第十章 記録

 ゲートは世界のどこかで絶えず出現と消滅を繰り返す超常現象だ。その超常現象を人間の手にした瞬間を、俺はこの目で見た。目の前の机の上から、まばゆい光が発せられ、青白い時空の歪み。通称”ゲート”が開く。


「おそらく友達が移動した世界と同じはずだよ」

「ありがとうございます」


 そう言ってゲートの前まで行く。そう言えば、と思ってレナに呼びかける。


「レナ?」

『なにぃ?』

「氷河のとこ行ってくる。魔法転送ってできる?」

『世界超えるとわかんない………って言いたいけど』

「けど?」


 少し口ごもったレナが答える。


『……はぁ…いけるよ。いける』

「そっか」


 ならなんで口ごもったのだろうか。しかしそれを気にするよりも先にライトが先を促す。仕方ないので武装を一通り呼び寄せてから歩き始める。武装状態のコートは、昔の俺とは違う武装だ。だけど、そんな変わった俺に対しても、前のあの時と同じように、彼女の口が開いて、


『行ってらっしゃい』


 と。俺は目が震えたのを隠すように精一杯開いて、勢いよく答えた。


『…行ってきます!』


 俺は背を向けて、ゲートをくぐった。少し、拳に力がこもっているのに気づいて軽く拳を振って力を抜いた。



 ゲートをくぐった先の光景は、特になんの変哲もない町のはずれからの景色だった。草原に吹き荒れる風は優しく俺の頬を撫で、通り過ぎてゆく。鼻を刺すのは、少し興味深い食べ物のにおいとわずかな火薬と薬莢のにおい。


「まず、町を見てみるか」

「いやそっちじゃない」

「え?」

「火薬のにおいがした。逆だ」

「……あぁ、風か」


 納得したかのように頷いたライトは、俺の後ろにつく。俺は火薬のにおいがした方へと向かいながら、軽い考え事をする。

 あの事件の後。つまり王宮との闘いの後のことだ。実は俺は、そのあとのことをうまく思い出せていない。何か大きなショックを受けるようなことがあって自己防衛のために記憶を無意識に消したのか。それとも気に留めるようなことがなかったから覚えていないだけなのか。なんにせよ、俺は『何か重要なことを忘れている』感覚がある。ほぼ勘ではあるが、こういう時の勘はよく当たる方だ。今まで気にはならなかった。だから、日常生活に問題は無い。そうわかっている。けど、おそらく、女神の聖杯を手に入れるには、忘れてちゃだめなんだろう。なんとなくそんな気がした。多分、何かの鍵になるんだろう。と。俺のことなのに、何故俺は覚えていないんだろう。そんな不安が募るのを感じた俺は、少し足を早める。

 やがて、奥に焚き火のあとが見えた。テントなどはなさそうだ。野宿でもしてるのか。近づいてみると、付近に人の気配は無い。この場を離れているらしい。焚き火から離れたところに少量の弾薬。結構離れているので引火して爆発、とはならなさそうだ。


「街に行ったほうが正解だったかな」

 と、辺りを見回しながらつぶやく。

「いや、生活圏を意図的にずらしてるのなら、今ここにいないから街にいるとはならないしなぁ」

「……それもそっか」


 俺は軽く頷くと、そのままそこに腰かける。


「でも、ここが氷河の根城かどうかすらわからんし」


 と、ほぼ一人言になった言葉を吐き出す。ライトも答えがほしいわけじゃないことをわかっていてか、静かに腰を下ろす。そういえば、こいつ武装してないんだよな。現地の何かと戦闘になったら俺が全部引き受けなくちゃならないのか。

 そう思っていると、遠くから歩いてくる人影に気づく。直前に戦闘について考えていたから一瞬警戒状態になるが、よくよく見ればそれは見知った影だった。しかし、それは俺の探していた人物ではなく。




