第30話 水面下の攻撃

 日の出前の薄明はくめいの空。抵抗感もなく目が覚める。時刻は午前四時九分。


(私は……ミツルギノゾミだ)

 

(母は天音あまね。父はれい。駐ポーランド大使館の職員。兄はのぞむ。ワルシャワ大学に留学している。いや、違う。父は私が五歳の時に死んだ。私に兄などはいない。私は一人だけの娘だ。ずっと母と二人で暮らしてきた)

 

(ノゾミの記憶が不安定?どうやら軽い見当識障害を起こしている?)

 

 ナギ:希はこの世界で目覚めてから、いまだノゾミと意識共存できていなかった。

 そのままにノゾミの記憶を探り、今日の予定を思い出そうとした。


(一限は『系外惑星』須磨教授の講義だ。起きて起床後の薬を飲もう。そうすればもう少し頭が働きはじめてノゾミの記憶や意識も戻るかもしれない)

 

 ナギ:希は寝床から出て薬を飲むと、居間に移動した。母が机で作業をしている。


「おはよう」


 ナギ:希が母に声をかけると背中越しに返事が返ってきた。


「おはよう。その後調子はどう?」


「それが、よくわからなくて」


「よくわからない?どういうこと?」


「二つの世界を行ったり来たりしている気がして。いまもどちらの世界にいるのか確証が持てなくて」


「二つの世界?どんな世界なの?」


「まずナオの性別が違うの。男だったり女だったり」


「ナオちゃん? あの子なら高校の時からの同級生じゃないの」


「そう?だ…よね? あれ、私どこの高校に通っていたんだっけ?」


「どこって、お茶の水女子高でしょ?」


(違う。あの世界のノゾミの記憶では通っていた高校は筑波大学附属高校つくこうだったはず。世界が入れ替わっている!?それに大学で会ったナオは男性だった。おかしい。ここは私が前にきた時とは違う世界に分岐しているのだろうか?)


「お母さん、ごめん。私ちょっと軽い記憶障害かも」


「朝の薬は飲んだの?」


「うん。落ち着くまでちょっと部屋で休んでる」

 

(薬を飲んだばかりだし、まだおかしい? 落ち着いて考えなければ)

 

 希:ナギは自室に戻ると机の上にあるノゾミの日記を見つけて開いた。


(これはノゾミの記憶を外部用に書き留めた記録だわ)

 

 ナギ:希は二つの世界の齟齬そごについて手掛かりがあるのではと思いページをめくった。内容は導師マスターのこと「獅子の泉」での精神操術マインドクラフトの修行のことなどが記されている。しかし、まだ書き始めたばかりで特に手掛かりはなさそうだった。

 ナギ:希はノゾミの記憶を辿って二つの世界の齟齬がいくつあるか思い起こすと、ページの隅に正の字の三画目までを書いた。そして、さらに一行の文を書き添えた。 

   

〝私はもう攻撃を受けている〟


(ノゾミの世界で目覚めて、いまだにノゾミの意識が戻らない。やはりなにかがおかしい)

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