ネタ知らんけど』

「ふざけてねえでさっさとしろ! 俺のスパナが飛ぶぞ! 」

『ひゃー、こえ。えーっと、これかなー』

無線機からモリが何かを操作したであろう音が鳴るや否や、倉庫から日の元へ晒されたそれが、全身のパトランプをギラつかせ、けたたましい警告音とモーター音を響かせた。

『注意! 離れて下さい! 注意! 離れて下さい! 注意ーー』

「うるせえ!」

「うるせえ! 誰がこんなでけー音にしろっつった! 」

親子は、全く同じタイミングで叫び、同じように耳を塞いでいた。

『“国”がこうしろって』

「はぁい!? 聞こえねぇーよ! もっと声張れモリ! 」

『国がぁーーー!!』

「なぁんだってええーー!? 」

モリくんの軽い雰囲気に呑まれ、緊張感のないやり取りを繰り返していたそのときーー。

ガシャン!

金属同士が激しくぶつかる轟音が響き、警告音が止まった。

「はぁい!? これってーー」

「ああ、息子よ、これが俺たち村上のバカヤロウどもが四代かけて追っかけて来た“ロマン”の結晶ーー」

そこには、全長十五メートルはあろうかと言う、人型の鉄の塊が屹立していた。

「巨大人型ロボットだ」

少年のようにキラキラと瞳を輝かせながら、父は誇らしげに語った。

煌めく父の瞳と、父の瞳越しの鉄巨人と、鉄巨人越しのザキちゃんの汗を朝の陽が照らしていた。

「すっげ……親父はこんなもん作ってたのかよ……携帯で写真撮っていい? 」

「だめだ。つーかまずい。モリくーん! 」『あ、はーい』

モリくんが元気よく返事を返すと、再びけたたましい警告音を上げながら、巨人は体育座りのような元の姿勢に戻った。

その後見事なチームワークで、ザキちゃんがそれを倉庫の中へと戻した。

「え、なんですぐしまっちゃうの? 」

「怪獣との交戦時以外は近隣住民に見られたらまずいんだ。十七メートルの兵器を搭載した鉄の巨人は見た人が驚くからって理由で、通報されたら国から罰金取られる。くだらねえ、やつらロマンがまるで分かっちゃいねえ」

その後父は数十分、巨大ロボットを作り上げる苦労、それを怪獣と闘わせる許可を得るまでの苦労をぶつぶつと語った。

「ーーつーわけで、闘う許可取るのにもめちゃくちゃ時間かかったし、明日だけで、それもお前が乗る条件付きなんだ。うちの従業員にも乗りてえって奴が居るにゃ居るが、皆家族がある身で、乗せちまうと俺がパワハラで無理矢理乗せたみたいに世間には映るから、最悪工場まで畳まなきゃ行けなくなる。経営者である俺が万が一死んじまったら、それも工場を潰すことになる。そこで従業員でない近親者ならまあいいでしょうっつー話にまでなんとか漕ぎ着けたんだ。“令”はアメリカかどっかに行っちまって連絡とれねえし、俺には従業員以外の仲間は居ねぇ。だからお前に乗ってもらうしかねえんだ」

先程までの誇らしげな態度から一変、奇妙な程しおらしく父は語った。

「乗ってくれるな。息子よ。」

父は、長い間喧嘩をしてきた相手に誠心誠意仲直りを申し出る握手のように、掌を差し出した。

「はぁい!? それとこれとは別! 乗るわけねぇーじゃん。俺、死にたくねえよ。ーー仕方ねぇ、三万は何とかして絶対返すよ。それじゃ、眠たいから帰るわー」

埠頭にある工場から自宅まで、そこそこの距離はあるものの、余った金で電車を乗り継げば帰れると高を括り、そそくさとその場を後にした。

「ケンさん、あんたに似て意固地な子だねえ」

『どうするんすか? やっぱ、俺が乗りましょうか? 』

従業員の心配を他所に、父は落ち着き払っていた。

「奴は、乗るさ。あいつにも村上のバカヤロウの血が流れてるからな。おう、最終調整だ」

「はい! 」

『はい! 』

父の号令に活を入れられた従業員たちは、社長と共に倉庫の奥へ消えていった。


ーー都内某所 山手線内

ーーやっべぇ……完全に寝過ごしたよ。もう出た後だったらどうしようーー。

家に着いた直後、学生服のまま爆睡した村上が次に目を開けたのは、空には立派な月が鎮座在しているまさにその時だった。

車内アナウンスが、ギンガ宅の最寄り駅を告げる。それを聞く前に村上は電車を飛び出し、改札をパスした。

ーーバス乗るか? いや、次が何分後か分かんねぇ。バス停見に行くくらいなら今から走った方が早いんじゃあねーかーー?