「また会ったな。馬鹿弟子」


「師匠、なんでここにいるんですか」

「あぁ、それは私も聞きたいことだ。突然飛ばされてしまってな。あのガンナーと同時に」

「氷河、そんなこと一言も言ってなかったじゃねえか」

 そんな俺の言葉を聞くと師匠は軽く罰の悪そうな表情で答える。

「ま、その、なんだ。私が一方的に尾行していただけだからな。一瞬バレたことによる罠かと思ったが、そうでもなさそうだから、後に声をかけて協力関係になっている」


 俺とライトが同時にため息をつく。おそらく呆れている対象は別だと思う。



「なんで尾行なんてしてるんですか…」

「お前は知ってるだろうが、奴は少し私たちとはズレているからな…」

「え?…まぁ、そりゃそうですけど」

「そういう部分が気になってな」


 あの、ソレはあなたも僕たちとズレてます。一緒にしないでください。”私たち”ではない。


「興味本位で尾行するのか……」


 と、小声でライト。やめてくれ。俺が必死に発言しないように気を付けたんだから我慢してくれ。


「で、氷河はどこですか?今別行動ですか?」

「ああ、この数刻のみ、な」

「何してんだ、あいつ?」


 これはライトに向けて放った言葉であったが、答えたのは師匠だった。


「いつものような理由では無いぞ。弾薬の補充だ」


 なら、確かにいつもの理由では無い。まともな理由であることに安心しながらも、長期的な生活を想定していることから彼の心情の一端を感じ取った気もする。複雑な感情ではあるが、ともかく氷河を待つしか無いだろう。彼を待つ間に何か確認しておくことがないか考えていると、師匠の方から話を振られた。


「そういえば、お前はまた剣術大会に出るらしいな」

「まぁそうですね。それがなにか?」

「いや、今まで出ていなかったからな。弟子の珍しい動向は気になるというものだ」


 そこで師匠は少し間を作ってから続けた。


「……何があった?お前の中で何かが変わったのか?もしくは何かが分かったのか」

「……いえ、何も」


 師匠は俺の方を少し驚いた風に見つめてから、すぐに「そうか」とだけつぶやいた。


 その後すぐに氷河が来た。どこか疲弊しているようなのでそれについて聞いたが、帰ってきた返答は「異世界飛ばされてんだぜ?だるいだろ?」という返答だった。そりゃそうだ。

 ゲートは同じ場所に開き続けていて、俺たちは何の問題もなく元の世界に戻ってきた。落ち着かない様子で待っていたメグルさんに声をかけ、無事に仲間を連れ戻せたこと(予定よりも一人増えてはいるが、元々何人が飛ばされたのか言ってなかったので特に不思議には思われなかった)を報告した。


「よかったー!」


 メグルさんが第一に発したのはそんな安堵の声だった。

 お礼をして、その場を後にしようとしたところで、ふと気になる。俺は、あの事件以降の記憶が曖昧で、そしてここには、あの事件を知っている人がいる。これは自分の記憶の穴を埋める絶好の機会なのではないか。しかし、こうも人数がいると聞きにくい。後日、またここに来よう。そう思って研究棟を後にする。

 そのまま氷河は用事があると言って王宮の官僚棟の方へと向かっていった。師匠もそれに関係しているらしく、あとを追っていったので、またここに残ったのは俺とライトのみになった。

 俺たち二人は王宮に用事はないし(俺個人で言えばメグルさんに話を聞きたいが、そもそも研究者の人数が多くて聞きずらいのは変わっていない)、そのまま王宮を後にする。歩き出したすぐ後に、ソレが来た。

 後ろから超興奮気味の声が聞こえてきて、フラグが立っていたのを思い出すと同時にここから逃げ出したくなる。アノ人の相手はしんどい。が、適当にあしらうのも申し訳ない。なんだこれ、地獄?


