第六章 飛竜の翼爪 〜後編〜
龍の爪はただの斬撃では無く、それによってつけられた傷は瞬時の治療は不可能になる。即座の治療が不可能と言う大きなアドバンテージを負わせることで、戦況を一気に自分側へと傾ける。この戦い方ができるのは龍属性を自身のその身に秘めているトップレベルの属性使いにしか真似ができない芸当だ。
「誰だ、貴様……」
目の前の剣士がかすれた声でつぶやく。声と、その剣を握る腕までが震えている。
「名前などただの器だ。問題はその内側。それを聞いて答えるなら……」
そこで一拍置いて、静かに強く答える。
「俺は、兵器だ」
その声を発した瞬間、龍牙の身体が消えるように移動し、敵の布陣を崩すべく超近距離戦を仕掛けた。龍牙が懐に入り込むと、もう相手にはどうすることもできない。素早いラッシュは誰にも防御を許さない。後ろから右肩に叩きつけられそうな剣を知覚し、咄嗟に左手のクローで受け止めると、その剣の勢いを利用して身体をねじる。そのまま右手のクローで相手の腕を切り裂き、剣を落とさせる。すぐさま切り返して右足でハイキックを一撃入れると、振り返る。20人ほどいた敵はすでに四人まで減っている。思えば奴はあれから変わった。そう、あの大戦から。もう奴は大丈夫だろう。そう考えた自分はその場を離れる。龍牙のためでは無く、これは自身の為。そして、なおも戦い続ける哀れなバカ弟子のためである。
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俺は一足先に古城へと侵入していた。外見からもわかるようにもう10年は使われていない。
龍牙にあの場を任せて侵入した廃墟の中にはかなりの剣気が満ちている。しかし常に剣気が満ちるなどありえるのだろうか。そうそうは考えられない。ならばこの剣気は一対何者の剣気なのか。
「まさか、ここ…」
俺がそうつぶやいた瞬間に大きく揺れた廃墟。慌てて周りを見回すと、横に合った腐りかけの棚が倒れてきて急いで避ける。この揺れは想定外だが、この剣気の持ち主はおそらくわかった。原因は不明だがこの廃墟は、
――――遺跡化している。つまり、遺跡の最深部には守護ボスがいる。
咄嗟に俺はここを離れようとした。遺跡守護ボスがいるのなら、ここを無理やり攻略するなど無謀に他ならない。しかし振り返ろうとした瞬間に思い出す。遺跡の守護ボスと戦い続ける必要がある友人の顔だ。しかし、調査すらしていない。危険すぎる。俺はしばらく迷った後に自分の迷いを断ち切る為に勢いよく腰の無線機を外し、そこに噛みしめるようにつぶやいた。
『南四区の廃墟エリアの古城で遺跡化を確認した。行けるか』
俺の借りた無線機に声が入る。ライトの声だ。南四区の廃墟エリアは一般人が基本は立ち入らない場所だ。何を目的としてあの場所にライトが行ったのかは知らない。が、そこに遺跡があって俺にそのチャンスを渡してくれている。それならば、行くしか無い。無線機を手にとってライトに答える。
「行くよ。ありがとう」
そう言って立ち上がると、目の前のレナが静かに何かをつぶやいた。聞こえなかった俺は聞き返す。
「どうした…?」
「いかないで……」
「は? ……いや、なんで」
「さっきの闘気感じたでしょ!」
立ち上がりながら叫ぶ彼女の手は震えていた。彼女は俺を心配してくれている。軽口を交わすときも、戦うときも、近くにいても離れていても気にかけてくれる、他の仲間とは少し違う、特別な存在だ。本来彼女のことを考えるならばここは行くことをやめるべきだろう。焦る時では無い。次の機会を待とう。そう自分に言い聞かせて待つべきだ。至極普通の感覚だ。もちろん彼女が、である。この距離で伝わる程の闘気を出す者がいるところへ行く。それも味方かわからない状態で。今の話だけを聞くならば守護ボスの闘気の可能性が高い。心配もするだろう。止めるだろう。当たり前だ。だが。
「俺には優秀な魔法使いがついてる。負ける気がしねぇ」
俺はそう言いながら左腰に、格納してあった片手剣を吊る。装飾華美なその剣と反対に簡素な作りの黒いコートを着込んだ状態でレナに背中を向ける。
「送ってくれ。……頼む」
「……私が何言っても聞かないもんね…」
「誰に似たんだろうな」
「うるさい」
そう言いながら転移魔法が俺の目に構築され、ゲートによく似た白い渦が壁のように出現する。
「んじゃ、行ってくるな」
そう言い、転移魔法に飛び込んだ。
光の収まりを感じた俺は目を開ける。暗い。本棚が大量に置かれているこの部屋はおそらく図書室かなんかだったのだろう。索敵の感じでは後ろが入口につながっているらしい。異常なほどに暗く、目の前が揺れている。
いや、これは……揺れているのは、俺か。