どうする、などと考えるよりも先に、村上の脚は既にギンガ宅へ向かって駆け出していた。

ーーすまねえ、友よ。約束すっぽかして寝坊なんかしちまった。罰なら先に受けるから、せめて笑顔で見送らせてくれーー!

韋駄天走りに流れる景色。最早何人とすれ違ったかなど覚える由もなく、村上がギンガ宅に到着したのは、ギンガ母のRV車へ荷物の積み込みが終わり、バックハッチを閉めようとするまさにその時だった。間に合ったのだ。

「おせぇーよ、ムラッチ」

「はぁ、はぁ、すまねえ」

ブロック塀に片手をつき、流れ出る汗に前も向けぬまま、友と最後の会話を交わす。

「わりぃなー。もーちょい早く来てくれたらよー、お茶でも出せたもんをよー。もう家ん中空っぽ」

「いい、いい。全然いい。お茶どころじゃねえ」

「だよなあ」

なんとか最後に会えたのは良いものの、こうも改まって向き合った際に交わす丁度良い言葉を持ち合わせない二人は、暫し押し黙ってしまった。

その沈黙を破ったのは、これから旅路に着く友だった。

「なあ、ムラッチ。どうして人を殺しちゃいけないか、分かる? 」

「はぁい!? どうしたんだよ、急に。サイコパスごっこか? 」

「殺された人の家族、ああー、遺族? はよー、その人の荷物をこーやって片付けてやらなきゃいけねーんだなって、荷造りしながらふと思ってよー。残された周りの人がしんどいから、人を殺しちゃあいけねーってワケ」

親友との最後の会話を、またその意図を必死に理解しようと努めた村上だが、その答えは出せなかった。

「何が言いてえ」

「あのムカつく怪獣はよー、そういう心のキズ? みたいのを沢山の人にばら撒いて、うぜえなーって」

「違いねえ。それで? 」

「俺とムラッチみてーによお、離れ離れになる親友がいて、ある所にゃあ職場潰されて生きる希望失った家族がいて、また

別の所じゃあ結婚直前まで愛し合ったのに、あいつに恋人殺されたやつがいて、それでーー」

「だから、何が言いてえ」

「いやね、あいつをさ、バカーンッ! てやっつけてくれるヒーローがよ、どっかから突然現れねえかなって。そうしたらこんな悲しい人達が生まれねえで済むのにってよ。引越し決まってから時々考えんのよ。怪獣だって突然現れたんだ。ヒーローが突然現れたって良いだろ? 俺たち皆を笑顔で救ってくれる、そんなかっけぇヒーローがよ」

