金芝工場
@321789
金芝工場
俺の名前は高橋満。今年から晴れて社会人となった。ピッカピカの一年生だ。
今日は、私の勤務先である金芝工場で研修が行われる。そして今、俺は会議室で担当者が来るのを待っているところだ。今年の金芝工場の新入社員は俺一人らしく、少し気まずい面持ちで待っていた。2、3分程すると担当者が来て簡単な自己紹介をした。
「待たせて申し訳ない。俺は研修を担当する友坂だ。よろしく。」無表情で言い放った友坂という男は、中肉中背で年齢は30代中頃くらいかと思われる。髪はあまり整っておらず、髭もここ数か月は手入れをしていない様子だった。
「じゃあ最初に工場のことを説明しようと思うから準備して」そう言うと友坂は私にヘルメットと分厚い鉄板、防弾チョッキにガスマスクを渡してきた。次々と渡される物騒な装備を見て形容しがたい不安に駆られながらそれらを受け取った。素早くそれらを身に付けると友坂さんがそそくさと歩き始めたので私もそれに続いた。少し歩くと工場が見えた。何の変哲もない普通の工場だ。しかし、工場入口10m手前で突然友坂さんが
「はい、しゃがんで」
「えっ?」と私
「いいから」
「は、はい」と渋々しゃがみこんだ数秒後、ドンッ、という凄まじい爆音が鳴り響いたかと思うと後方で何かが爆発した。見ると半径5mぐらいの穴があいていた。
「ここは大砲ポイントだから。覚えといてね。」何事もなかったかのような調子で友坂さんは言った。
大砲ポイント?なんだそれ。全く意味が分からなかったので質問しようと思ったが、友坂さんの質問するまでもないだろオーラで質問できなかった。なんで大砲なんて危険極まりないものがお菓子工場にあるんだ。
あっ、そうそう。俺が働くこの金芝工場は金芝株式会社が運営する工場だ。金芝株式会社は地元じゃ知らない者がいないぐらい有名な会社だ。あと3年で創業80年になる。金芝ポテチは俺の血肉となるぐらい食っていると思う。金芝株式会社はお菓子でも勿論有名なのだが、色々な噂が囁かれている。従業員が全員幽霊だとか、この工場に入ったひとは人は呪われるだとか、ホラーチックな噂が絶えない。こういう噂があるから有名な会社ではあるものの、入社しようという人が少ないのだろう。だが、今起きたことを思えば噂も本当かもしれないと思ってしまう。というか、噂よりもヤバイ気がする。工場に入ると、機械が恐るべき速度でポテトチップスの袋詰めをしていた。友坂さんは立ち止まるとポテトチップスの製造工程についての説明をしてくれた。正直、そんなことよりもさっきの大砲のことを説明してくれよと思ったが、その気持ちを押し殺して説明を聴いていた。一通り説明を終えると友坂さんは歩を進めた。まぁ、いったん大砲のことは忘れよう。そう思った時だった。ヒュンッ、と何かが左頬をかすめたのだ。血が滴り落ちる。はい?何が起きたんだ?
