第6話 トレスプーシュ辺境伯

「ベルナール閣下! 北部の国境付近でルンドバリの者を見たという報告がありました!」

「小隊一個で偵察に行ってくれ」


「南部に偵察に行っていた者が戻って参りました。小さないざこざがあり、数名の負傷者が出ましたが、敵は追い払ったとのことです」

「ご苦労。怪我人の手当てをしてやってくれ」


 バシュラール王国の王室は呪われている。

 はるか昔に魔女の呪いを受けたからだ。呪いは千年続くと言われていた。

 

 真面目に記録を調べた学者の見解では、今は322年目だそうだ。

 王室は400年くらいは経っていると主張しているが、根拠は曖昧だった。どちらにしても、先が長いことは同じだ。

 呪いは続いている。


 王と、成人を迎えた王太子は例外なく虚弱で、聖女が持つ癒しの力に支えられなければ、すぐにぽっくりいってしまう。

 別の血筋の者を王位につけて試してみたが、無駄だったと聞いた。


「ルンドバリ皇国のやつらは、やはり我が国を奪うつもりでしょうか」

「だろうな。おそらく、王の体調が優れないことを知ったのだろう」


 現王であるアンセルム陛下は体調を崩しがちだ。

 聖女の持つ癒しの力を軽視して、王妃を顔で選んだせいだ。

 セリーヌ王妃はとても美しいが、聖女としての実力は中程度だと聞く。

 

 バシュラール王国では長年聖女の育成に力を入れてきた。

 優秀な聖女を王妃に迎えることで、王の力を安定させるためだ。

 しかし、それが上手くいきすぎたため、王は呪いを受けていることを忘れるようになった。

 聖女の育成は続けていたが、最も優秀な聖女を王妃に迎えることを怠ったのだ。


 アルセルムの不調の原因はセリーヌ王妃の力不足によるものだ。それは明らかだったが、呪いに関することは王家の重大な秘密であり、聖女としてトップに上り詰めた者と辺境を守るトレスプーシュ家の当主しか知らない。

 

 王の呪いが周辺諸国に知られることは国防上、非常にまずいからである。


 だが、呪いの秘密や聖女の役割を知らなくとも、実際に王が弱っていることに気づけば、隣国がバシュラールを我が領土にと考えるのは当然だ。

 特にバシュラールの北に位置するルンドバリ皇国は、常にバシュラールを狙っている。かなり広い国土を持っている大国だが、実際には半分は凍った大地で草も生えない。

 温暖な領地と凍らない港を喉から手が出るほど欲しがっていた。


 王が弱いと国境を守る自分に負担がかかる。


「せめて王太子殿下くらいは、まともな聖女を選んでくれよ」


 一人になった執務室で、ベルナールは呟いた。


(あまり期待はできないがな……)


 まともな聖女など、もういないのかもしれない。


 怪我の絶えない部下のために、医者と看護師は置いているが、聖女は置いていなかった。

 何度か探したが、いいと思う者がいなかったのだ。


 どの聖女も、いかにも優し気な、聖なる雰囲気を持っていた。だが、施術はビミョーだった。

 傷が癒えたのかどうかわからない状態で、「痛みを和らげました」と言う。

 兵士も「そんな気がする」と言ったが、ベルナールには怪しく思えた。


「聖女など、しょせんインチキな者ばかりだ」


 せめて王都で修行を積む者に、少しでもマシな聖女がいるようにと願うしかない。

 

(次もまた、弱い王なら、バシュラールが滅んでも責任は持てないからな……)

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