第29話 二つの世界

 夜、日記を書き終えた後、希は照明を消してベッドにぐったりと横たわった。

 薬はまだ飲まない。考えたいことがあったからだ。


(今日、大学で会ったナオはやはり女性だった。ナオは高校の頃からの親友で私達は同じ女子校に通っていた。ナギのいる世界のナオは男性だから、私と通っていた高校が違うので同級生ではなくなっていることになる。もし高校が変わっているとするならば、ナオだけではなくて私自身の過去にもかなりの齟齬そごが生じている)

 

 希は日本に落下した隕石のことも考えた。

 ざっと調べてみただけでも三十件近い記録が残されていた。そのほとんどが二十世紀に入ってからの記録だ。恐らく記録に残っていない隕石の落下は無数にあるだろう。その中から実は未知のウイルスが付着していたとする隕石を特定することなどまず不可能だ。

 ユナの時代から一万二千年前というのが、この現実よりも未来であることを願いたい。そうであれば現行種であるホモ・サピエンスはまだ感染していないことになる。

 人類の進化の歴史はウイルスの感染と切っても切り離せない。人類はこれまでいくつものウイルスに感染し、その遺伝子を取り込んできた。現在のヒトゲノムの中でもウイルス由来の遺伝子が八%程度存在する。

 希は、もし自分がウイルスだとしたら、いま生態系の頂点に君臨する人間に寄生して、宿主種族の生存を脅かす必要は確かにないと思った。世界の人口が爆発的に増加している最中であれば、人間に寄生しているだけで自ずと拡散できるからだ。


 夜十一時十二分。

 

 考え事をしていたせいでいつもより遅くなってしまった。

 そろそろ就寝しようと眠前の薬を服用する。

 ペントバルビタール、フルニトラゼパム、クロナゼパム、ブロチゾラム、パロキセチン、ラモトリギン、イミプラミン。

 中枢神経系を麻痺させ、レム睡眠を抑制し、筋弛緩きんしかんさせてレム睡眠行動障害を抑える。皮肉なことに日中はメチルフェニデートとモダフィニルを服用しないと覚醒状態を維持できないのに、これだけの薬を飲まなければまともに睡眠時間を得ることができない。完全に薬で覚醒と睡眠をコントロールしている。それでもなお睡眠中のレム睡眠の割合が多い。生後半年に満たない赤ん坊よりもレム睡眠の状態が長いのだ。

 

希は薬の効果で急激な睡魔に襲われると、そのまま意識が遠のくのを感じた。


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