「あぁ、ごめんごめん。言い忘れてた。ここはナイフポイントね。」
「な、ナイフポイント?」
「うん、そう。覚えといて。」
もう我慢ならなかった。
「ちょっとすみません。一つ質問していいですか?」
「何?どうしたの?」
「先ほどから気になっていたんですけど、大砲ポイントとかナイフポイントというのはどういうことなんですか?」
「…………」永久とも思えるぐらいの沈黙が続いた。かと思うと友坂さんは何事もなかったかのように先へ進んだ。ヤバイ。質問したら駄目なやつだったか。いや、なんで駄目なんだ。普通気になるだろ。
相も変わらず友坂さんは凄いスピードで歩き去っていくので俺はついていくしかなかった。
一通り工場の見学を終えると、再び会議室へ戻った。友坂さんは社長を呼ぶからと言って出ていった。
出ていくと同時に会議室をなめるように見渡す。今しがたとんでもない体験をしたから、もしかしたこの会議室にも工場のような仕掛けがあるんじゃないかと警戒してしまう。注意深く見回すが、特に気になるところはなかった。よかった。
しばらくすると快活な老人が入ってきた。左目に眼帯を着けたその老人はニコッと笑いながら
「こんにちは。社長の金芝です。待たせてすみません。いきなりですが、どうでしたか?工場を見てみて。ここで働くイメージはできたでしょうか?」
「はい。」できるわけないだろうと心の中で叫びながら言った。
「それはよかった。じゃあ、私からは会社の歴史をちょっと話したいなと思っています。まず、金芝株式会社の前身である…」
30分程話してから社長はそそくさと会議室を出ていった。社長による説明に真新しいことはほとんどなく、会社のホームページに書かれてあることばかりだった。やはりというかなんというか社長からも大砲ポイントとかナイフポイントについての話は皆無だった。一体全体どういうことなんだ。社長の眼帯凄く気になる。この工場で怪我したのだろうか。あれっ?というか誰もいなくなってるぞ。社長はまあ今出ていったの分かるけど友坂さんはどこに行ったのか。俺はどうすればいいんだ?まあ、待つとするか。30分…1時間…全く人が来る気配がない。2時間…辺りは静寂に包まれている。まるで戻ってくる気配がしない。どうすりゃいいんだ?迷った末、とりあえず友坂さんのところに行こうと決めた。会議室を出ると社員らしき人がいたから友坂さんはどこにいるのか尋ねると
「ああ、君は新人さんだね。友坂さん?申し訳ないけどわからないなぁ。ごめんね。」
「いえいえ、じゃあ、社長はどこにいるかわかりますか?」
「それなら、社長室にいるんじゃないかな。よかったら呼んでこようか?」
「ありがとうございます。お願いします。」
社員さんの対応に感謝しながらも、友坂さんに腹が立っていた。友坂さんはなぜ俺を2時間も置き去りにしたままどこかへ行ってしまったのだろうと。
しばらくすると社長が後頭部をさすりながら
「すみませんね。すっかり忘れていましたよ。」ニコニコ顔で言い放った。殴ってやりたい気持ちをなんとか抑えながら笑顔で返した。
「本当にごめんなさい。気を取り直して今から事務室行ってちょっと挨拶行こうか。」
事務室に入ると、従業員の方々がパソコンを忙しく操作していた。皆、こちらに気づく様子は微塵もない。すると社長が
「皆さんいったん作業を止めてください。今日から私たち共に働く新しい仲間を紹介したいと思います。じゃあ、自己紹介どうぞ。」
「はい、私の名前は高橋満と申します。一日でも早く会社の戦力になれるよう頑張ります。よろしくお願いします。」
「はい、ありがとう。じゃあ今度は従業員に一人ずつ自己紹介してもらおうかな。まず原田さんからお願いします。」
はいと返事をした40代後半ぐらいの男性が立ち上がり
「原田和幸と言います。よろしくお願いします。」一言だけ言って座る。
「次は熊野さん。」社長がそう言うと女性の社員さんが返事をした。
「はい。私は熊野丁子と言います。よろしくお願いします。」
「次は…」順番に自己紹介があった。金芝株式会社には社長を含め8名の従業員が働いている。売り上げ規模の割には凄く少ないが退屈な自己紹介が早く終わってくれるからありがたい。従業員の紹介が終わると社長が1時間休憩にすると言った。さっき2時間も待ってたから休憩なんていらないんだが。
