第29話 樹上開花《じゅじょうかいか》…たいしたことのないことを大げさに見せて、周りを欺きます(前)
リントス王国を長きにわたって悩ませてきた、「この世の者では破ること能わざるダンジョン」。
かつて、そこから出現するモンスターは多くの人々を襲い、広い土地を荒らしてきた。
だが、ただひとり、それを食い止められる者が現れた。
王位継承者ディリアが王家に伝わる呪文で異世界から召喚した、16歳の身体を持つ少年。
だが、その実体は30歳過ぎた、高校の非常勤講師だった。
その名は、仮屋真琴という。
……といえば聞こえはいいが、この城の中では無位無官の居候に過ぎない。
真夜中の眠りをけたたましく叩かれる部屋の扉の音で醒まされ、ダンジョンへ引きずって行かれても文句は言えない立場だった。
瞼の奥にぼんやり浮かんでいる夢の名残りは、このステータスだ。
〔カリヤ マコト レベル29 16歳 筋力55 知力78 器用度69 耐久度70 精神力67 魅力58〕
魅力も上がっていたら、せめて夜が明けるまで待ってもらえたのだろうか。
僕を叩き起こしたのは騎士団長のオズワルだった。
自分の馬の後ろに僕を乗せて、呻くようにつぶやく。
「なかったのだがな……しばらくは」
オズワルが言うのは、モンスターの大群が再び、人を襲うようになったことだ。
僕がこの異世界に召喚されてダンジョンを制圧するようになってからは、なかったことだった。
せいぜい、
闇エルフのエドマが開く「闇の通い路」で、ダンジョンの遥か底から直接、地面へ上がってくるのだ。
だが、それはダンジョンの外へ出て、中にいる警備の騎士をおびき出すためだったにすぎない。
「でも、ダンジョン詰めの騎士は?」
不機嫌そうな声で、オズワルは答えた。
「増やした」
これは、制圧したはずのダンジョンがモンスターたちに奪い返された経験による。
これも、いきなりルールが変わったとしか言いようがない。
そうなれば、戦い方も変わってくる。
「僕は……どうすれば?」
まさか、野外戦闘に加われとでも言うのだろうか。
確かに筋力は上がったけど、これで剣を振るったところで、騎士団と肩を並べるほどの役には立てない。
ましてや、1ターンに2回攻撃ができるオズワルには及びもつかなかった。
そんな僕の不安を和らげようという配慮も、この騎士団長には期待できない。
ただ、短い答えが返ってくるばかりだった。
「……死ぬな」
ダンジョンへの道は、真っ暗な闇に閉ざされていた。
その言葉の意味は、暗闇の中にひしめき合う者どもの姿を、戦闘の騎士の掲げた松明の炎が照らしだしたところで分かった。
道端の木々の間から現れた、騎士団と同じように馬にまたがった影が僕たちの行く手を阻んだのだ。
オズワルが、僕でさえ予感できる戦いへの興奮を、声と共に低く抑えながら尋ねた。
「何者か」
返事の代わりに、何頭とも知れない馬が荒い鼻息を立てる。
馬上の影も答えなかった。
少なくとも、騎士ではない。
その身体には鎧こそまとってはいないが、ただ、帽子を目深にかぶって、大きなマントで身体を覆っていた。
きりきりと引き絞られた短弓がいくつも、こちらに狙いをつけている。
さらに、その馬の足元には、いくつもの目が光っている。
闇の中でも唸り声を聞けば、それが犬だということは姿が見えなくても分かった。
僕は、オズワルの背中から囁いた。
「たぶん、
荒野であろうが耕地であろうがお構いなしに駆け巡っては災いをもたらす、異形の者の群れだ。
日本で言えば、百鬼夜行にあたるだろうか。
オズワルが訪ねる。
「どうすればいい」
魔法使いのレシアスや僧侶のロレンがいれば、これらを追い払うくらいの呪文や祈りは心得ているだろう。
だが、騎士団だけでは、ひとつしか方法がない。
「戦うしか」
オズワルの答えもひとつしかなかったらしい。
「そうだろうな」
だったら聞かなければいいのだが、そうしないと腹が決まらないときはあるものだ。
