上屋抽梯《じょうおくちゅうてい》… 敵を巧みにそそのかして逃げられない状況に追い込みます(後)

 なぜ、ルールが変わったのかは知る由もない。

 とりあえず知らなくてはならないのは、ダンジョンの中で何が起こったのかということだ。

 モンスターが登ってきたということは、最下層、つまり第28層から現れたことになる。

 それを迎え撃つのは、ドワーフのドウニの役割だ。

 しかも、もともとは自分から買って出たのだから、計略でもないのに持ち場を自ら放棄するなど、余程のことがあったに違いない。

 だが、それはオズワルも知らなかった。

「ハンマーをだな……」

 騎士たちが話したこと訥々と語りはじめる。

 ぶつ切れで行きつ戻りつする話をまとめると、下の階から上がってくるなり、ものも言わずにハンマーを振るわれたらしい。

「つまり、理屈抜きに、ダンジョンから退却しろと?」

 ドウニでも歯が立たないの相手なのだから、それは仕方がない。

 おかげで騎士団は無傷で帰還することができたのだが、誇り高い彼らからすれば、甚だ不名誉なことであっただろう。

 その辺りに気をつけながら、僕はおずおずと騎士団長に尋ねた。

「それで、ドウニはどうしましたか?」

「来れば分かる」

 オズワルは面白くもなさそうに答えた。


 魔法使いのレシアスや僧侶のロレンを呼ぶ間もなかった。

 騎士団と共にダンジョンにやってくると、やっぱりドウニは殿しんがりを守っていた。

 そろそろ、日が暮れかかっている。

 日中の熱い太陽の下で、ダンジョンの入り口にずっと陣取って、モンスターが外へ出てこないか見張っていたのだ。

 王国の騎士団ともあろう者が、子どものおとぎ話にしか出て来ないようなドワーフに、最後の最後まで守ってもらったわけだ。

 オズワルもさぞかし不本意なことであったろうが、そこは騎士団長らしく、丁重に礼を述べた。

「……感謝する」

 これが学校での進路指導なら、一発で就職試験に落ちるぞと言って叱り飛ばされるところだが、そこはオズワルだから仕方がない。

 口下手ながらも意地と面子を脇に置いて、部下たちの前で頭を下げたことは、むしろ賞賛に値する。

 だが、ドウニはドウニで、礼を言われても別に恐縮したり謙遜したりはしない。

 オズワルよりも不愛想に答えた。

「あいつら、殴っても傷がつかんのでな」

 自ら買って出た持ち場から退却したことには、ドウニなりに屈辱を覚えていたらしい。

 もっとも、僕が問題にしていたのは、そこではなかった。

「どんな姿をしていた? そいつらは」

 忌々しげな答えが返ってきた。

「はち切れそうな身体つきの……毛深い連中だったな。口が耳まで裂けていた」

 人狼ワーウルフだ。

 日が沈む。

 暗がりの中に、狼の咆哮だけが響き渡った。

 闇エルフのエドマが守っていた、最後の地獄門の向こうにいたということは、ただの狼男ではあるまい。

 邪悪な魔術によって作り出されたものか、それとも太古の種族の末裔か。

 そのどちらにせよ、ドウニをここで踏ん張らせておくわけにいかない。

 人狼を倒せるエルヴン・シルバーの武器がない今、戦う方法はひとつしかなかった。

 僕はオズワルに告げた。

「騎士団の半分に、灯した松明を持たせてください。剣を持った者とふたりで戦って、人狼の傷口を火で焼くんです」

 それで、朝まで持ちこたえられるだろうか?

 考える前に、手が勝手に長剣を抜いていた。

 闇の中から松明に照らされて、狼の頭を持つ、逞しい男たちが現れる。

 そのときだった。

 松明の炎が生き物のように暴れ出して、人狼に襲いかかった。

 火トカゲサラマンダーだと気付いたとき、誰が助けてくれたのか、すぐに分かった。

「ターニア!」

 闇の中に現れたのは、美しいエルフだった。

 精霊の炎に追われて、人狼たちはダンジョンの中へと逃げ帰っていく。

 ターニアは、僕たちを叱り飛ばした。

「ここは夜目の利く私たちに任せて、人間は帰りなさい!」

 インフラビジョン暗視のできるドウニは、舌打ちしながらハンマーを構えた。

 エルフの指図を受けるのが、よほど面白くないのだろう。


 僕と騎士団がダンジョンに向かったことは、ディリアにも伝わったはずだ。

 しかも、その腕に抱かれたフェレットのマイオはターニアの分身だ。

 おそらく、ドウニでも手を焼くモンスターがいることを聞いて、ターニアはダンジョンへやってきてくれたのだ。

城に戻った朝、僕はディリアの朝礼に出なかった。

 オズワルとの密談のためだ。

 自信を持って告げる。

「エルヴン・シルバーの武器を持って戻れば、第28層も制圧できます」

 オズワルの返事は短かった。

「エルフやドワーフへの借りは?」

 同意見だった。

 異種族だけを危険に晒しておいて、ダンジョンを制圧したと胸を張ることはできない。

 ターニアやドウニに合わせる顔がないし、何よりも、国内でのいい笑いものだ。

 だから、僕はオズワルに策を明かした。


 |三十六計、その二十八。

 上屋抽梯じょうおくちゅうてい… 敵を巧みに唆して逃げられない状況に追い込む。

                     