「……」

村上は何も返すことが出来なかった。恐らくは東京中の誰もが抱いているであろうその幻想を、村上自身も強く感じていたからだ。

「湿っぽくなっちまったな。わりい。ホントは最後までバカ言い合いたかったのによ」

いつも飄々として軽口を叩きがちなギンガであったが、この時ばかりは通夜のように落ち込んでいた。

「らしくねえよ」

「ああ、すまねえ」

「どこ行くって、聞いてなかったよな」

「仙台」

「仙台にもスパスパ無かったっけ? 行くよな? 」

「そりゃあもう。 東北中のサウナ制覇したらあよ! 」

「ハハッ、そう来なくっちゃあな! そしたらよお、東北中のサウナ巡った感想を本にでもまとめて売ってくれよ。百冊買ってやるぜ! 」

「ししし、その頃にゃ俺も大作家先生だな! お前にとっちゃあ雲の上の人になっちまうかなー」

「おーおー、楽しみにしてんよ。そんじゃあ“またな”」

「おー、またな! ムラッチ! 」

村上は、笑顔で居られるうちにその場を後にした。

その背を見送った後、ギンガは助手席に乗り込んだ。


ーー都内某所 村上家

村上が家に着いたのは、既に夜が明け始めた頃合だった。

村上の家からは、過去の怪獣が暴れ回り荒れ野になった地区が見える。

その景色を眺めながら、村上はギンガの言葉を噛み締めていた。

ーー『ヒーローが突然現れたっていいだろ? 』ーー。

その通りだ。だが、現実は非情だ。

自衛隊や最新兵器を持ってしても、あの怪獣に人類は敵わないのだ。

眼下に広がるこの荒れ野と、自身の心が重なった。親友を失った痛みは、かつての賑わいを影もない程に奪われた街と似る。

今は沈黙しているが、怪獣十八号も既に甚大な被害をもたらし、住民退避が進んでいるとは言え、既に千人以上の死傷者を出していると聞く。

握りこぶしから血と汗が滲む。食いしばる奥歯がギリギリと悲鳴を上げる。

ーー許せない、許せない。

村上はそれ以上何も考えず家を後にすると、再び電車に飛び乗った。


ーー都内某埠頭 村上工業第二倉庫

村上は、拳の痛みすら顧みず、倉庫の扉を何度も殴打する。

「親父、居るか! 出て来やがれ! コラァ! 」

「おーおー、ヤクザ映画か。案外早く戻ってきたな」

予想通りにことが運んだ父は、かなり余裕の表情だった。

「“あれ”に俺が乗って闘うっつったよな! 勝てるのか!? 」

「どうだろうなあ。少なくとも、うち(村上工業)のロートル共にゃあ無理だろうが、若えお前ならわかんねえな」

『ロートルって、俺も含まれます? ひでえなー。こちとらあんたの半分くらいだっての』

「モリ、うるさい! 」

「モリ、うるさい! 」

こうして同時に叫ぶところを見ると、やはり親子だなあ、などと、傍から眺めていたザキちゃんは思う。

「早く出せ! あいつは俺がぶっ殺してやる! 」

「この数時間に何があったかは知らねえが、この意気込みは想定以上だな。」

「うるさい! いいから早く乗せろ! 」

「おー、こえーな。親父の言葉は聞く耳なしってか。まあお前にとっちゃあだせー父親だろうから仕方ねぇがな。モリくん、内側の調整どう? 」

父が無線を通してモリくんに訊ねた直後、鉄巨人の胸部ハッチが開く。

「バッチリす。すぐ行けますよ」

鉄巨人の中から、計十個はあろうかと言うピアスを両耳につけた金髪で汗まみれの若者が現れた。この人物こそがモリくんである。

「あー? すぐはいけねぇだろ。ボケてんのか? 十二時より前にここ出ちまうと、最悪国家転覆罪にされるって、お前、分かって言ってる? 」

「さーせん」

「おい! いいからさっさと乗せろ! あいつぶっ殺すんだよ! 」

叫ぶ村上の元へモリくんがにじり寄る。

「あー、モリくん。あと頼むなー」

「合点すー」

父が倉庫の奥へ消えていくところを見届けた村上が次に見たのは、モリくんの拳だった。

「ガワーっ! いでええっ! 」

ボタボタと鼻血を撒き散らしながら、村上はその場に蹲った。

「おーおー、よう吠える若人やのお。盛りのついた野良犬かキサマ」

「うぅ、の、乗せろぉ……」

更に目にも止まらぬ早さで、モリくんの右拳が村上の顔面を二度貫く。

「ガワーっ! いでええっ! 」

「さっきの話ぃ、聞いとらんかったんか! こんクソバカタレ! あいつと闘えるんは十二時からや。それ以前にこいつ動かしたら、工場潰されるどころじゃすまんクソ大罪じゃ。大人の社会舐めんなよ、こんクソガキがぁ! 」

「う、うるせえ! 乗せろ! 」

勘の鋭い読者諸氏は既に予想が出来ているだろうが、村上の顔面は、三度モリくんに殴られる。

「ガワーっ! いでええっ! 」

「アホみたい乗せろ乗せろゆーとるけどな、動かし方分かるんかい。ワシゃケンさんから十二時までキサマにあれの動かし方、とっくと教えてやってくれと言われとるモリっちゅーもんや。ワシに噛み付いとったら、いつまで経ってもあいつにゃ乗せんぞ。分かったなコラァ! 」

