第六章 飛竜の翼爪 〜前編〜

 連絡をとった時、ライトはすでに氷河のもとにいた。が、氷河はライトにこう返したという。「まだやるべきことがある。聖杯を探す時にまた呼んでくれ。」と。


「そうか、わかった。こっちはほとんど行けた。アンデルだけどこにもいないから今日は無理だな」

『了解。俺は別行動でいいか?』

「ん?何かあったのか?」

『ああ、ちょっと騎士団の方で仕事がな』

「ふーん。わかった」


 そう言うと俺はトランシーバーを腰に固定し直して、レナの方へと向き直る。別に電話では無くてトランシーバーなので会話は聞こえている。レナは少し考えるような仕草を見せながらも頷くと、歩き始める。


「とりあえず、私たちはここを一旦離れましょう」

「了解。転移?」


 そんな俺の言葉には答えずにレナは一人歩いていく。慌てて追いかけながら気付く。繰り返し転移魔法をしてもレナの魔力的には問題は無いはずだが、いかんせん不自然すぎる。長距離の移動なら仕方ないはずとは思うが、転移魔法で王宮内とその外部を移動し続けるのはあまりよろしくない。だが、ここでもう一つ問題点を思い出す。そう言えば、さっきここに来た時には、王宮の出入り口の門番に見られていない。出る時にどう言い訳をすればいいのかわからないし、そもそも出る時も転移魔法を使うべきだ。つまりレナの行き先は2択だ。

 誰にも転移魔法を見られない場所。もしくは、遠隔監視をする場所。この共通点としてあげられるのは、人気のない場所。


「……庭園だ」

「…え?いやあそこは」

「……庭園から聖堂裏に回る」

「……わかった」


 先頭を変わった俺はレナを連れて階段を降りる。レナが今どちらを考えているのかはわからないが、どちらにしてもここで話さない方がいいだろう。俺は黙ってそのまま庭園へと出ると、その外周沿いに歩いて聖堂の近くまで来た。が、まさに俺たちが目指していた聖堂裏に人が入って行く。同じくそれを目撃したらしいレナは、訝しむような顔をする。黙って目をつぶりながら俺のコートの裾を引っ張る。別にかわいい系の仕草でもなんでも無く、『まだ行くな』と言う意味による行動である。おそらく今視覚共有を片っ端から発動しているのだろう。しかし数十秒経ってからゆっくりと目を開くと首を横に降る。視覚共有をかけた相手の視界にそれらしき光景は写っていなかったらしい。


「俺が隠蔽で見てくるよ」

「わかった」


 そう言うと俺は近くの像の影に入り、隠蔽スキルの最終スキル《光歪曲迷彩》を発動する。氷河を置いていく時では無く、本来はこういう時に使うべきである。

 俺はこの状態で唯一残ってしまう足跡に気をつけながら聖堂の角に立ち、顔だけを出してその先を見つめる。その先にいたのは長身の男。腰に両手剣を釣ったその男には見覚えがある。あの背中は数日前に戦闘を起こした相手、近衛騎士のアンデルだ。王宮や騎士団にもほとんど顔を見せなかった彼だが、聖堂裏の奥で、ローブを深くかぶった人物と話している。もっと近くで見てみたいが、ここから近づくのはあまり好ましくない。このような狭い通路などで相手に近づいて挟み撃ちにされることはよくあるし、ここで後ろから殴られて気絶、みたいなこともあり得るわけで。まぁ、少し後ろでレナが索敵をしているのは確認済みなのでそれは大丈夫なのだが。

 遠くから目を凝らすことしかできないのは心苦しいが、ここで見ていることを気づかれるわけにはいかない。今後、一層警戒されてしまえば2度としっぽを掴ませてくれなくなるであろうことは明らかだ。十中八九この男が怪しい。そんな自分の早まる心を押さえながら、俺は静かにそこから離れた。今は無理する時じゃない。少し離れてから発動した時と同様の物陰に入って隠蔽を解除すると、レナの元へと戻る。