そう気づいた瞬間に倒れそうになるのを必死でこらえながらゆっくりとしゃがむ。おそらく原因は強すぎる闘気だ。しかし、少し集中してみるとその闘気には違和感があった。この闘気、建物の外側から来ているらしい。対して、もう一つ、この建物の地下から剣気が溢れている。こちらも強い剣気だが外から感じる闘気には及ばない。ちなみに闘気と剣気は違う。それを放つものによっても変わるが、気自体も鈍器のような気と刃物のような気と言う違いがある。
俺は人より剣気や闘気に敏感だ。その状態でいきなりこんな強い気の渦の中心に入るのは少し無謀だったか。だが少し経てば治るいつものことだ。少しずつ痛みが治まってきた。そろそろ動き出そう。少しふらついた状態で目の前の通路を睨む。まずトランシーバーをつかんでしゃべりかける。
「ライト、着いた。攻略開始する」
『わかった』
俺はその言葉だけを聞いてそのまま前の通路へと入っていった。半ば足を引きずりながら、ふらふらと通路を奥の方へと歩く。奥から剣気が伝わってくる。そこそこの強さはあるだろう。一人で戦うなど無謀にもほどがあるだろうが、それでも俺はしなければいけない。戦い続けることしか、俺にはできない。
通路を進んでいくとかすかな硝煙の匂いと地面をこする微かな音を聞きながら、静かに歩く。角から様子をうかがうと、スケルトンが三体ほどいるらしい。俺は細く息を吐いてから一気に通路に飛び込んでいく。スケルトンがすぐにこちらに気づくが、俺は奴らの相手をするつもりはない。雷属性使いの一番の強みはスピードだ。俺はダッシュの速度を上げて壁に飛び移る。そのまま壁を駆け上がってスケルトンの頭上を通り抜けていく。その先にさらにリザードマンが構えているのを見て、俺は壁走りを続けることにする。
足から小さな火花が出始める。そしてそれよりも少しだけ大きい稲妻が左足を包む。左足に力を込めながら走り続けて一気に壁を蹴り飛ばす。向かいの壁に飛び移ってからその壁をブーツのかかとで削りながら斜めに降りて着地する。その勢いを殺さずにまた走り出し、剣気の発生源に向かって走り続ける。走っている風景に突如現れた扉に気付き、急ブレーキをかけて止まる。両手である程度まで開けてから、息を整えるために歩きながら降りていく。
俺が今回目標にしているのは守護ボスの攻略のみ。自分の修行とか、弱い敵にかまけている余裕はない。地下一階に下りた俺は索敵スキルの範囲を広げた。索敵スキルにはやはり剣気の感知能力を上げる効果があって、それによる影響を危惧していたが、今の感じだと大丈夫そうだ。そして索敵スキルは周囲の地形の把握もできる。どこに階下へとつながる階段があるかを視た俺はその方向へと意識を集中させる。もう一度降りたらそこがボス部屋らしい。俺は息を整えてから走り出す。リザードマンが前から2体。スケルトン程度の知能ならさっきのようによけられるが、知能の高いリザードマンが、先ほどとは違い2体。戦闘は避けられないな、と少し乗り気ではないものの、左腰に手を持っていく。指先に触れた柄の感触がいつもと違うな、と感じてから思い出す。今俺は電竜刀を腰に吊っていない。
「……クソッ」
毒づきながら眼前に迫ったリザードマンの曲刀に向けて半ば反射でハイキックを当てる。曲刀を弾いたらすぐに小さくバックステップをする。だが俺の体は直前のハイキックで反転している。背中を向けながら距離を詰めた俺は同じく右足でリザードマンの胴体を全力で蹴り飛ばす。もう一体のリザードマンは後ろにいたらしく、2体で倒れて立ち上がるのに苦戦する。その隙に戦線を離脱することに決め、その2体を飛び越えて通路の奥へと走りこむ。
階下への階段をこの目で見た俺はスピードを殺してゆっくりとその扉を開け放つ。階段を歩きながらふっと息をつく。通常の遺跡ならばこの五倍はあるはずだ。小規模に構築されているだけまだマシかもしれない。まぁ、本番はここからなのだが。
遺跡の守護ボスの強さと遺跡の大きさにあまり関係性は無いようだ。そのため、この先に過去最強クラスの守護ボスがいる可能性もあるわけだ。まぁ、今回の場合それはほとんどないと思われる。守護ボスは侵入者への威嚇も兼ねているため、基本的に持てるだけの気を放ち続ける。戦闘状態でなくとも気を放つのはこのせいである。しかし現状放たれている気はそこまで強力なものではない。いや、確かに俺や人間からするとはるかに強い剣気ではあるのだが、守護ボスという括りの中ではそこまで、という意味だ。
俺は階段下にもう一度現れた扉に両手で力を入れて、押し開ける。冷たい風と殺気が扉の隙間から漏れ出た。その隙間から見えたのは巨大なゴーレム。大剣を手にしてこちらを睨みつけ、その位置から動かずに見下ろしてくる。そのまま俺は部屋に入り、数歩進んで右手を前に掲げる。そこに青い光と共に現れた電竜刀をつかんでゴーレムを睨み返す。