「ゼクル殿ーー!」

『くっ……あハハハハハ』

 この笑い声はレナである。なにわろとんねん。と、まさかと思いながら横を見るとライトも必死にこらえている様子。

『む…無理でしょこんなの! 耐えられるわけねぇよなぁ!! ……あはは! ははははははは!』

 キ…キレそう……。キレそうなのだわ……。

「……お久しぶりです。ゲイルさん。どうかしましたか?」


 心の中で平静を保つためにお嬢様になっていることがバレないように、表面上を必死に取り繕う。が、そんなことを気にする風もなく、ゲイルの怒涛の台詞が飛びかかってくる。


「いえ、剣術大会に出るとのこと、お聞きしまして! 私、とても興奮しておりまして!」

 確かに興奮している。

「そうして、仕事にとりかかろうという矢先に、ゼクル殿が王宮にいらしてるとお聞きしまして!いてもたってもいられず!」

 誰だ。言ったやつ出てこい。

「私、先ほど仕事も後にして、当日の最前列の席を確保しました!」

 仕事しろ。俺を言い訳にさぼるな。

「優勝できると信じておりますので!当日も激励いたします!」

 うるさそう。

「頑張ってください!」

「ありがとうございます。……俺、この後約束があるので失礼しますね」

「ああ、それは失礼しました!それはお気をつけて!」


 気を付けてどうにかなったんだろうか、この事態。




 ゲイルが見送る中、今度こそ王宮を後にし、南二区に入ったところで一言。


「つかれた」

『「そりゃそう」でしょ』


と、二人同時に言う。

 俺はため息を吐きながらいつもの喫茶店に入り、アイスカフェラテを頼む。俺たちが座ったのは珍しく4人がけのテーブル席だ。後から氷河が来ると、本人からメールが来た。ソシャゲの周回をしたい俺はスマホをいじりながらライトが注文するのを待って、静かに話す。


「俺さ、記憶が欠けてるんだよね」


 そういうと、ライトが一瞬こっちを見て、メニューに視線を落とす。


「みたいだな」

「知ってたんだ。なんで?」

「……最終的なことはお前が自分で思い出さないと」

「まぁ、ね」


 そんな答えをするということは気づいた原因が直接答えなのだろう。確かにこれは俺が自分で思い出さないといけない気がする。だが、記憶をどうやって取り戻すか、なんて方法がわかる訳がない。


「他のみんなは、気づいてるか?」

「詳しいことは知らないけど、レナちゃんは気づいてると思うぞ」

「そっか」


 そこで二人分のドリンクが運ばれてきた。と、ほぼ同時に王宮から帰ってきた氷河が店に入ってきた。目が合うと、そのまま歩み寄ってきて、軽く俺の隣に座りながら駆けつけた店員にカフェモカを注文する。


 そこから、俺たち三人は他愛のない話をし続けた。どうでもいい話だ。ゲームの話や、身の回りであった変なこと。自分に起きた小さな不幸や笑える話。日が暮れるまで、ずっとそんなことを話し続けた。すごく、久しぶりの感覚だった。



 俺は、その帰りに考え事をしていた。そのせいか、後ろに迫る男の気配に気づけなかった。突然後ろから肩を叩かれたかと思えば、振り向くと同時に更にその背後へと回り込み、そこで銃を背中に突きつけられる。


「………!?」


 しばらくそのまま固まって相手の目的を探ろうとするが、相手は、銃を突きつけたまま何も喋らない。一対何がが目的なんだ…と考えてから、これが2回目であることを思い出す。


「……お前、この前と同じ奴か?」

 相手は答えないが、そのまま言葉を続ける。

「お前の目的は知らない。これをやってお前にメリットがあるのか、それとも恨みがあるのかは知らない。けど、何も喋ってくれないとわかんないぜ?」


 それでも相手は無言。この前はこの直後に近くの車が爆発した。ということは、まさか。

 後ろで、何かがゆっくりと崩れる大きな音が聞こえた。その直後に、身体が震えるほどの揺れが起きる。その瞬間に背中の感覚は消えていた。勢いよく振り返ると、俺の目に写ったのは、ビルの一つが崩れている光景だった。おそらく、俺があのまま歩いていればちょうどいた場所だ。いても立ってもいられず、ビルの瓦礫の方へと走りながらレナを呼ぶ。


