全てをほっぽり出した者の一言

@321789

全てをほっぽり出した者

重たい瞼を開く。9:03と表示された時を告げる円形の機械に目をやる。ベッドから身を起こすと、散乱したごみを押しのけながら洗面台の前に立つ。蛇口をひねる。顔でも洗うか。だが、どうにも面倒になり、水を止めた。じゃあ、飯を食おうか。冷蔵庫の中から昨日買ってあった惣菜を取り出し、ごみで溢れかえった机の上に置く。いただきます。しかし、手を合わせた途端、食べるのが面倒になり、横になった。う~ん、次は何をしようか。あっ、そうだ。仕事のプレゼンテーションの資料を作成しないといけないんだった。いや、それは後でいいか。それよりも、最近釣りに行ってなかったから久々に行くか。早速、釣り道具を用意し、服も着替え、身支度を整えた。よしっ!さあ、行くか。意気揚々と玄関のドアノブに手をかけ、勢いよくドアを開ける。陽の光を一身に浴び、気持ちが晴れやかになる。その瞬間、心が満たされ釣りに行こうという意気を圧し潰してしまった。陽の光の力に驚嘆しつつ、ドアを閉める。さて、次は?


 円形の機械には、12:37と表示されていた。起きてから3時間半、まだ何もしていない。何かしなければ。何かないものか。ふと視界にテレビゲーム機が映る。ゲーム…ゲームかぁ。まあ、でも、やってないゲームいっぱいあるしやるとしましょうかね。山と積まれたゲームソフトの中から「とかげクエスト」を手に取り、ゲーム機にディスクを挿入した。ブィーン…ディスクの回転音が静かな部屋に響く。数秒後ゲームが起動し、オープニング画面が表示される。しばらくオープニング画面を見ていると、なぜゲームにはオープニング画面があるのだろうかという疑問が頭から離れなくなった。正直言ってオープニング画面なんてなくていいからさっさとゲームを始めさせてくれと思ってしまう。本当になぜオープニング画面は存在するのだろうか。10分ぐらいか…テレビ画面をぼ~っと眺めながらゲームにオープニング画面がある理由を考えていた。これからゲームが始まるぞとプレイヤーに期待を持たせるためか、ただなんとなくでオープニング画面を表示させているのか、あるいは大人の事情か…いくら考えても答えは出なさそうだな。いっそゲーム会社に問い合わせてみるか。いや、アホか。んっ、待てよ。今、オープニング画面がある理由を考えていて気付いたことがある。


ゲームをプレイしたい気持ちがなくなっている。静かにゲーム機の電源を消すと再び何かやることはないか探し始める。この際、新しいことでも初めて見るか。最近、感じていたのだが、仕事も趣味もあらゆる事にマンネリ化の波が押し寄せている。この波を押し返すには、新しいことに挑戦しするしかないと思う。何がいいだろう。読書はどうだろう。今まで本なんて真剣に読んだことなかったし。それか今流行りのDIYは?中々面白いかもしれない。掃除に精を出してみるのは?それがいいかもな。まずこのゴミの王国と化している部屋を何とかしないと趣味どころじゃないしな。そうしよう。思い立ったら即実行。片づけるぞーー!!だが、どうやって?思い返してみると今までの人生、まともに掃除をした記憶がない。掃除ってどうやって進めていけばいいのだろう?いや、あれこれ考えていてもしょうがない。とりあえずゴミ山を何とかしよう。じゃあゴミ袋がいるな。ゴミ袋ってどこにあったっけ?そもそも買ってたっけ…


 ゴミ袋捜索から15分、ようやく念願のゴミ袋を発見した。ゴミ袋を見つけたときは宝を掘り出した探検家のようにゴミ袋を天井に向かって高らかに突き出した。やったー!全身が歓喜した。が、その時、悲しいかな掃除をしたいという気持ちが失せてしまったのである。人間というものは、不思議な生き物である目的を達成したら一旦他のことをやろうという気持ちがなくなってしまうものなのだ。もう、掃除はいいや。


 夕焼け小焼けで日が暮れてきた。一日はあっという間である。ご飯食べるのも面倒だし、お風呂はなんかだるいし、あとは…寝るだけか。今日も結局、何もしなかったなぁ。


「嘘でしょ…」                         


                                        おしまい

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