次の瞬間に動き出したゴーレムに反撃を叩き込むために、俺は前へと駆け出した。
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外に戻った俺は、ゼクルが遺跡の攻略を開始したのを確認してから龍牙の元へと戻った。龍牙は既に相手を全員無力化していた。さすがだな、と思いながら近づこうとした瞬間に気付いた。
俺の右側からとびかかってくる刃の反射光。そしてその瞬間に聞こえてきたせせらぎの音。
俺がその方向へと振り向いた瞬間にはもう敵はコアブレイクされていた。斬撃の音はほとんどなく、その長身の男は足音もほとんど発さない。ゆったりとした足並みで着物を揺らしながらつぶやく。
「遺跡にいるようだな。それに、もう最深部までついたらしい」
ゼクルの位置を即座に把握したこの男が俺の知る限り最強の剣士。ゼクルに剣を教えた張本人である刀使い。剣豪ヴァーリアス・レンブラントだ。
「しかし、妙だな」
「どうした」
つぶやいたヴァーリアスに対してぶっきらぼうに続きを促したのは龍牙だ。そんな敬いのかけらもない言葉を気にする風もなく続ける。
「この規模だからこそわかるが、いやに剣気が強い。それもボスのものではなく」
「まさか、他に敵がいるということですか」
俺がそう聞くと、呆れたかのような顔で頭を横に振る。
「……バカ弟子のものだ」
「ゼクルの剣気がいつも以上に強い…?」
あいつは基本的に戦闘中だとしてもそんな強い剣気を出すことはない。そんなゼクルの剣気が強く出ているということは何か異常事態が起きたのか、もしくは単にソロ攻略のせいでそうなっているだけなのか。
「俺が見てこよう。君らは……いや来てもらえるか?」
「わかりました」
それだけを俺たちに言いながら、すぐの古城へと入っていく。慌てて追いかけながらヴァーリアスに問いかける。
「ゼクルが剣気を出すことなんて稀……ですよね?」
「そうだな。だがあいつならばもう一つ可能性がある」
ヴァーリアスはそうつぶやくとそのまま通路の先へと進んでいく。モンスターが現れても滑るように近づいて敵をほぼ無音で薙ぐ。何度みても素晴らしい戦い方だ。自分たちは必要ないんじゃないかと思えてくるほどである。しかしゼクルの状態が気になるところではある。と、そこで気になったことをぶつけてみる。
「そういえば、ゼクルのソロ攻略をしている理由は知っているんですか?」
「なんとなくではあるが大方検討はついている。だからここで俺たちが部屋に入ってしまうとどうなるかわからないな」
そこで初めて足を止めて少し考えて続ける。
「ボス部屋の前で索敵を使おうと思う。扉が開いたままならそのまま覗こう。こちらから扉を開けるのは極力なしだ」
「わかりました」
そのままヴァーリアスと共に遺跡を潜っていくが、何せ龍牙の戦闘力とヴァーリアスの剣筋によって一瞬でモンスターが消滅していく。自分は何もしてないな…と思いながら歩いていると、また半開きの扉とその奥に見える階段を見つける。これで地下二階まで降りることになる。階段を降りていく時、俺でもさすがに気づいた。異常なほどの剣気と轟音。ヴァーリアスが音を聞くや否や走りだし、扉の前まで行くとそっと中を覗く。俺と龍牙もそれに続いて中を覗くと、すでに戦闘は終わっていた。先ほどの轟音の時に決着がついたらしい。
「馬鹿な……」
さしものヴァーリアスも声を漏らす。当然だ。ボス部屋の中はまるで地獄のような惨状だった。部屋の壁や床に残る深い傷跡。そして中央あたりに倒れこんでいる黒い残骸は完全に焼けている。そのすぐそばに立っている影が息を切らした様子もなくゆっくりとこちらに振り向いた。
実際に戦っているところを見たわけでもないがそれでも言える。ここで起きたのは一方的な蹂躙だ。
そう、ゼクルの力による一方的な蹂躙だ。
「終わったよ。ライト」
そう短くつぶやく。その彼の左眼は蒼く光っていた。しかしすぐに黒へと戻っていく。彼は少し視線をずらしてヴァーリアスを見た。
「お久しぶりです師匠。こんな殺風景なところで再会はしたくなかったんですけど」
「お前、……いやまた改めて聞こう。とりあえずここは後にしないか」
「はい。ただ、俺はまだ仕事があるので、すぐにいかなくちゃならないんです」
ヴァーリアスとゼクルは師弟とは思えないほどの緊張感で見合っていたが、ヴァーリアスが「わかった。また聞くことにするよ」と答え、ゼクルがそれを聞いて一人出口へと向かっていく。俺と龍牙に軽く手を振りながら姿を消した黒衣の剣士に対して、ヴァーリアスがぽつりとつぶやいた。
「こくりゅうか……貴様……」
その言葉の真意を、俺はつかめなかった。
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