第15話 いやね、そこはほら、テンプレとかね、あるじゃん?


 眩い光に包まれるアイリス。視界が奪われ、危うく羽ばたき飛行機械の運転をミスりそうになりつつも、なんとか勘で操縦をこなす。

 そうして光が収まると、そこには驚くべき姿のアイリスがいた。


「ご、ご主人様……これッ!!」

「お、お前……アイリス、なのか……?」


 元々の毛並みの色はそのままに、何処かワンランクグレードアップした艶を持ち、愛くるしいつぶらな瞳はなんと大増量して四つに。

 鋭い牙を持つ口も二つになっており、力強さも飛躍的にアップッ!


 そう、あの可愛らしかったコボルトの姿は、顔が二つある地獄の猛犬、オルトロスになっていたのだ。


「アイエエエエ!? オルトロス!? オルトロス、ナンデ!?」

「や、やりました! オルトロスに進化しましたッ!!」


 いまこの場に『Bボタン』があれば、是非とも連打したかった。

 どうやら、俺から名前を付けられたことによってアイリスは魔物としての格が上がり、獣系魔物レベル1のコボルトから獣レベル3のオルトロスに進化してしまった様だ。


 いや、そりゃあね、少し期待しましたよ。

 ピカーっと不思議な光に包まれた時、なんか凄い力によってアイリスがもっと人間よりの姿になって、美少女キター!とかなる展開が頭をよぎったのは、否定はしませんよ。

 でもね、これはないでしょう!? なんで!? なんでよりによってオルトロス!?

 顔が二つあるとか、どっちがアイリスの意識があんのよ。


「なぁ、どっちの顔がアイリスなんだ?」

「「どっちもアイリスだよッ!」」

「Oh……頼む、同時にしゃべらないでおくれ……」


 しかも、コボルトの時はまだ可愛らしい声をしていたのに、オルトロスになった途端に凄く野太い声になってしまった。つうか、体がでかすぎて羽ばたき飛行機械の許容量いっぱいだな。

 まぁ、それでもね、幼女であることには変わりはないので、別にそこまで大きな変化でもないか。うん、これはこれで可愛いと思える気がする。吐息に含まれる地獄の炎でちょっと俺の髪の毛焦げてるけど。


「とりあえず、体になんか変化あったら言ってね」

「うんッ!」


 うむ、元気でよろしい。

 と、その時。俺はあることに気がつく。


「順番にレベルがあがるんであれば、最終的には獣幼女になる可能性もなくもないな」


 獣系魔物のレベル16は『獣姫じゅうきケルベロス』という、レベル12で登場するケルベロスの親玉みたいな存在で、非常に可愛い獣人の女の子になる。まぁ、姫と言いながら複数いるあたり、ゲームのシステム上仕方ないとはいえ、変な話ではあるが。いったい、何人姫がいるんですかねぇ……。


「んー? どうしたの、ご主人様?」

「いや、なんでもない。アイリスが強くなってくれたから、俺が嬉しいよ」

「ほんと? ほんと?」


 これまた二本になった尻尾をブンブンと振り回すアイリス。うん、バランスが崩れそうだから勘弁してほしい。

 そんな事を話しているうちに、俺たちは山を越えて元の森の近くまで戻ってきていた。

 ユピテル様達と別れて数時間程度ではあるが、まぁこの森には危険な魔物はいないので大丈夫だろう。なんせ、ここはゲーム上では祓いの実をとるだけの場所で、出てくる魔物も水棲系レベル1のヌーバという軟体生物くらいだ。特技は跳ねると蠢くという、なんでこんな存在を魔王が作ったのかわからない魔物である。


 が、まぁ見た目は流石は魔物というべきか、結構グロテスクだ。ヌーバは体内になんでも溶かす消化液を持っているので、餌を丸のみにして消化する性質をもつ。ただし、消化液が弱すぎて溶けきるまでが遅すぎて、特技として消化液を使うことができないのだ。

