第2話 旅立ち

 自由の身だ。

 

 ネリーのインチキ施術には呆れるしかないのだが、あれは訴えたところで力のない人間には理解できないだろう。

 全然オーラが出てないのに、患者が癒えるはずがない。第一、アニエスが見た限り、患者のどこにも病の気など見えなかった。

 絶対「やらせ」だ。


 とりあえず、インチキ施術の「やらせ」リストは作ってある。

 力がないことが王にバレた時に出してやれば、協力者たちも白状するしかなくなるだろう。


 王は本物の不調になるのだから、癒せないネリーが施術すればインチキなのはもろバレだ。

 王太子と婚約すると、不調の王の施術を任されることがある。王太子だってそろそろ不調が始まるはず。

 化けの皮が剥がれるのは時間の問題だ。

 

 その時になってアニエスを頼ってももう遅い。

 ほかの、ちょっとは力のある聖女にでも癒してもらってくれと思う。


 そんなことより、自由の身だ。


 将来の王妃候補である聖女になんか選ばれてしまったせいで、アニエスの人生は暗かった。

 修行の連続だった。


 六歳で王宮に入って十二年。


 父や母に会いたいと泣いたこともあった。

 欲しかったオモチャ一つ、買ってもらったことがない。


 大好きなお肉も、癒しの力が濁るとかなんとか言って、週に一度しか食べさせてもらえなかった。


 野菜と魚のほうが清らかな身体になると信じている神官たちは時代遅れも甚だしい。

 力を使うには体力がいる。

 必要なのは、ガッツリした食べ物なんだよ! 時代は肉だ! と何度言ってやりたかったことか。


 久しぶりに実家に帰って、父様と母様に甘えて、お肉をいっぱい食べるんだーと、ウキウキ子爵家に向かったアニエスだったが、運命はどこまでもアニエスに冷たかった。

 甘えるどころか、落胆しきった父と母にくどくど説教されたり嘆かれたり。

 とても肉のことなど持ち出せる雰囲気ではない。


「期待してたのに」

「誇りに思っていたのに」


 繰り返される言葉に、それはそうだろう、申し訳ないと思うのだが、アニエスが失脚したのは、ネリーの謀略のせいであって、あの場合、どうしようもなかった。

 アニエス自身はできることはちゃんとやって、本当に頑張って、一度は次期王妃、王太子の婚約者の座を勝ち取った。

 そこを誇ってほしい。


 時間が経てばわかってもらえると思うけれど、今は無理だ。

 みんなネリーの施術を見てビックリしていた。感心してた。

 アニエスが「えー……?」と思っている間にも、絶賛の嵐が巻き起こっていた。


 ものすごく具合が悪そうだった人が、目の前でぴんぴん元気になる姿を見た人たちは興奮していた。

 とても「インチキじゃん?」なんて言える雰囲気ではなかった。


 アニエスが言っても、嫉妬していると思われただろうし……。


 でも、言うだけ言ったほうがよかったのかなと、少しだけ後悔した。

 信じてもらえなくても、本当のことがわかっていたなら、一応ちゃんと言ったほうがよかった。


 いや。ないな……。


 恥をかいて終わりだ。


「私、これからどうしたらいい?」


 家に戻っていいのなら戻りたいけれど、なんとなくそうではない雰囲気がある。

 兄が結婚したばかりだし、底辺子爵家にありあまる経済的ゆとりがあるとは思えないし……。


「旅に、出ようかな……」


 ポツリと言ってみた。


 両親は無言になった。貝みたいに口を閉じている。

 無言とは、すなわち圧力だ。


 そうしてくれと言われているのがわかった。

 

 かわいくないのだ。

 六歳で手放して、ずっと会っていなかったのだから無理もない。

 

 急にこんなに大きくなって帰ってきても、他人みたいな感じかもしれない。

 少しだけ年を取っているけど、父と母はアニエスがずっと恋しく思って瞼に浮かべ続けた姿だ。

 でも、二人にとっては違うのだ。


 泣きそうになったけど、我慢した。

 聖女の修行をする間に、涙なんかとっくに流しきってしまった。

 平気だ。


「旅に、出てみるね」


 どこか遠い所へ行こう。

 誰も知っている人がいないくらい遠くに。


 王宮から退職金も出て、多少のお金はある。

 多少だけど。 

 少……かな。多は、ないな。


 十二年も頑張って、たったこれだけ……と思ったけど、でも。


(うん。旅に出よう)


「お父様、お母様、ごきげんよう。どうぞお達者で」

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