第十二章 涙腺
涙はとうに枯れたと思っていた。しかしながら現実はそこまでやさしくはない。涙腺はまだ息をしており、空虚になった心に水をさし続けている。
心とは殻になり得るもので、空にもなる。それ自体が何かを守ることはない。それでも、何かの痛みを和らげる要因にはなる。
体は心を引っ張って無理やりにでも前に進める。
心は体の行く先へと無理やりにでもついていく。
百聞は一見に如かずとはよく言ったものだが、自分で思うところでは聞くことでしか得られない見識があるのも事実だ。同時に、見たはずなのに全く持って記憶に留まらないということもよくある話である。
そもそもとして、心も含めて、この世界には見えないものが多すぎる。
ならば、心が世界に影響することで、世界の
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「お前、これからどうするんだ?」
兜を脱いだ青年が問う。と言っても、自分もまだ若輩の身だ。17の身にこれからの事等考えられるわけもなく。
「…さぁ……?」
しばらくの静寂の後に彼が発した「そっか」と言う声は、なぜかひどく俺の耳にこびりついている。
インビジブルは一国の首都らしく平和な街だ。平和だからこそ、その裏で潜むものが出てくる。彼らは別に何かを破壊したいわけではない。何かを得る為に、もしくは何かを奪われないようにするその為に。
規律を。制度を。国を破壊しなくてはならないのだ。
彼らは裁かれる対象ではあるが、真の意味での悪の元凶ではない。
だからこそ、俺はあの道を選んだ。真の元凶を消し去るという、いわば影の道を。誰の為でもなく、ただ、自分のために。自分が二度とあんな想いをしないために。もう、何も失わないように。失ったものを取り返すことが出来るように。
それが俺の、月光乱舞に入った唯一の理由だ。
消えたと思ったものが突然目の前に現れて、そしてそれにギリギリ届かない。そんな状況に置かれて、ソレを追いかけない理由はどこにもない。
父さんの背中を覚えている限り、ずっと。俺はあの背中を追い続けている。
いくら手を伸ばしたところで届かないと思っていた背中が、その背中に。やっと少しだけ近づけた。そんな気がした。このまま走って、その背中に触れたい。届くのなら、きっと。
いつだって、父さんの背中は俺にとっての太陽だったのだから。
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「準備、できた?」
リビングに声が響く。それ以外の音がほとんどない静かな朝。ポケットの中を触って確認してから、短く答える。
「あぁ、大丈夫だ」
そう言いながら、俺は彼女が玄関へと足を進めるのに着いていく。
何気ない朝。俺とレナは、普通に家を出て、そして普通に街に出かける。お互いにぎゃあぎゃあ言いながら、歩き回って楽しむ。
これは、俺の夢だ。そう確信が持てた。非現実で、叶えたい。
海岸の舗装された道、前を歩くレナ。その姿に、思わず足が止まる。そんな俺に気付いてレナも振り返りながら立ち止まる。
「レナは、さ」
レナは黙って頷く。そのまま先を促すように。
「レナはずっと俺の味方だ。なんでなんだ?」
「…どういう意味?」
そんな返事に俺の言葉が詰まる。
「なんて言ったらいいんだろう。俺って、出来損ないじゃないか」
しばしの沈黙の後に、俺がそのまま続ける。
「俺はよく一人で突っ走るし、周りの事なんて見えてないときの方が多い。自分のやりたいことに人を巻き込んで、しかも、策なんて考えてない。失敗ばかりだ。でも、そんな俺の背中を押してくれているのは間違いなくレナだ」
一度言葉を吐き出し始めると、自分でもどうしていいのかわからないほどに、勝手に言葉があふれてくる。
「…ゼクルは、人の心を読むのが得意だと思ってた」
「違った?」
「うん! だって、現に私の気持ちなんてこれっぽっちもわかってないんだもん!」
その言葉とは裏腹に、彼女が浮かべた表情は満面の笑みだ。まぶしいと感じてしまうほどに。朝焼けがちょうど彼女の顔を照らし、その顔が俺の虹彩に焼き付けられる。どれほど願っただろうか、こんな日常を。
思わずため息を吐く。海側のフェンスにもたれかかりながら一人つぶやく。
「この一幕が現実ならばどれほどよかっただろう。願っても願ってもかなわない。俺達はこうやって笑い合うことを許されてなんかない。あさましい罪人が1人、それでも俺は属性使いである前に人間でありたかった。」
属性使いは兵器だ。その身体自身が武器となり得る。普通の人間とは比べようもないほどの力を持つ。でも俺達には心があるんだ。泣いて笑って怒って、魂を揺らして生きているんだ。
そう確かに、生きていたんだ。どんな奴だってそうだ。そんな理不尽に彼女は自ら飛び込んだ。俺の為だけとは言わない。それでも代償は大きすぎる。
「俺はレナが抱えている何かを知りたい。一人で端から見ているだけはもう嫌だ。」
「…そっか、置いてけぼりにしちゃったね」
「そうだよ。連れてけよ。相棒だろ」
「地獄だろうが何だろうが、連れて行ってくれよ」
「うん、ごめんね」
「謝るなよ。相棒だろ? そういう時はありがとうって言うんだよ」
その俺の言葉が終わると同時にレナが顔をくしゃくしゃにした笑顔をこちらに向けた。
「………うん! ありがとう……!」
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