第二十章 運命

 運命とは残酷だ。誰かに悲鳴を聞いてもらえないなんて。駆けつけてくれる人がいないのは、残酷だ。そして、それを俺達は持っている。それはとても幸せなことだ。


 目を開けると、見慣れない模様の天井が目に入った。つまり、それは俺の家ではない。上体を起こし、かけられていた薄いブランケットを除けると、まず目に入ったのは膨大な量の本が入った本棚。こちらには見覚えがある。


 ここはレナの家。そうだ、俺はあの戦闘の後の記憶がない。あるのは唯一、夢の中の記憶。



 妙にだるい身体を引きずりながら、ふらふらとベッドを出る。…そこそこいい匂いがしたのはオフレコだ。寝室を出ると、そのまま魔法研究室へと向かう。おそらくあいつはこの部屋にいる。そう考えながら扉を軽くノックする。


「びゃあ!」


 と声が聞こえたのでレナがいるのは確実だ。俺のノックの音におびえてか、奇声をあげている。しばらくしてから扉が開くと、レナは水浸しだった。


「起きたんだ、よかった」

 自分に何かあったのは明白だが、それを棚に置くとは、人の事を言えないほどにはお人よしになったものだ。


「起きたけど、レナは何があったんだ?」

 そう言いながら、少し目を背ける。濡れている女の子を凝視するのは何か危ない感じがする。

「あー、その前に、キミってあの戦いの後に倒れたんだけど、ソレ覚えてないよね?」


「察しはついてた。記憶はない」


 記憶がなくて、目が覚めたらベッドの上。倒れたという理由だけですべてに説明がつく。


「多分、あれは半分私のせいなんだよね」


「へぇ」


 俺がそう答えると、レナが顔をゆがめる。その後、呆れたように(実際に呆れているのは言うまでもない。)声を出す。


「なんで興味なさそうなんだ…?」

「まぁ、レナのせいならよかったって思って」

「は?」

「だって、レナのせいでこうなったのなら、次はないだろ?」

「ほんと、気楽だね」


 そうやって呆れた声を出していたが、レナはその声とは裏腹に笑顔だった。それから、真剣なトーンに戻して、何があったかを説明し始める。


「……多分、魔法のコストが重すぎたんだよね、魔法転送をしながらコンバートを発動させるのは負荷が強すぎたみたい」

「でも、それだけじゃ気を失うなんてことにはならないんじゃないか?」

「うん。本来は、ゼクルに行く反動なんてたかが知れてる。ゼロとは言わないけど、そこまでのレベルじゃない。けど、魔力回路のリンクのせいで」


「本来、レナに向かうはずの反動までこっちに来た?」


「…そうみたい」


 単純に2倍の反動という意味ではないのだろう。

 あそこまで強力な魔法なら、レナに向かう反動は相当なもののはずだ。俺が気を失って倒れたのも、ほとんどがレナに行くはずだった反動のせいであるという事実だけがそこにあった。


「……まさかお前、今さっきまで」


 レナが全身濡れている意味がやっと理解できた。彼女はおそらく、コンバートを自分に使用していたのだ。反動の大きさをより詳しく知るために。そして、2度とこんな状態にならないために。


「わかってるのか、どんな状態か」


「…うん。少しだけやって止めるつもりだった。……なんて言い訳だよね」


 今ここで先ほどのような反動が発生した場合、どうなるのか。おそらく魔法転送を使用していた時に比べるとマシではあるはずだが、それでも何が起こるかわからない。レナですら”使える”というだけ。実践での使用など、前回が初めてのはずだ。だからこそ、長時間使用したときの反動などわからない状態だ。


「……俺がいる時にしてくれ」

 その俺の一言を聞いて、一瞬驚いた表情をしてからその顔に微笑を浮かべる。

「……うん!」



「……とりあえず、着替えてきたら?」

「目のやり場に困る?」

「多分目を凝らしたら透けてる」




「……そっか」




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