 それでも、半分溶けた餌の様相はかなり酷いもので……。


「ち、近づくでないッ! あっちに行くのじゃッ!!」

「ねー、前が見えないよー」


 体内に何かの動物の溶けかけ死体を内包するヌーバ三体に囲まれつつ、その酷い有り様を天使アンネに見せないよう奮闘するユピテル様の姿があった。


「アイリス、行けるか?」

「うんッ! 頑張ってくるッ!」


 羽ばたき飛行機械で近くまで降りていくと、アイリスは操縦席から飛び降りてそのまま一体のヌーバに突撃する。

 流石に雑魚代表とも言えるヌーバごときでは、獣系レベル3のオルトロスには歯がたたず、あっという間に爪で裂かれてしまった。


「アイリスッ! 火で処分するんだッ!」

「わかったッ!」


 爪や牙などで切り裂くと、ヌーバの中に仕舞われているグロテスクなアレがぶちまけてしまう。というか、それが着いた体で近づいてこられても困る。なので、オルトロスの特技である『地獄の炎』で焼却処分をしてしまうのが一番だ。

 ちなみに、オリンポス・サーガにおいて魔物はそれぞれ属性がある。が、それは昨今のスマホゲームの様に単純な相関関係にあるものではなく、例えばヌーバの様な水属性である水棲生物でありながら火に弱いなんてことも普通にある。


 そもそも考えてほしい。人が触れるだけで、その体温によって苦しむ魚が火に強いわけがなかろう。


 その為、魔物の知識というものはそれぞれの魔物の特性も考えて知っておく必要があるのだ。なお、オルトロスは水に弱くない。が、その上位種であるケルベロスは尾の炎が弱点なので、水に弱い。


「ご主人様、終わったよッ!」

「よくやった、アイリス」


 ブンブンと尻尾を振りながら頭を差し出してくるアイリス。どっちを撫でればいいのかがわからないので、とりあえず両方をわしわしと撫でておいた。


「あーッ! わんちゃんだーッ!」

「あ、こらッ! 勝手に出るでないッ!」


 俺が用意していた安全地帯から飛び出し、アイリスに駆け寄るアンネ。その様子に慌てたユピテル様だったが、隣に俺の姿を見るとほっと肩の力を抜く。


「なんじゃ、お主の連れじゃったのか。ワシはいよいよあのドロドロ以外の奴が来たのかと、肝を冷やしたぞ」

「遅くなって申し訳ありません、ユピテル様。こちらは新しく仲間になりました、オルトロスで名をアイリスと申します」

「ほう? ユーノーの小飼と同じ名か。お主にしてはなかなか良い名をつけたではないか」


 ユーノー? どちら様だろうか……? うーむ、やはりユピテル様関連のイベントがまったくわからないのは結構まずい気がしてきた。一度イーリアス村に戻って、伝承の話を聞きたいなぁ。


「ご、ご主人様、この子供は?」

「あぁ、すまんすまん。こちらはアンネで、こちらがユピテル様だ。誠心誠意お仕えするように」

「は、はいッ!」


 こういう所はやはり犬なのかもしれない。俺が二人を格上であるように紹介したからか、アイリスは緊張した面持ちで二人の前に頭を垂れる。


「よろしくね、アイリスッ! うわぁ、ふわふわだぁ」

「ふむ、いいのう。これは丁度よい」


 その巨体ゆえに、乗れるとふんだユピテル様はアイリスの背中によじ登っていく。それを見たアンネも真似をし、共にアイリスの首にしがみつく形でちょこんと乗っかっていた。


「これで移動も楽になったわ。ふむ、良い毛並みで、満足じゃッ!」

「満足じゃー」

「すまない、アイリス。厳しかったら俺が代わりになるが」


 むしろ、そこを代わってくれ、アイリス。


「いえ、大丈夫ですッ! ご主人様たちのお役たてるならッ!」


 そう言って尻尾を振るアイリス。そうか……そうか……。


「ならいい。では、コイツを片付けたら出発しよう」


 羽ばたき飛行機械を畳んで収納していく。携帯出来るように作られた羽ばたき飛行機械は、テントの様に畳んで持ち運ぶことが出来る。とは言え、結構な大きさと重量であるのだが、いまのこの体であれば余裕で持ち運ぶ事が出来る。


「む? そういえば、これからどうするのじゃ? 言っておった、向こうの街とやらに行くのか?」

「いいえ、その計画は少し厳しいようなので、予定を少し変更します」

「ほう? では、どうするのじゃ」


 当初はユピテル様とアンネを安全な場所に預け、それからこの世界での立ち回りを考えようと思っていた。が、それも難しいとなれば、あとはとれる方法は少ない。なので、ここはあえて攻めの姿勢でいこうと思う。


「魔王を、ぶっ飛ばします」

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