【毎週投稿】恋愛経験のないおじさんがこれから先の人生を考えてそろそろ結婚しようと努力する話
@Hajikas
30歳の恋愛事情
「まさか30歳になるとは…」
心なしか少し薄くなり始めた前髪をかきあげながら、ひとり呟いた。
10月10日深夜2時。
独居生活の自分が呟いたところで、だれからの返事もなく。言葉は宙に消えた。吐きだした息のアルコール臭さだけが残っている。
久々に吞みすぎてしまった。オンライン飲み会はどうもペースがつかめない。参加者は全員在宅からだったため、自分以外は所帯持ちで子供の声が入るものもちらほら見えていた。
「…はー…」
思い出し、また溜息がでた。自分は、もうこんな生活を10年している。
仕事に追われていることを理由に、恋愛から逃げ、結婚を諦めていたが、周りは着々と結婚している。
「このままじゃ、独居老人待ったなしだな…」
ふと手のひらを見ると、前髪をかきあげた時に抜けたのか、髪が一本絡んでいた。
「…はあ…」
さっきより、情けないため息が出た。
「少しだけ、婚活初めてみようかな」
俺は机の上に無造作に置かれていたスマートフォンを手に持ち、『婚活 30歳 男』で検索をかけてみた。
「結婚相談所は…意外とお金取るんだな。少しハードルが高いなあ。…へえ。スマホのアプリで婚活のものがあるんだ…」
アプリをスマホに落として、内容を確認する。
「げっ、写真必須かよ…」
どうやらプロフィールに写真が必須であり、提出しないと女性側のプロフィールを見ることもできないらしい。
違うアプリを入れようとも考えたけど、どうやらプロフィール写真は必須でもないにせよマッチがしたいのであれば必ず入れた方が良いとのことだ。
スマホの写真フォルダを確認したが、まともな写真は一枚もない。
試しに、スマホのインカメラで写真を撮るが、どうもうまくいかない。
「これじゃ、どう考えてもマッチしないな…」
明らかにくたびれた中年が写っていた。吞みすぎていることもさることながら、顔に覇気がない。俺が女性だったら、見た目だけで絶対審査から落とす。
顔に覇気がないなら、服装や雰囲気でカバーする他ないか…。
近所の写真館を検索して、俺は眠りに落ちた。
※
起きた時に、明らかに寝過ぎた感覚があった。スマホを見ると16時だった。また、休日を無駄にしてしまった。
ふと、眠る前に、写真館を検索していたことを思い出した。
行こうか、それとももう16時で腹も減っているし、出前でも頼んで映画でもNetflixで見て寝ようかな。
「…いやだめだ。こんなんだから結婚できないんだ」
俺は床に落ちていたジャケットを羽織り、外に出ることを決心した。
自宅から歩いて10分、藤沢駅南口のビルに着いた。写真を撮れるところといっても、どうやら証明写真が中心のようだ。
「他の場所探すのも面倒だし、いいか…」
適当に来たジャケットを整え、無駄に肌の映りを加工するプランで写真を撮った。
「…まあ、年相応には見えるな」
同じビルのコーヒーチェーンに移動し、コーヒーを飲みつつ写真をアプリに登録した。
プロフィールをちょっと盛って、登録するのも忘れない。年収は1.2倍で記入している。どうせ女性も盛っているのだ、気にしないことにしよう。
俺は周囲を見渡し、スマホを周りから見られていないことを確認すると、女性の一覧に視線をずらした。
「この画面に居る人と結婚するかもしれないんだ…」
小声でぼそっと呟いた。コーヒーの苦みが妙に口の中に残っている。
最初は真剣にスワイプしていたが、10人を超したあたりからよくわからなくなっていた。
結婚、出産、子育て、老後、貯蓄、人種、宗教、両親、介護。
色んなことを考えてしまって、本当にこの人でいいか。自信が持てない。
ふと、逆の立場になって考えてみた。自分が相手の女性だったら、どんなことを考えるだろうか。
自分のプロフィールを眺める。こんな人間と付き合いたいと思う女性がどれほどいるのだろうか。誰だって、女性は白馬の王子を夢見るのではないだろうか。
俺を選んでくれる女性はとても貴重なのかもしれない。
「全部、Likeにしよう」
俺は一覧に出てきた女性を片っ端から好みの女性とした。
「コーヒーのお替りはいかがでしょうか」
気づいたら隣に店員が立っていた。俺は急いでスマホの画面を隠した。
声のトーンから若い女性だと分かった。画面を見られたかもしれないと思い、恥ずかしくなってしまい、顔は見れなかった。
「いりません、そろそろ帰ろうと思います。」
俺はそそくさと荷物をまとめ、椅子に掛けていたジャケットを羽織った。
「…おじさん、後で行きますから」
その言葉に、店員の顔を見たら、隣に住む友人の娘の美鈴だった。
「ああ。バイトここだったんだ」
「はい。先月から始めたんです。少しずつ貯金しようと思って」
学生の内は遊んだほうがいいんじゃない。と言いそうになり、言葉を飲み込んだ。
こういう指摘をしてしまうと、うざいおじさんだと思われてしまうかもしれない。
それに、美鈴は自分の子ではないのだ。幼馴染2人の子だ。あくまでも自身は他人。
いつまでも色々なことに干渉するのはよくない。
「後で来るのは良いけど、お母さんの許可は取っといてね。後は好きにしていいから、おじさんは作業があるから部屋にいるけど」
「いえ。話があるのでダメです」
美鈴の口調は鋭いが、表情は少し笑うようにしている。器用な子だ。
「…わかった。じゃあね」
俺は店を出て、ケーキを2つ買ってから家の方に歩いた。
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