ワイルドハントが放つ無数の矢を、オズワルの2回攻撃の剣が弾き飛ばす。
咆え狂いながら馬の脚めがけて襲いかかる魔犬たちを、騎士たちの長槍が地面へと串刺しにする。
矢ぶすまを突破され、猟犬を失った魔の狩人たちの群れは、騎士たちの中央突破で左右に分断された。
オズワルが、騎士たちに低く命じる。
「逃がすな」
ダンジョンへと逃げ帰るのを追撃すると、狩人たちは夜闇の中へと消えた。
疲れ切って城へ戻ってみると、朝になっていた。
フェアリーのポーシャとレプラホーンのハクウが済まなそうな顔で、僕たちを出迎える。
ポーシャが自由奔放なフェアリーらしからぬ気遣いを見せた。
「ごめんね、ひと晩じゅう戦ってきたのに」
耳元で囁く声がくすぐったい。
ハクウは陽気なレプラホーンらしからぬ不機嫌さでぼやいた。
「あいつがいるところには、いたくないんだよ……姿を消していても」
どこにいる誰のことを言っているのかは、すぐに見当がついた。
ディリアが朝礼を行う大広間には、宰相リカルドが腹心の美少年カストを伴って乗り込んでいたのだった。
廷臣や貴族一同を見渡して、おもむろに告げる。
「ダンジョンから異形の者が現れた以上、騎士団が立ち向かうのは当然ではありますが……」
いつもの難癖をつけに来たわけではないらしい。
だが、ここでリカルドはディリアに向き直ると、いかにも困ったような顔をしてみせた。
「夜明けに参りました北の大貴族の使いによれば、北からの軍勢が国境を侵したとのこと。これに対する援軍要請に応じられなかったのはまことに遺憾でございました」
ディリアがここで口を挟んだ。
「その使いも、私を騒がせまいとして知らせを控えたのでしょうね」
使者と宰相が王位継承者を軽んじたことを、遠回しになじっているのだ。
だが、リカルドは平然と答えた。
「使者の申しますには、天意なればとのこと」
廷臣と貴族たちがざわめく。
不審に思ってオズワルの顔を見たが、詳しい説明が返ってくるはずもない。
代わりに音もなく歩み寄ってきたのは、カストだった。
「天意あるところに早朝の鳥が集う、という言い伝えがありましてね」
なんでも北の大貴族の使者は、群れ集う鳥を目印に、リカルドの私邸にたどりついたのだという。
だから何だと思ったが、ディリアもオズワルも深刻そうな顔をしていた。
その理由は、すぐに分かった。
宰相リカルドに天意あり、という噂が伝わるのは、SNS上のフェイクニュース並みに速かったのだ。
いつもなら近衛兵を勝手に動かすリカルドがカストだけを伴って北へ向かっただけで、東西と南の大貴族たちが次々に兵を送ってよこしたくらいだ。
その知らせを聞いたのは、昼頃のことだった。
中庭で、ディリアがひとり、フェレットのマイオを抱いて佇んでいたのを見かけて歩み寄ったときだ。
寂しげな笑いと共に、ディリアの力ないつぶやきが聞こえた。
「仕方がありませんね、天意なら……」
迷信深さにも程がある。
僕はきっぱりと言い切った。
「ディリア! そんなものはない! 鳥のたかるところに天の意思があるのなら、豆粒でもトウモロコシでもその辺に撒いていておけばいいんだ!」
思わず姫君を呼び捨てにしてタメ口を利いたことに気付いて慌てる間もなく、そこで閃いたことがあった。
頭の中で、三十六枚のカードの中の1枚がくるりと回る。
僕はその場で、ディリアに策を告げた。
「西北の国の、リンド様に使者を送ってください」
三十六計、其の二十九。
リカルドの私邸の周りに鳥の餌を大量に撒き散らしたのは、おおかたカストだろう。
顔の割に、みみっちいことをこまめにやる男だ。
その程度のことなら、僕にだってできる。
いや、どうせなら同じことを、もう少しばかり大掛かりにやってみせてやろう。
これこそが、知力78の見せ所だった。
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