第5話 遭遇

 見鬼でこども広場に彷徨っている幽霊を見つけて、稲葉夫婦は柏手かしわで祓いを行う。


 左右の手を合わせてから手を少しずらして叩いた。


――パン、パン。


 大きな音を立て二度打つ。


 そして略式祝詞のりとを唱える。


「祓えたまへ、清め給へ」


 安らかな眠りに戻れるよう二人は祈りを込めて鎮魂に務めた。


 直輝も見鬼で視ると、辺りは老若男女ろうにゃくなんにょの霊が多くいる。


 状況から二万の数はないと思えた。


「直輝もやってみるといい。神官資格がなくても出来ることだ」


 輝之に習って、遊具の周りで遊んでいる子供たちの霊に三人で柏手祓いを行う。


 穢れていない月白色げっぱくいろのオーラが消えた。

 

(僕は妖魔討伐のやり方しか、知らなかった)


 両親の仕事に新しい理解ができた。


 手分けして鎮魂する最中、片耳に掛けたイヤホンから通信が聞こえる。


 主に除霊に成功して問題なしとの報告だった。


 しかし、今回は違っていた。


『こちらは三班です。慰霊塔近くは悪霊になっています。小動物に憑かれると面倒なので、結界の使用を申請しんせいしたいです』


『こちら一班の秦野。全員、結界の使用を許可する。……泣き声? この近くに妖魔がいるぞ! “なげもの”だ!! 場所は慰霊塔と市民の森の中間!』


 通信中に右手の森から、風に混じって女性が嘆く叫び声が聞こえた。


 輝之は他の気配を感じて、腰にある祓い刀へ手を掛けながら周囲を警戒した。


 直輝も習って警戒し、三人は近くに集まる。


 森の方へ視線を向けた言美は片手刀印で素早く格子状こうしじょうに九字を切る。


「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」


 詠唱の終わりと共に刀印の指を視線の先に突き付けた。


 暗がりの木々に紛れながら、人の気配、人のオーラが突然現れる。


 隠形おんぎょうの術を使って人が潜んでいた。


 言美が看破して九字切りで隠形術を破ったのだ。

  

 次の瞬間、雲が光り、雷が鳴る。


 その人の後ろに落ちて木が燃えていた。


 炎で男性のシルエットが見える。


 男は腕に集中すると、手にバチバチと発している無数の青白い雷光を纏(まと)う。


 その手を前に突きだす。


 言美が前に進み出て短く詠唱した。


桑原くわばら桑原くわばら!」


 放たれた雷撃は言美の手前で四散する。


 輝之や直輝の周囲を強い静電気のようなものが流れた。


 その男は感心して言った。


「私の隠形を看破して、咄嗟に天神てんじんの雷避けを唱える。子連れの退魔師と甘くみたようだ」


「見立て間違いが分かったのなら、大人しく捕まりなさい。騒動の犯人さん」

 

 言美は意図的に言葉で誘導した。


 外灯の薄明かりが届くところまで、男は歩みながら答えた。


「この程度のことは騒動の内には入らないだろう。それに、ここは抜けさせてもらう」


 あっさりと認めた上で逃げることを宣言した。


 そして、一気にこども広場入口へ駆け出す。


 男は逃げるために足場の悪い場所から、歩み出てきたのだ。


 輝之は直輝に叫んで、男の行く手を塞ぐように回り込む。

 

「直輝、報告だ! 応援を呼べ!」


 直輝はマイクスイッチを入れるが、反応がない。


 さっきまで各隊の報告があったイヤホンも聞こえていない。


 トランシーバー本体の電源を入り切りするが、状況は変わらない。


(ああっ! さっきの雷撃だ)


 理由が分かって直輝は叫んだ。


「さっきの雷撃で壊れたっ!!」


「くそっ!!」


 理解した輝之は悪態をつきながら、男の後ろから捕まえにいく。


 男はバックを掴まれそうになり、横に大きく飛び退いた。

 

 足を止めた男に直輝と言美も距離を詰めて、三人で追い詰める。


 行く手を塞ぎ、輝之はうながした。


あきらめろ」


「いや、そうはいかない。だが、今のままでは難しそうだ」


 男は身構えた。

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