俺の気持ちなど露知らず社長はニコニコしながら社長室に入ってしまった。同時に従業員達も昼食を取り始めた。時計を見ると12時を回っていた。しょうがないから俺も昼飯食うか。会議室に戻りかばんから弁当箱を取り出した。そして水筒を取り出…んっ?水筒がない。しまった。まあいいか。自販機で何か買うか。自販機は確か事務室の近くにあったはず。自販機に行くとそばにある長椅子に女性の従業員が座っていた。名前は確か熊野さんだったと思う。熊野さんは俺の存在に気付くと
「あっ、えーと、高橋さん…でしたよね?」
「そうです。」
軽く一礼すると妙なものが目に留まった。熊野さんのそばに刃渡り20㎝はありそうなナイフがあった。俺がナイフを凝視していたことに気付いたのか熊野さんは
「これ気になります?ンフフ、これはですねジェームズ・ボウイという人が実際に携行していたナイフなんです。綺麗でしょ?私、ナイフ収集が趣味なんです。ナイフさえあれば他はどうでもいいくらい。あっすみません。喋りすぎました。どうぞ飲み物買われて下さい。」
「あっ、はい…」やばいなこの人。飲み物を購入すると逃げるようにその場を後にした。この会社、やばいのは工場だけじゃないらしい。会議室へ足早に戻っていると廊下で体育座りをしている人がいた。この人は…えーっと、ああ、竹林さんだ。竹林さんはなにやらブツブツブツブツ独り言を発していた。
「なんでないんだ!!くそっ!!!」
あ~、これ物音立てちゃいけないやつだ。そろりそろりと竹林さんの前を歩く。すると竹林さんがこちらに気付いて
「おっ?君は新人の高橋君じゃないか。」
しまった、気付かれてしまった。どうしよう。
「はい、そうです。」
「やっぱりそうだよね。俺のこと覚えてる?覚えてる訳ないか。改めて。竹林と言います。よろしくね。」
「よ、よろしくお願いします…し、失礼します。」
「ちょっと待って。いきなりだけど高橋君はワンピース読んでる?」
「えっ?漫画の?読んでますけど。」
「ならポーネグリフって知ってるよね?」
「ま、まあ。」
「ふむふむ。よろしい。いやね、ワンピースって何億冊も売れてるのにここの従業員ときたら知ってる人一人もいない訳。だから、一人でポーネグリフ探すしかなかったんだよ。」
「探してる?えっ?」
「いやだから、探してるのよポーネグリフ。」
絶対あるはずなんだよな~、と腕を組んで考え込んでいる竹林さんを見て入社したことを後悔した。
何なんだこの会社は。熊野さんといい、竹林さんといい、変な人ばっかりだ。ていうか友坂さんどこ行ったんだ。
「ということで、高橋君もどうかな?ポーネグリフ探し。2人で力を合わせてラフテルを目指すんだ!!」
「へっ?」
「へっ?じゃなくてラフテルを目指すんだよ。」
こういう場合はどう返答すればいいんだろう。適当にはいって返事して終わるか。いや待てそれは凄い面倒なことになる。じゃあ潔く断るか?でも竹林さんの目が…当然一緒に探すだろ?って目になってるよ。面倒くさいな。
「お~い、おい!高橋君?どうしたんだ?」
「あっ…すみません。えーっと何でしたっけ?あ、そうそう。一緒に探す夏どうかでしたね。はい、つき合わせていただきます。」
「おー!!!」そうかそうか。ははは、嬉しいな。改めてよろしく。高橋君。」
「よろしくお願いします。」
よろしくお願いしますじゃないよ。あー、取り返しのつかないことを言ってしまった。あるはずのないポーネグリフ探さないといけなくなっちゃったよ。どうしよう。
竹林さんに一礼して会議室に戻りながら激しい後悔の念に駆られた。これからずっと終わるの事のないポーネグリフ探しの旅が始まってしまうのか…仕事より大変なんじゃないか?トホホ…
それから弁当を食べてぼーっとしていると社長がやってきた。
「はい、今日はこれで終わりにしたいと思います。明日から実際に具体的な仕事内容とか、業界についての勉強とか、働く上での基本的なことを伝えていきたいと思いますんで。よろしくお願いします。じゃあ。気を付けて帰って。」
お昼の前に言えよと思ったが、まあいいか。なんかもう疲れた。帰って寝たい。会議室を出て出口のドアに手をかける。その瞬間、体中に強烈な電流が走る。あまりに驚いて転倒してしまった。何があったのか分からず、しばらく呆然としていた。何とか我を取り戻して冷静にドアを確認すると、ドアノブの横に「電流注意!」と注意書きがしてあった。
ああ、そうだった。ここはそういう場所だったな。次から気を付けよう。
ふぅー、明日からここで働くのか…明日で終わりかもしれないけど。
おしまい
金芝工場 @321789
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