ブリンキーファミリー物語
@mika_pon
第1話 新しい人形
その夜はまんまるな月が真っ白に輝いていた。
小学4年生のミカは、宿題と家庭学習を終え、母親を手伝いながら夕食を待っていた。
ミカはよく母親を手伝った。わがままを言わないいい子だった。母親の望むようにしなくてはならないと思っていた。両親を喜ばせることができるのであれば、自分の意志は犠牲にして構わないと思っていた。
ミカは厚意からそうするようにしていたが、貪欲な人間というのはより多くを求める。ミカの厚意は両親に吸い取られ、より多くを望む彼らは、ミカは努力が足りないと不満を持っていた。
ミカは運動こそ得意ではないが、とても頭の良い子供だった。本をよく読み、勉強もよくやっていた。大抵のテストは100点だった。それが当たり前だった。だから95は許されなくなってしまった。
ミカの一番の欠点は、雑であることだった。ミカのよく回転する頭で考えていることを全て実現するには、丁寧さをおざなりにしなければならないことも多かった。
何でもやり遂げるミカに劣等感を抱いている母親や父親は、ミカの雑さが見られるたびに喜んで折檻した。
ミカは、しばしば父親に取り入るため、兄弟の悪事を告げ口していた。そうすることによって、自分を守ろうとした。ミカは、父親が人を殴っている時に楽しんでいることを知っていた。父親はミカを卑しいと言ったが、人を殴ることができて幸せなのだ。だからミカは父親の役に立っていると思っていた。
弟の悪事を告げ口しているからといって、弟のことが嫌いなわけではなかった。ミカは、自分の母親が妹との仲が良くないことを知っていた。彼らの様になってはいけない、そう考えていた。
当時はまだ決定的な事件が起きていたわけではないけど、母親の母親の妹に対する感情はただの嫉妬にほかならないと、ミカは気づいていた。
「ミカちゃん、おかあさんはね、いつもキョウちゃんと比べられて、かわいくない って言われていたの。ひどいでしょ?」
「そうだね。ひどいね。」
「親戚のおじさんだってね、キョウちゃんは細くてきれいだけど、リョウちゃんは太ってるっていうのよ。」
「おかあさんは大変だったね。」
母親のトラウマを聞かされ、共感させられる度に、ミカの何かが吸い取られていく。小学校4年生のミカはこのことに気づいていなかった。
自分のトラウマは真剣に聞いてもらいたがるのに、ミカが抱えていた友人関係の悩みは、一度もちゃんと聞いてくれたことがなかった。
その上、学校で習った算数の問題の解き方について確認したくて質問をしたことがあったが、母親は答えられなかった。突然怒り出してミカのノートにぐちゃぐちゃとした線をボールペンで書きなぐった。
―やっぱり
内心、ミカは母親がこの算数の問題を解けないのではないかと気づいていた。そう、ミカは母親を試したのだ。そして、その予想は的中した。ミカは学校の先生が厚意で開いてくれている居残り勉強に自ら望んで残るようにした。勉強は学校の先生に聞けばいい。
お皿を拭きながら、最近あったそんなことをぼんやりと考えていると、父親が帰宅した。
ドスン、ドスン
ミカはこの足音を聞くといつも動悸がした。
「ただいま。」
特に怒っているわけではないらしい。ミカはほっと胸を撫で下ろした。
父親は高校の教員である。学校ではまともな教員らしい。家族の前では突然怒り出すので、みんな怯えてしまい、話しかける人は少ない。
学校の教員というのは人の感情に関わるため、この父親のように家で別の顔を持っている人も少なくはない。人の感情を扱う職業というのは、その人間に余程の器がなければ、精神が削り取られていくものだ。
ミカの父親もそういう意味では普通の人間であった。いや、普通の人間よりもかなり小さい器だと言えるだろう。
もともと人と関わるのが得意でない上に、衝動性と暴力性を理性で押さえつけながら仕事をしている。そのため、定期的に精神が壊れて、暴れてしまう。
臭いや音にも敏感だ。そのため、日頃のストレスは計り知れない。しかし、だからといって、周りの人に暴力を奮っても良いわけではない。
そういう意味でも、ミカの父親は子供を育てる人間として良い環境とは言えないだろう。しかし、ミカはこの父親に見捨てられてはいけないと思っている。
どんな暴力を受けようとも耐えているのは、お金のためである。
ミカは小学生ながら、働かないとご飯が食べられないことを知っていた。子供だけでは生きていけないことも知っていた。だから、大学を出るまでは我慢しないといけないと、自分の境遇を受け入れていたのだ。
ジーーー、ゴソゴソ、カサカサ、という音がして、父親が小さな包を通勤カバンから取り出し、シュウに手渡した。
「開けていい」
シュウはそう聞いて、袋をビリビリと破き中身を取り出した。
コロン、と出てきたのは、人形だった。
「コアラだ」
ミカは呟いた。
―可愛いな、コアラの人形なんて見たことないし、ほしいな
ミカはそう思ったけど、言わなかった。
―どうせわたしのものにはならない。
なぜなら、シュウはその人形が気に入ったようだったからだ。
ミカはあまり言葉で言わない。「譲ってあげる」とも何とも言わず、無言で自分は求めていないことを伝えてしまう。それはミカの良くないところでもあった。
人前で何かを「ほしい」などと言う資格などないと思い込んでいるのである。
ほしいな、と思っていても逃すことが多かった。ミカはこの年にして結構諦めてしまっていたのである。
手のひらの上に乗っているコアラを見て、シュウは顔が笑みに変わっていくのを感じた。
―僕のものになるのかな?
でも、何かミカちゃんもほしそうだ。
いっつも言わないんだから。
一緒に遊べたらいいよなあ。ミカちゃんの持っている人形と一緒に…何か考えてみよう。
シュウもミカとやり方は違うけれど誰かのために自分を犠牲にすることを好んで行う人間であった。
シュウは3歳年上の姉をちゃん付けで呼んでいた。
これは当時の流行りで、母親の躾の「こだわり」であった。「おばあちゃんと呼ばれたくないから○○さんって呼ばせる」というような考え方の延長で「お姉ちゃんと呼ばせないで、○○ちゃんと呼ばせる」である。
この躾は、後々間違っていたことが分かっている。日本において、家族の役割というのは大事だからだ。
躾の方針はともかく、ミカとシュウは姉弟としてうまくやっていた。
ブリンキーファミリー物語 @mika_pon
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