モリくんは、村上におまけの一発を浴びせた。

「ガワーーっ! いでええっ! さっきから、何発殴りゃあ気が済むんすか! 」

「血気逸っとるでぇ、血ぃ見たら冷静なるかと思ってな。ほぁ、落ち着いたか? もっぱつ行っとくか? 」

嘘だ。この人は絶対に“好きで暴力を行使する人”だ。そういう目をしている。その為に体を鍛えている。村上はそう信じて疑わなかった。

「い、もう、いい、です! ……いや、結構です! 」

「お? 日和ったか? ワシ程度にビビっとるタマが、あん化け物に勝てるんかいのお!? 」

「ヒッ、ヒエエ! 」

すごみ続けるモリくんに対し、村上の心拍数はひっきりなしに高騰していた。それに伴い鼻血は止めどなく流れる。

「モリくん、その程度にしときなー。闘いの直前に貧血にでもなられたんじゃあ、お笑いにもならんよ」

その様子を見かねた世話焼きのザキちゃんが止めに入った。

「チッ。ザキさんがそう仰るなら……オラッ」

また殴られると思って村上は構えたが、先程までと別の衝撃が顔面を走る。

「ヒッ、ヒエエ! 」

あまりの恐怖に村上は、ほぼ失禁していた。

「きちゃないのお、それ、あいつの中でしてみぃ。俺が首撥ねて殺しちゃるけえの。 ほぁ、止まったろ、鼻血」

「え、は」

村上は、一瞬だけ鼻の頭を圧迫されたような感覚があったことを思い出した。あれは止血だったのか。それにしてもまるで魔法のような手腕だ。そして、村上は思った。ーー俺は今、この人に生殺与奪を握られているーー!

「乗るなら早くこっち来いや。時間ねえから、基礎の基礎位しかおせーられんじゃろーが、懇切丁寧におせーたるわ」

「は、はい! 」

村上は、モリくんの男らしい背中に着いていくように倉庫の奥へと向かった。

「ーーそことそこに腕、ほんで下のそこに脚入れて、左手の横のボタン押したら、内部外骨格がお前の体型を自動で認識して、丁度塩梅よくお前に装着される。基本は引越しとかに使う外骨格と同じ仕組みや。ほんで少し待つとバイザーにインターフェースが表示される。インターフェースに『起動完了』と表示されたら、視線カーソルをインターフェースの左上の角っこに二十秒ほど留めることで、シミュレーションモードが開く。これァ平たく言やロボット自体を動かさんともロボットを動かしてるみたいな体験がでけるテストモードってとこやな。お前と体型が近いからってことで、このテストは専ら俺がやっとった。ちなみに、お前が今日戻ってこやんかったら、ケンさんと俺が養子縁組して、俺がこいつに乗るなんて話も出とったで。俺にゃ一応家族もおるから、そんななっさけない話にならんで助かったわ。シミュレーションモード開いたか? ほたらまずは移動から覚えてこか。こいつは一応人の体は成しとるがの、この巨大な鉄の塊が人間みたいに二足でガシガシ動き回ったら、道路めくれるどころじゃすまん。最悪地下鉄までぶち抜くレベルの穴が空く。そこ気をつけろって国からも耳にタコ出けるほど聞かされちょる。じゃけ、普段は足部円形無限軌道を用いて移動するんや。平たく言や、まるーく並べられたキャタピラや。こいつは村上工業謹製、門外不出の技術で、前後左右ガシガシ動き回り放題の優れもんや。こんなエラいもんを三年足らずで形にするんやから、ケンさんにはホントに頭が下がるわ。一応二足で歩くように移動する方法も有るんじゃが、これは勿体ぶって教えるよーにとケンさんから言われとるで、後のお楽しみや。ほんで無限軌道の話に戻るけど、こいつを動かすには、中のお前が歩くように両足を動かしたらええ。一応原付くらいのスピードは出せるけども、そんなに出したら流石に危ないっちゅーんで国から止められとる。使用許可の上限は、時速十キロまでってことやけど、万が一に備えてリミッターはつけとらんから、そこはお前で調整してな。ーーあー、長々喋ってもーたけど、ここまででなんか質問ある?」