「レナ! 悪いが索敵手伝ってくれ!」

『え? ……何これ!?』

 レナの慌てた声が聞こえた直後にすぐさま魔力が流れてくる感覚が出てくる。急速にその魔力が広がる。

『瓦礫の下に人はいないよ。ただ、中に2人いる』

「わかった。突入する。バックアップ任せた」

『いや、素人でもわかるぐらい危険なんですケド…?』

「行くしか無いだろ!」


 そう言いながら、俺は、倒壊したビルの瓦礫の中に飛び込む。確かに素人目線でも危険なのは丸わかりだ。が、その危険を冒してまでここに入るのはなぜか。残り2人の救助? 答えはNOだ。

 逆だ。おそらく、倒壊させたのは時限爆弾や遠隔操作ではない。俺を狙っているのであれば、その場にいてビルを倒壊させたその犯人が属性使いなら、最も安全なのはそのビル内部だ。普通の人間ならそのビルの中に入ろうとは思わないはずだし、ビルの倒壊で一番危険なのは、そのビルの正面。内部なら、その急激な傾きと衝撃、物品の落下が危険なものだが、犯人ならば物品のない場所で自分のタイミングでビルを倒すことが出来るので、かなりリスクは軽減される。犯人が属性使いならあり得る話だ。

 俺は横向きになったビルの中を違和感を感じながら走り抜ける。まだ内部なら、倒壊した根本の部分。最も低い階層にいるはず。違和感の正体は言うまでもなくビルが横になっていることそのものだ。ものが散乱している中を無理やり、かき分け飛び越えて進んでいると、ものが落ちていない部屋を見つける。走る足音なら既に聞かれていると判断しそのまま突入する。が、そこには誰もいない。まさか、俺の勘違いなのか。だとするならいったいどこまでが……

 そこまで考えた瞬間に、俺はその壁面(倒壊前の位置で言えば床面)に、魔法陣を見つける。魔法陣を組むということは上級魔法を誰でも使用できるように、場所と括り付けて発動させたということだ。


「……レナ」

『魔法陣は空間跳躍。……生命反応がビルの中から消えた。逃げられたね…』

 俺は右手を握りしめながらつぶやいた。

「……了解。……転移させてくれ」

『……解った』


 どことなく、レナの声も少し震えていて、俺と同じく”悔しさ”を滲ませているのだとわかる。

 ワープ先は俺の家。ではなく、レナの魔法研究室だった。レナは本棚が並べられた一室の中央で一人立っていた。おそらくさっきと気持ちを切り替えるためだろう。自分の頬をパチンとたたいて「よし」と言ってから顔を上げた。


「……さっきのとは関係ないんだけどさ」

 そこで、レナが不敵な笑みを浮かべながら、こう言った。

「ちょっと相談があるんだよね!」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 黒と赤のローブは、風に揺れてたなびく。高層ビルとはとても言えないが、それでも高所から見る街の風景は何とも美しいものである。ふと、横にいる連れが口を開く。


「どう思う? あの男」

「……何の話だ」

 すると連れが高い声で軽く笑う。

「あの黒いコートの剣士だよ。……へぇー、あれが伝説の剣士さんねぇ…」

「……俺は人間には興味がない」

「…ったく、戦闘もあるんだろうに…。けど面白いものが見れたなぁ……」

 そういう連れには顔を向けずに、静かに街を見下ろす。

「……俺が興味を持つのは剣だけだ。使い手など、その範囲外だ」

「…伝説の剣士が相手だぜー?」

「……こちらの特性は知られていない。あの剣に一発当てれば終わりだ」

「理論上じゃそうだけどよ………ま、いいや」

 そういいながら連れが危険にもビルの端に腰をかける。コイツはどこまでも危機感が薄いのが欠点だ。だから毎回と言っていいほどトラブルを起こす。

 だが、腕がいいのも確かだ。何も言うまい。



 あぁ、今宵の月は綺麗だ。そうは思わないか、撃滅剣ソードブレイカー…。


 その声は、宵闇にまぎれて、誰の耳にも入らずに消えた。

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