「アンデルだ。怪しい男と話してる。一旦戻ろう。」

「…………」


 レナは険しい顔つきでアンデルの入っていった聖堂裏の方を睨んでいたが、しばらくしてから小さく「…うん」とだけつぶやいて転移魔法を展開した。素早くその範囲内に入り、俺たちはその光と共に王宮を後にした。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 騎士の役目は国民の安寧と秩序を守ることだ。それはすなわち、安寧と秩序を乱すものがいれば、その相手が誰であろうとも臆すること無く対応しなければいけないということだ。

 俺は今、普段いる騎士団本部七階・騎士団長室では無く、インビジブル南四区の廃墟エリアに来ている。ここに来ているのは俺一人だ。俺がここに来た理由は一つだ。王宮警備作戦にて、王宮班だったのにも関わらず直前になって騎士団班へと変更を希望した男の足がかりを追ってきたからだ。その男が変更を希望したのは三日前で、その変更を受理したのはアンデルである。そう、総指揮のゲイルでは無く、アンデルが許可したと書類が残している。違和感が残るのはそれだけじゃない。奴は、今…


「誰だ!?」


背後から声をかけられる。この廃墟に自分以外の人間がいて、俺の身なりを見て敵対してくると言うことは、敵。俺は防具は着けているものの武器を持っていない。


「………その剣を捨てろ。さもなくば斬る」


 俺は後ろの男が腰の剣に手をかけ、抜き始めていることに気づいて、そんな台詞を吐く。


「舐めた口聞きやがって、痛い目見せてやる」


 後ろの男が剣を振る。その風切り音が聞こえた瞬間に、つぶやく。


「…《ガードポイント》」


 その瞬間俺の背中に仮想の盾が現れてその斬撃をいとも簡単に弾く。その反動で俺と攻撃した本人が大きく体を押される。が、俺にはまだ余裕がある。空中で体をねじると同時に、飛来してきた自分の武器を握る。複雑に並行な2本に分かれた刃をもつ白銀の長剣を左手に持ち、体をひねったことにより生まれた慣性にまかせて全力の斬撃を放つ。その斬撃がきれいに相手の横腹に当たり、その力によって大きく吹き飛ばす。

 ただ、いまの短い攻防によって起きた轟音によって敵が集まって来る。周りを数十人に囲まれた俺は、静かに右手をまっすぐに上へと挙げる。それを降伏と見たのか、一人の剣士が近づいてきた。が、もちろん降伏なはずもなく。


「シャインカタスト!」


 俺のその声に答えるように天から光が降りてくる。俺の真上から落ちてきたその光はその剣士を灼いて行く。周りの集団が武器を構えて警戒する中、光を伝って俺の右手に落ちてきたのは、一枚の盾。光が収まると同時に俺は硬い金属音を出しながら構えを取る。剣と盾が一対となっている特殊な武器。それが俺のもつレジェンド武器・盾剣シャインカタストである。シャインカタストの分類されている盾剣はこの世界に確認されている数が五本のみの超がつくほどのレアな種類の武器である。俺がこの剣を入手できたのは俺の実力じゃない。

 俺を囲む一人が再び剣を構えて突っ込んでくる。その次に逆方向から槍を持った男が走り込んできている。俺は深く息を吸って前に飛び出した。まずは片手剣の横薙ぎを盾で防ぎ、そのまま左手の剣で全力の斬り降ろし。シャインカタストの攻撃力はレジェンド武器にしてはかなり低い。が、この剣と俺の相性がいいらしく、本来では出せない攻撃力を出せる。大きく飛ばした剣士は着地を待たずに空中でコアブレイクする。

 それをギリギリ見届けるとすぐに振り返り槍使いの突きに盾を横からぶつける。それによって方向が逸れた突きは俺の右をかすめて行く。火花を散らす盾と槍。その下から自身の剣をすれ違いざまに一気に薙ぐ。相手の突進の勢いもあり、かなりの威力の斬撃になったその攻撃は一撃で槍使いをコアブレイクさせる。そのまま周りを見るが、もう誰も俺に近づこうとはしていない。

 しかし、俺にとってはここからが問題だ。統一剣術大会では優勝したものの、あれは予選は一対一のトーナメント、本戦は遭遇戦だ。一対多数の戦闘には慣れていない。ここを自分一人で突破することは難しい。ならば、なぜ一人で来たのか?


