第2話 守れ! 己の大切なモノをッ!!


「イザヨイおじちゃん、こっちこっち!」


 元気な声でこちらに手を振る天使……いや、アンネ。そのあまりにも輝く笑顔に、俺は思わずにやけ顔になりそうになるのを堪える。が、隣にいるフレイアはもはや溶けたアイスクリームかと思うくらいに頬が溶けてしまってる。


「えへへ……可愛いでしょ? 僕の自慢の妹なんです。本当に目に入れても痛くないんですよ」

「あ、あぁ、そうだな。確かに、可愛らしい娘だ」

「でしょ! でしょ!? 嫁には絶対にやらんのです!!」


 固く握りこぶしを作るフレイア。ゲームではデータ容量とかの都合上、あまりこういった描写は見られない。むしろ、何処かアンネに振り回される弱々しい印象だった。

 だが、実際にはそんなことはないようで、いや、振り回されてはいそうだが、ゲーム序盤のなよなよとしたフレイアではないように思える。

 これも現実とゲームの違いなのかもしれない。


 そんなことを考えながら歩いていくと、木々が開けた場所に到着した。そこには木製の大きな門と看板があり、村の門番であるバルが大きな欠伸をしていた。


「ただいま! バルおじいちゃん!」

「ふわぁ~あ……ん? おぉ、アンネの嬢ちゃんか。怪我は無かったか?」

「うん! あ、今日はおきゃくさんが来てるよ!」

「お客さん?」


 バルはアンネの言葉を聞いて訝しげな表情を浮かべ、視線をこちらへと向けてくる。だが、俺はそんなバルの視線を避けるようにフレイアの背後へと隠れた。

 一見すると、まともに門番仕事が出来るかも怪しい老人であるバルは、実は昨年まで王宮仕えをしていたベテランの兵士であり、既に魔王軍としてもある程度の知名度を持つ俺の顔を知っている。

 ゲーム本編でも魔王軍に襲われるフレイアと共に一時加入パーティーとなり助け、森を抜ける時に追い付いてきたイザーグの足止めをして散るキャラクターである。


「んん……? 君、何処かで見たことがあると思うのだが」


 隠れた俺を一層怪しみながらバルはこちらへ近づいてくる。

 どうする……? このままでは、バルに見つかって騒ぎになり、それを合図に魔王軍が押し寄せてくるかもしれない。

 ゲームでも魔王軍が襲ってくるのが、村に近づいてくるイザーグにバルが気づき、見張り櫓に知らせる警笛を鳴らしたからだ。


 間に挟まれる形になったフレイアも、困惑した表情で俺とバルを交互に見る。妹が大丈夫といった手前連れてきたものの、何故かバルを避けようとする俺はまぁ怪しいにも程がある。


「どうして顔を見せてくれないのかな? ……なにか、見られてはまずいことでもあるのかね?」


 完全に気配が臨戦体勢になっているのが、バルの放つ気配でわかる。このままではイベントが始まってしまう。そうなれば村もアンネ達も守ることが出来ない。万事休すか。

 そう思った時。フレイアの前に小さな影が飛び出した。


「イザヨイおじちゃんをいじめたら、めっ!だよ!!」


 小さな身体を出来るだけ大きく見せようと、両の腕を目一杯広げたアンネがバルの前に立ちふさがっていた。


「あ、アンネの嬢ちゃん……いや、そうは言ってもなぁ。村に入ろうとする者の顔を見て、村を守るのがワシの仕事じゃから……」

「イザヨイおじちゃんは、いいおじちゃんなんだもん! 白くぴかぴかで、とってもきれいなんだもん!!」

「し、白くて、ぴかぴかぁ?」


 歴戦の兵士であるバルも、天使の前では形無しといったところか。アンネの不思議なまでの威圧に、どうすれば良いものかとフレイアにちらりと視線を向ける。だが、フレイアとしてもどうすればいいのかと困っていた。

 アンネの言っていることはよく解らないが、俺はこれが逆に好機とフレイアの背後から飛び退いて、バルと距離をとった。


「すまない、ご老人! 俺は旅の者で近くを通りかかっただけだ。少々、顔に見せたくない紋章がある。これで察してくれるとありがたいのだが!!」

「顔の紋章……? はっ! まさか、お主は東方の民か?」


 東方の民。【オリンポス・サーガ】の後半に登場する民族であり、本来の生活圏はいまいる大陸から遥か東方にある。だが、とある帝国の侵略によって奴隷として大陸に連れてこられ、そして顔に奴隷の証として大きな斜め十字の紋章を入れられたのだ。

