俺に悪役キャラとか絶対に似合わねー!

雄哉

悪魔の契約……なのか?――1

 カフェ、フローチェ。オフィスビルの一階にあるこの店は、保険会社や証券会社、大手銀行が並ぶビジネス街の一角にある。客はスーツ姿の、いかにも商談の合間の時間つぶしや、書類チェックのために立ち寄ったビジネスマンといった風貌の者が多い。土曜日だというのに、お仕事お疲れ様といった感じだ。コーヒーの香りに、喫煙コーナーからたばこのにおいが漂ってくる。

 そんな中で、高校生の三滝隆志は少々落ち着けないものも感じていたが、

「で、わざわざこんなところに呼び出して何の用だ? 親父」

 さっそく切り出した。

「コーヒーおごってくれるのはありがたいけど、ここじゃないと話せないことなのか?」

 隆志は、ガムシロップを入れたアイスコーヒーをストローでかきまわす。氷が軽い音を立てた。

「まあ、こういった場所のほうが話しやすいからな。込み入った話だ。家族に聞かれたくない」

 テーブルを挟んで隆志の正面に座った父、三滝瀧彦は口を開いた。真剣な表情だ。家で四季報や経済紙に目を通している時よりも目つきが険しい。

 こういう時の父は何を考えているのか、一六年この男と付き合ってきた隆志にはわかる。

「他に欲しいものがあったら、好きに注文したらいい」

 そう、瀧彦は追加のワイロをちらつかせた。

「じゃあ追加でここのハムサンドも頼もっかな。コーヒーだけだと物足りない」

「いいぞ、ただし要件を先に話してもいいか」

「どうぞ、親父」

「真澄のことだ」

 やっぱりだ。

 隆志の妹であり、中学三年生の我が三滝家の華麗なるヒロイン。通っている中学では成績学年トップなのはもちろん、生徒会副会長を務め上げたできる娘。

 この間の一学期の終業式と同時に生徒会副会長の役目を退き、今はただの受験生となっているが、隆志にとってできすぎた存在だ。

 と同時に、瀧彦にとっての最愛の娘。この近くの銀行に勤める瀧彦は、その堅物な顔とは裏腹に子煩悩で、特に真澄への偏愛はすさまじい。幼稚園時代から真澄の運動会、学芸会、音楽発表会には必ず顔を出し、授業参観にすら仕事を休んで出たことも多々ある。真面目で変化に乏しい表情の下に、真澄に対するデレデレした気持ちを隠した父親、いわゆるデレパパだ。

「その真澄が、どうかしたのか?」

「真澄の志望校は、隆志もよく知っているよな」

「俺が通っている、弥山だろ」

 正式には、広島弥山学園高等学校。広島県下においてはトップクラスの偏差値を誇る私学校で、毎年数名の東大合格者も輩出している。

 もちろん真澄が弥山を目指すのは、兄である隆志が通っているから、兄と同じ学校の制服に袖を通したいから、という理由ではない。単純に進路に有利だからだ。兄と同じ学校なのは気に食わないけど、一年我慢するだけだから大丈夫、とまで真澄に言われたことがある。とほほ。  

「いざという時は隆志が受験勉強で頼りになる。だからあまり心配はしていないが、今は真澄にとって大事な時期だ」

「それくらいわかっているよ。さっさと用件を話せよ」

 さりげなく隆志を誉めそやして、次に何を言い出すつもりだろうか。

 瀧彦は身を乗り出した。

「じゃあ、話すぞ」

 こっそりと未公開株式の取引を持ち出すように、あるいは不適切接待を仕掛けた役所のお偉いさんに便宜を図ってもらうように、瀧彦は声を小さくする。隆志も、よく聞こえるように身を乗り出した。

「言っておくが、これは重大だ。心して聞け」

「もったいぶらないで早く話せ」

「覚悟はできているんだろうな」

「だあぁ、もう! いい加減にしろ」

「真澄に彼氏ができたらしい」

 ……はい?

「今、何って言った?」

「だから、彼氏だ、彼氏」

 彼氏、あの容姿端麗だが勉学一筋で高潔、学校で孤高を貫きつまらない情事には関心すら示さない、高嶺のさらに高嶺に咲く花の真澄が……?

「それ、ほんとか?」

「冗談でどうしてこんなところに隆志を連れてくるんだ」

「どこでそんな情報仕入れた? 相手はどんな人なのか知っているのか?」

「同級生らしい。真澄の部屋の前を通りがかったら、電話する声が聞こえてな」

「それで、どうして彼氏だってわかったんだ?」

「君付けで相手を呼んでいたし、後でこっそり真澄の携帯の通話履歴を見たら、男の名前があった」

 隆志は、脇にあるお冷を手に取って、大きく傾けた。冷たい水がこぼれ、瀧彦の手にかかる。

「冷たっ、隆志、何を……」

「ごめん、わざとこぼした」

「わざと!」

 娘の携帯を勝手にのぞき見るなんて最低だぞ、顔とその高級なクールビズワイシャツを濡らしてやらなかっただけありがたいと思え。

 隆志は心の中で父親を非難しながら、ポケットからハンカチを取り出して瀧彦に手渡した。瀧彦は濡れた手を拭っていく。

「いつから関係が始まったか、どこまで深まっているかまでは知らん。だが真澄に彼氏が湧いているのは確かだ」

 湧いたって、おいおい、ウジ虫かボウフラかよ……

「そこで、隆志に頼みたいことがある」

 瀧彦が背筋を伸ばした。部下に無茶を承知で厳しい仕事を振る、冷徹な上司といった感じだ。厳めしく、有無を言わさない雰囲気。この人にこんな目をされた職場の部下は、さぞ断れないんだろうな。

「真澄とその彼氏を別れさせてほしい」

「……俺が、か? 親父のほうから言えばいいだろ」

「私が別れるよう言っても、真澄は高圧的に受け取って反感を買うだけだ。それもそれで受験にも影響が出るかもしれない。だが真澄は隆志、お前の言うことなら、比較的よく聞いてくれるだろう」

「つまり、俺に悪役になれと。真澄に恨まれろと、そういうことか」

「残酷かもしれないが、頼む。進路がからんでくるこの時期の恋は、刺激が多い。相手が何者なのかもわからないのも不気味だしな」

 今まで恋など興味もなさそうだった真澄のことだ。まさか性格の悪いダメ男に落とされるということはないはずだが。

「変な男にたぶらかされて、いっときの気の迷いで、高校生活を後悔しながら過ごす。そんな真澄の顔は見たくない」

 どこか必死な形相で、瀧彦は懇願してくる。どうしても、真澄とその彼氏とやらを引き離したいらしい。相手がどのような人間なのか、名前しか情報がないくせに、彼氏のことをまさにその性格の悪いダメ男だと言わんとしていた。とんだ偏見だ。

ひょっとしたら、真澄にとって理想の相手かもしれないというのに。

 娘の受験のため進路のためと必死で正当化して、下心をひた隠しにしようとする瀧彦の姿。隆志は軽くかちんときた。

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