 まず、王位継承権はありながら、王となる資格を持たない今のディリアは、政治の主導権をリカルドに握られている。

 現状でディリアによる政治を正当化するためには、リカルドが他のことに手が回らなくなるほど、何かにかかりきりになればいい。

 その何かというのが、ダンジョンの攻略だ。

「リカルドに任せてしまうのです」

 僕の提案に、オズワルはあまり乗り気ではないようだった。

「やらんぞ……俺なら」

 それには同意する。

 僕を差し置き、また出し抜いてダンジョンを制圧しようとして、リカルドは何度失敗してきたことか。

 普通は、学ぶ。

 頭よりも身体、脳よりも筋肉で騎士団を引っ張ってきたようなオズワルでさえ敬遠するのだから。

 だが、逆に考えればどうか。

 僕は断言した。

「きっかけさえあれば」

 ここまでダンジョンにこだわるからには、必ず理由がある。

 それはおそらく、王権の証レガリア……王笏があるからだ。

 今まで失敗してもなおかつ挑む口実を与えてやれば、きっと動く。

 そこで、オズワルは尋ねた。

「……どうやって」

 僕は頭を下げた。

「お願いします……リカルドに助けを求めてください」

 オズワルは即答した。

「断る」


 それだけに、ディリアのためだと説き伏せてしまえば、効果は絶大だった。

 オズワルは朝礼の大広間にリカルドを招いて、ディリアの前で膝を折った。

「及びませぬ……我が力では」

 リカルドは、いかにも面倒臭そうな顔をして答える。

「よかろう……とくと御覧じられい」

 話はあっさりとまとまった。

 すぐさま私兵が駆り集められて、「この世の者では破ること能わざるダンジョン」へと差し向けられる。

 その先頭は、もちろん、「異世界召喚者」すなわち僕だ。

 この間のように馬車に乗せられて城の正門を出ると、武器も鎧もまちまちの私兵たちが徒歩で付き従う。

 どんなモンスターを相手にするかは告げていないので、緊張感のないことおびただしい。

「大した武器もいらんよ」

「勝てる勝てる」

「異世界召喚者様がいるんだろ?」

 もちろん、そんな武装や心構えでは、人狼の前に歯が立つわけはない。

 まる1日かけて着いた夕方からダンジョンに潜った途端、私兵たちは大騒ぎを始めた。

「何だこいつら!」

「傷がつかねえ!」

「こっちが死んじまう!」

 もちろん、犠牲者が出ないうちに退却することになる。

 一昼夜かかって城へ帰ると、正門の前には斧鉾ハルバードを手に、厳めしい鎧を身に付けた近衛兵団が待機していた。

 威風堂々たる隊長が、厳かに告げる。

「宰相殿に願い出て、加勢いたすことに相成った」

 こうして、僕は眠る時間も与えられずに、再びダンジョンへ向かうことになった。

 今度は昼頃からダンジョンへと潜ったが、結果は同じだった。

 人狼たちには歯が立たないと分かったところで、近衛隊長はあっさりと部下たちに告げた。

「本来、我らの役目ではないことである。敢えて命を投げ出すこともあるまい」

 ご都合主義もいいところだが、ここにはカラクリがあった。

 以前、近衛兵団が騎士団と張り合ってダンジョンへ潜ったことがある

 そのときから、お互いの間には不思議な共感が生まれていた。

 近衛隊長とオズワルの間では、すでに話がついていたのだった。


 ……頃合いを見て、交代する。


 再び城に戻ると、僕を待っていたのは騎士団だった。

 エルヴン・シルバーの武器とドワーブス・アイアンの鎧に身を包んでいる。

 帰ってきたばかりの僕に、オズワルは無情なひと言を告げた。

「参ろうか」

 エルフの武器で人狼を倒すのは、さほど難しいことでもない。

 洞窟の暗闇から次々に現れて襲いかかってくるそばから斬りつければいい。

 人狼たちは、塞がらない傷に愕然としながら倒れていく。

 ダンジョン第28層は難なく制圧された。


 ところで、ディリアの領地経営はどうなったかというと。

 朝礼の大広間に悪党のロズと盗賊のギルを招いて、褒美を授けるまでになっていた。

「荒廃した国土を奔走して人心を掴み、、大地をよく耕してくれました」

 もっとも、その仕切りは、フットワークの軽い暗殺者アンガのマルチタスクあったればこそだ。

 ただ、死んだことになっているために、堂々と人前に姿を現せないのだった。

 耕作地の回復に口を挟んできたリカルドもまた、ここに招かれてはいたが、姿は見えない。

「ディリアの下で」よく尽くしたという名目での褒美を辞退したのだ。

 本当はダンジョン制圧にしくじったからなのだが、それで身動きがとれなくなったわけだ。

 その隙に、ディリアは政治の実権を手にして荒れ果てた国土を蘇らせたうえに、騎士団を派遣して宰相の雪辱を果たしたことになる。 

 王笏などなくても、その人望はいやがおうでも高まったのだった。

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