 後半に出てくる種族であるので、ゲーム内では強力なキャラクターが多く、それ故にファンも多い種族だ。義に厚く、それが原因で帝国の卑劣な罠にかかり、将軍を討ち取られて敗北をしてしまった。


 勿論、俺の顔にそんな紋章はない。だが、幸いにも俺は目深に被ったフードがあるので、恐らくフレイアにもアンネにもちゃんと顔を見られてはいない。紋章があったかどうかなど、判りはしない……はず。


「……そう言うことであれば、村への立ち入りは許可できんが物資を融通しよう。帝国の行いは我らにも罪がある。出来ることであれば償いをさせていただこう」

「ご好意、感謝します。だが、私も少し急ぎの身。これにて失礼致す!」


 東方言葉を思い出しながら、なんとかそれっぽい言葉遣いをしてその場を立ち去ることにした。

 アンネが俺に向かって手を伸ばし、何かを言おうと口を開いていたが、このままでは本当に立ち去るのが辛くなってしまう。俺は未練を振りきるように頭を振って、そのまま大地を駆け出した。



 しばらく走り、村の近くにある森へと身を隠す。

 辺りはとても静かで、虫一匹の気配も感じない。それもそのはず。

 虫一匹でさえ生きることが出来ないほどの、魔の気配が森に満ち溢れているからだ。


「えらく遅かったじゃないか、イザーク」

「……ゼピュロスか」


 背後に突然現れた気配に、俺は首だけを傾けて迫り来る影を回避する。


「あぁん!? お前、いつの間にアタイを呼び捨てできるほど偉くなったんだい!!」

「……失礼。少し緊張して故の失言でした」

「ふんッ! まぁいいさ。これから楽しい楽しいパーティーがあるんだ。イライラしていちゃあ酒も不味くなる」


 シュッと右腕を振り上げると、ゼピュロスの手元に一本の短剣が戻ってきた。

 鉄線付きの魔導倶、【ワールウィンドウ】。投げた持ち主の意思に従って軌道を変え、風の魔力で切り裂く一級品の魔導倶だ。これを二本用いたゼピュロスの必殺技はまさしく必殺であり、どれだけ防御力をあげても体力を一桁まで減らされる。


「で? 村はどんな様子だった。酒はありそうかい?」

「……いや、酒はありませんでした。あるのは、麦とガガル(牛に似た家畜)だけです」

「……はぁ。そうか。なら、皆殺しだな」

「ッ!」


 俺はその言葉に背筋がチリッと熱くなるのを感じた。

 ゲームではこの襲撃に関しては、特に言及されることはなかった。イベントの内容的に、恐らく魔王軍の進行でるという部分がぼかされた感じで語られるだけで、プレイヤーもそういうものだろうと認識していた。

 だが、どうやら|現実(こちら)では違うようだ。

 ゼピュロスは酒好きで有名なボスだ。なので、攻略には酒のアイテムが必要ではあるのだが。


「……酒が目的であれば、ここから三つ向こうにあるヤカタ村に行けば特産の果実酒がありますが」

「あぁん? お前、頭でもイカれたのか? アタイ達の目的はあくまでも一人でも多くの人間を殺すことさ。酒はそのついで。一番は魔王様の指令に決まってんだろう?」

「な、ならば! やはり、ヤカタ村の方が人口も多く……」

「はぁ……」


 ゼピュロスは俺の言葉を遮るようにわざとらしく大きなため息をつく。そして、真紅の双眼で俺を睨み付け、鋭い牙を剥き出しに吠えた。


「だからッ! いつからお前はアタイに意見できるくらいに偉くなったんだいッ!! 魔王様の命令で生かしてはいるが、お前みたいな人間風情が仲間にいるって考えただけでも虫酸が走るんだよぅ!!!」

「くッ!!」


 激昂したゼピュロスは、俺の顔面に向けてワールウィンドウを投げつける。

 決して脅しではなく、避けなければ死に繋がる必殺の一撃。俺はそれをギリギリで避け、そのまま後ろに飛び退く。


「お止めください、ゼピュロス様!」

「そうだ、いい機会だから、このままお前を消してしまおう。魔王様には事故とでも言っておけばいいだろう……出てきなッ!!」


 ゼピュロスに呼応して現れる魔物たち。その数、千を越える。


「正気か、ゼピュロス?」

「お? 意外にも落ち着いてるじゃないか。腐っても幹部ってことかい? それとも、やはり頭でもおかしくなったのかい?」


 ニヤリと口角をあげ、凶悪な笑みを浮かべるゼピュロス。

 だが、笑みを浮かべたいのは俺の方だ。


「どうせ、天使を守るにはこの場をどうにかしなければならない。見せてやるよ……リメイク含め、完全攻略一万回の実力をなッ!!!」

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