 いや、一人でここに来るわけがない。


 俺の足元の影が揺らぐ。その影を頼るように踏みしめながら、真っ直ぐに前に突進攻撃を仕掛ける。片手剣用ソードスキル・グランドブレイブ。四連撃の赤い光芒が前方に弾け、敵の2人を吹き飛ばす。この一撃でコアブレイクできるわけではない。が、次に一発当てればコアブレイクできるほどにはダメージを与えたはずである。俺はそのままスキルが終わると同時に振り返る。彼らは対人戦のプロである。俺が一人に攻撃を始めた瞬間に俺の背後を取ろうとするのは必然だ。だが、俺に彼らの攻撃は効かない。


「《ガードポイント》!」


 俺が前に突き出した盾に一瞬で光が灯る。三方向から向かってきた見事な同時攻撃を、軽々と衝撃もろとも跳ね返す。小さいバックステップで衝撃を緩和した俺はそのまま右腰側に巻きつけるように剣を構える。先程の突進攻撃のおかげで、敵は前に固まっている。その構えから突如として繰り出されるは左からの高速の薙斬り。往復するように続いた三連撃が終わり、三人の体を地につかせると、その剣を包む銀色の光が竜巻きの如くうねる。左側から一気に突き出した剣から、極太のレーザーのように、竜巻のように、絡みつく光が前へと突進していきその奥へにいた十数人を吹き飛ばす。スキルの光が収まるのを待たずに奥からコアブレイクの無数の色の光が弾ける。その光の奥から更に数人が走り込んでくる。流石に大技・カウンターブラストを放った俺は硬直しており、彼らの攻撃の格好の的になっている。だが、やはり俺は一人では無い。

 一瞬で俺の影が蠢き、そこから三本の上向きの斬撃が俺を中心に弧を描きながら放たれ、相手を牽制する。その紫の竜の爪は翻りもう一度下へと向かった後に静かに消える。俺とは違う影が生まれ、そこから一人の影ができる。紫の軽いアーマーに身を包み、龍の顎門あぎとを想起させるような兜で顔の上半分を隠すその男は両手に装着したクローを調整しながら静かにつぶやいた。


「いささか興味をなくすところだったぞ」

 

 目の前にいる戦闘狂・朝霧龍牙が暗殺者用スキルの影尾行を使用して、文字通り俺の助太刀となっていたのである。俺はここを彼に任せることにし、彼らの司令塔が巣食うであろう目の前の城へと足を踏み出す。ここはもう大丈夫だ。龍牙が動いたことを察知すれば、あの男が来る。あの男が来るのであれば、ここにどんな敵がいようとも負けることは無い。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「アンデルが十中八九クロだな」

「そうだね。なんか視界共有意味なかった気もするけど。……いや、視界共有使ってなかったらあそこにはいかなかったから……」


 と、レナが一人でしばらくつぶやいてから諦めたようにため息をつく。


「……なんかもういいや。考えるのしんどくなってきた」


 そんなレナを横目で見ながら、少し考える。証拠が少なすぎる。


「もう少し様子見ないとな」

「…………ま、そっか。そうだよねー」

「しばらく頼む」

「うん。いいよー」


 そんな会話をしながらも、俺はただ今後の動きを考えることに集中していた。レナが南の方を見て顔をしかめる。その様子が俺の視界の端に映る。その瞬間に俺は「どうした」と声をかけようとして、そして気づいた。


 南の方角から、ありえないほど強い闘気が伝わって来ていることに。

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