村上の返事は無かった。

「おい、何とか言えや。死んどんか、コラ」

それでも、村上の返事は無かった。

「おォい! 聞いとんのやぞ! 返事ぐらいせぇよ、こんクソガキがァ! 」

モリくんは、村上が囚われた首部風防を何度も激しく殴打した。

「埒あかんわ、いっぺん出て来いコラァ! 」

モリくんは、緊急脱出用の遠隔スイッチを押し、首部風防を開いた。

「おい、ガキャァ! 生きとるんなら何で返事せんのじゃ! 」

「これ開ける方法も、無線で話す方法も、分かんないっすもん! 」

「分からんことあったら聞けって言ったよなぁ!? こんなに懇切丁寧におせーてやっとる俺が怖いっちゅーんか! コラァ! 」

この人は親父以上にめちゃくちゃだ! 村上はそう思った。同時に、こんなにアクの強い人に尊敬されている父親は、実はすごいやつなのかもしれないと考えた。

「時間無いゆーとるやろが! ボケェ! 無線はインターフェース上にオンオフのボタンがあるから、そこに視線カーソルを持ってくと、オンオフ切り替えられる。オンにすれば話し始めたとこから自動でマイクに拾われて、中の音声を外で聞ける。出る時も一緒や。インターフェース上に脱出のボタンがあるから、そこに視線カーソル持ってって十秒そのままにしとくと、本当に脱出しても良いかという確認メッセージが出るから、“YES”に視線をしばらく合わせると、バイザーが上がり内部外骨格が緩んで、首部風防が開く。これで外に出られる。ーー分かったか?」

村上は、ただただモリくんの事が恐ろしく、その話など何も頭に入ってこなかった。

「わ、わかりませェん! 」

「こんクサレ頭がァ! 」


ーー十二時。

「あー、どんな感じ? モリくん」

何とか立ち上がった鉄巨人を、父とモリくんが不安げに見つめる。

「まさか、二十一世紀の大天才、村上顕のご子息が、あんなに物覚え悪いとは思わなかったっす」

「面目ねえ……」

二十一世紀の大天才は、深くうなだれた。

「タカさん、急に無理言っちまって、マジすいませんす」

タカさんは父の大学時代の同級生であり、その抜きん出たプログラミングの力を父に見初められ、フリーランスで活躍していたところを半ば強引に村上重工へ加入させられた過去を持つ。

「ホントだよバカヤロウ! 俺が仕上げた完璧なインターフェースに“メモ帳”を追加しろなんて言われた時にゃあ、血の涙が出るかと思ったぜ! 」

「インターフェースが不格好になったのはともかく、あれだけ使える“メモ帳”を僅か十五分足らずで実装しちまうんだから、流石っす」

「バカタレ! 俺の人生で最低の仕事だよ! 」

タカさんは顔を真っ赤にして本気で怒っていた。その目には薄らと悲しみの涙が浮かんでおり、さながら般若の面のような表情だった。

「でもよお、タカさん。あんたの作った“メモ帳”が、これから世界を救うかもしれねえ。凄いことだと思わんかね」

世話焼きのザキちゃんがタカさんを宥める。

「耳で聞いたことをそのまま書き出せるメモ帳を頼って、最低限動けるだけの方法を教え込みました。あとは息子さんが上手いこと機転利かしてくれたら、きっと大丈夫す」

モリくんは父と視線を決して合わせず、さも自信ありげに語った。

「俺も、俺が作ったロボと息子を信じている。きっと勝つ」

「シミュレーションモードでの練習までは行けなかったすけど……」

決まりが悪そうにぼそぼそと呟かれたモリくんの言葉を父は聞き逃さなかった。

「何ぃ!? それじゃ何か。俺の息子は、ぶっつけ本番であの怪獣と闘うのか!? 」

「そ、そうなるっすね」

「あのー、もう、持ってっちゃっていいすか? 」

父があまりの絶望的状況に膝から崩れ落ちた時、自衛隊の搬出用ヘリコが上空に到着していた。

父は、息子がみすみす死地へ向かうことと、自らの作り上げた“ロマン”が動く様を見てみたいという願望とを天秤にかけることもなく、後者を選んだ。

「どうぞどうぞ! 一点物なんだから、その辺にぶつけて傷なんか付けたら、承知しませんよー。なーんて、ははは」

「はーい。じゃ、ワイヤ通してー」

計六基のヘリコから降り立った自衛隊員たちが、鉄巨人の四肢、胸部、腹部に取り付けられたフックへ手早く鋼線を通していった。

「両肩ワイヤ、胸部ワイヤ、緊張オーケー。脚部ワイヤ巻きとって、横にしちゃって下さーい」

一人地上に残った自衛隊員が、テキパキと指揮をとり、鉄巨人はうつ伏せになる形で宙に浮いた。

「はーい、じゃ、持ってっちゃいますねー」

「お願いします」

この辺りのやり取りは打ち合わせの段階で済んでいるのか、異様な程に円滑に済んでしまった。

空に消えゆく鉄巨人を敬礼で見送りながら、父は叫んだ。

「村上工業製巨大人型ロボット第二号機、発進! 」

鉄巨人が雲の中へ消えるさまを見届けると、父は車に乗り込み、二台のバンを引き連れて鉄巨人の後を追った。

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